05... 法律的存在/道徳的存在
*オールキャラ
ダングレスト近くの浅瀬に船を停め、魔物を掃討しつつ目的の場所へ向かう。
久々の戦闘は心地よい高揚感を覚えるが、そう悠長な事をしてはいられない。
相変わらず数の減らない魔物を打倒した何度目かには、ダングレストは目の前にその姿を現した。
鬱蒼とした森を抜けた先、綱と鎖が折り重なる結界が特徴の其処。
ヘリオードの任務で、近くまで赴くことは少なくない。
しかし、ギルドの本拠地である此処に、何の意味もなく足を踏み入れることは無い。
久しぶりの街並みに、幾ばくかの変化を見て取ることはできるが、騎士団に対する威圧感は大きく変わってはいないようだ。
騎士団長を意味する青いマントを纏うフレンへの眼差しは、以前ほどの敵意は無くとも明らかな拒絶が見て取れる。
これはなかなか大変だな、と苦笑するしかないけれど。
今回、フレンはハリーの正式な客人だ。
そのあたりは弁えているのか、ギルドの誰もフレンに襲いかかるような真似はしなかった。
フレン自身も、随伴をしている騎士たちにはギルドの誰にも剣を抜いてはいけないと厳命していた。
双方の立場を考えれば当たり前の事だが、なかなか下までそれが伝わらないのは組織の性と言える。
だからこそ、フレンを含めて五人。それが、ぎりぎりの人数。
幸い、フレンの信頼のおける腹心を帝都に残して防衛を頼み、まだまだ新米に経験を積ませるいい機会にもなりそうだ。
フレンの命を受けている騎士たちは、内心何を思っているかは推し量るとも、不躾な視線に微動だにせず。
堂々とした振る舞いでダングレストの中心、ユニオンの本部までの道を行く。
その時、前方から目当ての人物がこちらへと向かってきた。
「フレン殿か。遠方までありがたい。よく来てくれた」
「ハリー殿。こちらこそ、お招きありがとうございます」
「堅苦しいのはよしてくれ。互いに頭を下げるのは無しだ」
ハリーの言葉に、フレンも頷く。
敬意は払うが、互いに背負うもののためにも、言葉は慎重に選ばなければならない。
それが両者の器に必要だからこそ。
「ギルドと帝国がいがみ合ってばかりではいけないという事は自明だ。例の協定が有効であることを含めて」
「本来ならばヨーデル殿下がいらっしゃるべきですが、この案件については私の方がいいだろうと」
「帝国騎士団長に、政治的判断の全権すら委ねたのか……信頼されているな」
素直な感心を示され、フレンも無言で返す。
そこに暗に存在する意味を理解できないハリーではない。連れていた数人へ振り返ると、一つ頷く。
天を射る矢の中でも、ドンの時代から重鎮を担う数名だ。レイヴン程ではないが、ドンの右を任せられていたといってもいい。
彼らがハリーの隣に居て、彼の意味するところを理解する。それは、実質ハリーがトップであると示しているのだ。
それを見て取り、フレンは懐から書状を取り出した。
「ヨーデル殿下より預かって参りました」
「確かに頂いたとお伝えしてくれ。内容に対する返信は、追って」
「はい。それで、彼等は…」
「凛々の明星の事だろう?もう聞いているのか?」
「…?いえ、特別なことは何も」
「そうか…今言うのもな。今夜、正式に決まることだ。その時まで楽しみにしててくれ」
ハリーの言い様に、フレンは首をかしげる。
しかし、言葉を濁すという事は尋ね返すべきではない。
なぜか少し楽しそうにも見えるハリーは、また後で、と踵を返した。
「レイヴンさん」
見知った姿を雑踏の中で認めて、思わず安堵の息を吐く。
傍まで寄れば、軽い挨拶と共に手に持ったコップを揺らした。
ユニオン本部は、追悼式というよりも宴の準備といった様子で慌ただしく人が動いている。
そんな中、壁際で一人酒を嗜んでいる姿はとても彼らしい。
「どうされたんですか?」
「んー、ユーリとエステル待ってんのよ」
ほら、と示された先に視線を遣れば、二人が誰かと話し込んでいるようだ。
ギルドとしては当たり前なのだろうが、そこにエステリーゼの姿があることに少し違和感を覚える。
「団長さんもお疲れ様。明日帰りっしょ?」
「ええ。ですが、いつもの事ですから」
「まー今日はねぇ…ヨーデル殿下に招待状送るってハリーが言ったときは、どうなる事かと思ったけど」
「その点については、殿下も非常に残念がっていました」
「いやいや、オルニオンならまだしも、さすがにダングレストは無理っしょ」
ドンとヨーデルの面識は、ほとんど無いに等しい。
あくまで書面上のやり取りと、ドンに関しては噂程度だろう。ドンがヨーデルをどの程度知っていたのかも分からない。
そう言えば、初めてドンとフレンが会ったのは、このダングレストでのことだ。
お互い、第一印象は良いものとは言えないだろう。
その時の事を思い出すと、今ではため息やら苦笑やら、散々な想いしか沸いては来ないが。
顔に出ていたのだろうか、フレンを見てレイヴンが口を開いた。
「フレンは、ドンと会ったのは数回よね」
「え、ええ。そうですね」
「んじゃ、ドンが死んだときの経緯、知ってる?」
「…戦士の殿堂との一件であったとは。騎士団も、無関係ではありませんでしたし」
「そうね。あれは…嫌な思い出しかないわ」
レイヴンの瞳が、少しだけ細められる。
フレンもまた、目を伏せた。
「それは、原因。ドンが死んだ時、一番ドンの近くにいたのは、ユーリだった」
レイヴンの言葉に、フレンは視線のユーリの背中に送る。
長い髪を無造作に流し、エステルともう一人と、何か真剣に話こんでいる後姿を。
そこに背負うものを。
「ドンの介錯人はね……ユーリ」
名との間に、一瞬の、大きな心構えが必要だった。
そんな声で、レイヴンは呟いた。
それを聞いても、浮かぶ言葉は一つだけだった。
「…あいつ、ですから」
それをどう受け取ったのか。
レイヴンは口の端だけで笑って、昏い色を漂わせる。
後悔や、諦めが、混ざった色で。
「だからね。ユニオンは、ユーリを実質ナンバー2に置きたいのよ」
あれ、その説得の一環。
続けられた言葉に一瞬耳を疑い、やがて納得し、それはと疑念が浮かぶ。
「あいつは…望まない」
「そ。困ってるのは、ユニオンの幹部って事」
「僕に説得しろと?」
「話が早くて助かる。と言いたいところが、おっさんは正直、どうかとも思うんさね」
ユーリは、少しうんざりした様子になってきた。
あれは早々に話を切り上げるだろうと見ていると、本当に早々に切り上げてこちらへ向かってきた。
フレンを見て一瞬驚いたようだが、変わらない笑みと共に隣に立つ。
「なんだよ、二人で仲良くお喋りか?」
「フレン、もういらしてたんですね」
「はい。予定より早く着きました。君に会えるかと思って来たけど、間違ってなかったね」
「なんだよ俺、なんかしたか?」
それは、他愛ないいつもの会話だ。
だが、そこに潜む苦々しさは、先程の名残だろうか。
どうせ話をするのなら、とフレンは切りだした。
「聞いたよ、君の話」
「だれから何を。まさか、ハリーか?」
「やっぱり、ハリーの話は君の事だったのか」
「おっさんか」
じろ、とレイヴンを見るユーリだが、諦めたように肩を落とす。
「お前もなんか言ってくれよ。俺が、ユニオンの幹部だぞ?」
「そうだね。正直判断を疑うところもあるけど」
「だろ?フレンがそう言えばハリーだって…」
「でも、僕はそれで構わないと思ってる」
ユーリが目を丸くする。予想外と言わんばかりだ。
だがフレンとて、冗談で言っているわけではなかった。
「凛々の明星、特に君は、帝国と強いつながりを持てる人材だ。ハリーがそれを利用したいと考えるのも理解できる」
「帝国とのパイプになれってか」
「そうだ。それが、現段階でユニオンの立て直しに繋がる」
「それはそれは。お偉いさんの考えることはわかんねーよ」
「象徴だ。君という存在が、ギルド側でありながら帝国と繋がることで生まれるもの」
「……お前、知ってるよな」
急に、ユーリの声が低くなる。
エステルが少しだけびくりとするから、あまり見慣れていないのだろう。
フレンは圧倒されることもなく、ただ見返した。
ユーリの瞳は、隠しようもなく怒りに染まっていた。
レイヴンも、ただ二人を見ているだけ。
「知ってる。君が、ドンの介錯人であることも」
「そういう意味じゃねえよ」
「そういう意味だよ。そして、大きな意味だ」
「俺は。象徴とか、そういうくだらないもんは、嫌いだ」
「それだって、知ってるさ」
明らかにイラつき始めたユーリが、フレンから視線をそらす。
「そうやって、やるべきことから逃げてどうする」
「俺がやるべきことじゃねえ」
「君がやるべきことだ。君だけじゃなくても」
「…知るかよ」
「ユーリ」
「やめろよ。そもそも、お前にどうこう言われる問題じゃねえ」
「これこそが、君への罰じゃないか」
す、と。
音が無くなった。
喧噪の中に居るはずなのに。
フレンも、ユーリも、押し黙る。
それは、ほんの数秒だった。
戻された視線は、フレンの言葉を噛み締めているようで、じんわりと心に広がっている。
フレンは、ただ当たり前のことを言うだけだ。
そう考えるから、そう言うだけ。
「今の君の姿を見て、ドンはなんと言うかな」
もっとも、それは君やカロルの方が、よく知っているだろうけど。
その言葉を契機に。
ユーリは、弾かれたように外へと飛び出していった。
エステルは、追おうとするが、追わない。
心配げにフレンを見て、レイヴンを見て、両手を前で組んだ。肩を落とす。
レイヴンだけは少し意外そうにフレンへ。
「結構きついんでない?」
「あれくらい言わないと、納得しませんよ」
「フレンに説得されちゃったら、ユーリだってノーとは言えないっしょ」
「僕は言いましたよ。『君だけじゃなくても』と」
「あー…なるほど」
ははぁ、と笑って。
フレンも、呆れたように笑った。
「後は、アイツ次第です」