03... 真実、贋者
*オールキャラ
時代の転換期とは訪れるもので、それはゆるやかでもあり急速でもある。
後世がそれをどう伝えるかが歴史を確定し、今生きてる自分たちは、今という真実の中で真実を知らぬまま日々を過ごしている。
ジュディスは、自分のことを傍観者であるべきだと思っていた。
世界の変革に携わった当事者の娘として、全てに片をつけても尚。
しかし、仲間を持って変わった。仲間というものが、自分に当事者意識を芽生えさせてくれた。
世界の変革から取り残されることを厭い、自分から積極的に関わるようになったのだ。
仲間との関わりが、こんなにも自分に『誰かと共にいる』ことを嬉しい気分にさせてくれるとは。
仲間、という括りに当たり前のように迎え入れてくれた時。
ユーリの探り合う瞳も、カロルの驚きを含んだ眼差しを忘れられない。
共に旅をしていく中で、成長するカロルを頼もしく思った。
裏切ったレイヴンを張り倒す仲間という自分に、嬉しくなった。
エステルの暴走を許す仲間を理解できないと感じた。
カロルの怒りの攻撃を受け、怒りの沸点を超えたリタの魔術に吹っ飛ふユーリに言った言葉も。
逆に、自分の問題を仲間の問題と皆に怒られたときに言われた、ユーリの言葉も。
なにもかもが、自分の心の中にある軌跡。
自分を誇らしく思うことのできる、かけがえのない仲間という存在。
今日もまた、リタをアスピオに迎えに行く途中。
凛々の明星の規模は大きくなったけれど、やるべきことは変わらないのだ。
バウルの上で風を受け、眼下に広がる海と大地に目を遣る。
世界は今、再び大きな転換期を迎えようとしている。
常に夕焼け色で照らされた街の中心にそびえる、結界魔導器。
既に役割を果たしていないとはいえ、ユニオンにとっては象徴のような存在として未だ残されていた。
かつてギルドを纏め導いた盟主を彷彿とさせる反面、既に彼の人は生きていないという実感。
ドン・ホワイトホースという偉大な人物が居なくなった世界で、ギルドは変わらざるを得なかった。
古い体制は帝国に限らず、ギルドをも蝕んでいた。
五大ギルドという力が均衡を欠き、盟主も定まってはいない。
数多くのギルドが所属するユニオンは崩壊には至ってなくとも、実質近い状態にまで陥ってしまい。
口々に、人は言うようになったのだ。
一度ユニオンを立て直すためにも、新しい盟主は必要であると。
旧体制を引き継ぐことなく、帝国との争いに敗れることの無い、屈強でありながら強い魅力を持つ体制を。
夢物語でありながらも、適任なのではないかと言われる人物が一人だけ、いた。
賛成意見、反対意見、両者が交差し、時にはギルド同士の抗争まで発展したがその調停役として奔走したのはハリーだった。
だからこそ人々は、ハリーに託してみたいと思うようになったのだ。
ユニオンの今後を。ギルドとはどうあるべきかの道標を。
「…で、やっと纏まったと思ったらもうドンが死んでから一年も経ってたってわけね」
「あっという間ね」
「ホント、呑気なもんよ。アスピオなんて、さっさとフレンが騎士団率いて視察とか来てるし」
「そういえば、ヘリオードも帝国の街ね」
「何回か行ってみて思ったけど、案外騎士団のフットワークが軽くて驚いたわ」
「それも、全部フレンの努力の賜物、でしょう?」
そうね、とリタが珍しく肯定する。
よほど騎士団に融通が利く人間がいたのか、それとも純粋にフレンの手腕を評価しているのか。
ダングレストの在り様を見ていると、多くの問題を抱えているはずの騎士団の方が足並みがそろっているように感じる。
そもそもの体系が異なるが故の事だろうが、騎士団は間違いなく変革を遂げている。
「ギルドも負けていられないわね」
「本来は、勝ち負けってもんじゃないでしょーに」
「あら、皆をやる気にさせるには良い口実よ」
「そうやって血の気の多い奴らがまた先走って、面倒なことになったらそれこそ面倒でしょ」
「あら、面白いじゃない」
「…あんたのそういうとこ嫌いじゃないけど、本気じゃないでしょ」
「ふふ。バレちゃったわね」
ジュディが微笑み、リタも呆れ顔。
裏表のありそうな会話でありながらも、お互い素の状態なのは付き合いで分かっている。
ユーリあたりが聞けば悪乗りしそうであるし、カロルは逆に諌めるだろう。
二人の反応が容易に想像でき、ジュディスは更に笑みを深めた。
ドン・ホワイトホースの命日である今日。
リタはジュディスと共に、ダングレストを訪れている。
忙しそうに動き回るのは、おそらく天を射る矢だろう。
おそらく凛々の明星の首領、カロルもハリーの依頼を受けて指示を飛ばしているに違いない。
カロルは、子供であることを揶揄されようと、馬鹿にされようと、屈することの無い強い心を持っている。
逆に大人を言い負かすことだってある。ハリーの信頼を得ていることから、一目置かれる存在でもある。
不思議な多面性を持つカロルだ。単純でありながらも懐が深いところがそう評価に繋がるのだろう。
「あ、そういえばあの御貴族様はどうしたのよ?」
「手紙は、レイヴンに言づけておいたわ。問題なく届くと思うけれど」
「流石に、ダングレストには来ないでしょ?」
「フレンは来るみたいね」
「ふぅん…ま、なんかあったらおっさんのせいか」
「なによーそろそろおっさんのこと信頼してくれてもいーんでない?」
突然割り込んできた声に、リタの背筋が伸びる。
次いで見慣れた構えにレイヴンが慌てて待ったをかけ、リタの攻撃呪文が発動する直前でなんとかなだめることに成功した。
「もーやめてよリタっち」
「いきなり現れるのが悪いって前から言ってるでしょ!」
「お仕事は、もう終わったのかしら?」
「ジュディスちゃんに頼まれたものはちゃーんと届けてきたわよ。あとは、ユーリに会いたいんだけどどこいるか知らない?」
「エステルと一緒に、ユニオンにいると思うわ」
さんきゅー、と手をひらひらさせて、レイヴンはさっさとユニオン本部へと走り出した。
どうやら、それなりに急用のようだ。
「…私たちも、行きましょうか」
「そーね」
「…ドンは、本当にみんなに慕われていたのね」
「慕われてたかどうかなんて私には分かんないけど、すごい人だってのは納得」
リタの素直な賞賛に、少し驚きつつも頷く。
「ダングレストに住む皆の表情を見たら、思うわ」
「そっか。あんた、ドンに直接会ったことないんだっけ」
「ええ…一度、会ってみたかった。ユーリが尊敬する人、ですもの」
「どんな化け物かって?ま、確かにね。さすがに私も、ちょっと胸に来るものがあったっていうか…」
「あら意外。馬鹿っぽいって言うと思ったわ」
「そう思ってたわ。でも、今は違う」
リタが、結界魔導器を見上げる。
その眼差しには、強い覚悟や畏敬を見て取れた。
「覚悟とか、意志とか。私には関係ないと思ってた。別に、ドンの言葉が私に響いたわけでもないしね。
でも、カロルから聞いたの。『仲間を守れば、仲間もそれに応えてくれる』ってドンに言われたって」
リタは、ジュディスを見つめた。
「その言葉だけは、なんとなく、分かる気がするから……だから、ドンを尊敬するカロルやユーリの気持ちも、理解できる」
眩しい、とジュディスは思った。
仲間を持って、自分のように人と関わる大切さを知ったのだ。
自分にも、理解できる感覚だった。
ドンのことを偉大で尊敬するユーリとカロルは、それぞれの基準を持っているだろう。
でも、共通していることが一つだけある。
ドンは、図らずとも『凛々の明星』が今の状態である所以を形成していたのだ。
「ドンの言葉が、今を引き寄せたということね」
「どうせなら、ユニオンの今を見せてやりたいわね」
「想像でしかないけれど、話に聞く限りでは、こう言うんじゃないかしら?『真実はお前たちの手で掴め』って」
「『嘘や本当なんて、自分の心で判断しろ』とか言いそうね。ああ、あつっくるしー」
馬鹿っぽい、とリタのお決まりの言葉。
そう言いながらも、リタはまんざらでもないようだ。
ドンという人物がもたらした、多くの変化。
亡き人に会うことはできないけれど、これほど会えなかったことを惜しむ人はきっと彼以外にいないだろう。
ジュディスは、黄昏色の街に吹く風に目を閉じた。
カロルが、自分たちを呼ぶ声が聞こえた。