02... あなたが考えていること 罰を望むこと
*オールキャラ
*ちょっぴりフレンとユーリ寄り
執務室には、一枚の絵、大きめの書き物、そして一枚の写真が飾られている。
一つ目は、下町の子供たちが描いたフレンとユーリの絵。
顔だけが大きく強調され、なぜかフレンの方が大きく描かれている。
他意は無いだろうが、これをユーリではなくフレンに渡したあたり、子供たちの心情もなんとなく察するものだ。
二つ目は、騎士としての心得。
一番最初の赴任地である、とある地方から帝都に戻ってきたときに騎士団長から直々にもらったもの。
騎士団長となった自分も、新任の騎士一人一人に、手渡しで授けるようにしている。
三つ目は、ハルルの木の前で撮ったものだ。
写真の現像は一度しかできないため、フレンの部屋に飾られている一枚が世界にたった一枚の尊いもの。
凛々の明星の一人として世界を奔走し、星喰みを討った後、エステルの何気ない一言がこの一枚を生んだ。
どれもが大切で、現在の自分の軌跡としてふさわしい。
歩んできた道が、こうして象徴のように形として残っていることは、この時世で運が良い事だと思う。
写真一枚も、凛々の明星の全員に託されたものだ。移動ばかりしている自分たちより、フレンが持っている方が安心だと。
だからこそ、自分は騎士団長という身分でありながらも、ギルドの一員のような、不思議な感覚がする。
嫌ではない。むしろ嬉しくて誇らしい。彼らの仲間になれたこと、仲間として信じてくれたことも。
何より。
何より、ずっと道が重ならないと思っていたユーリと、同じ場所で同じものを見て、考え、戦った。
「フレン団長、ちょっといいかい?」
聞きなれた声が、扉の向こうから自分を呼ぶ。レイヴンだ。
肯定すると、失礼、軽い挨拶の後、シュヴァーン隊の服を纏ったレイヴンが現れた。
「レイヴン隊長。どうかされましたか?」
「ダングレストに経つ前に、ちょっくらギルドのお仕事があってね。本当はその時間に下町の巡回やんなきゃだったけど、変更利かないかと思って」
「構いませんが、何かあったのですか」
「あー、深刻な事ってわけじゃないんだけどね」
ひらひらと手を振る。握られているのは、特別な印籠を施された封筒で、ソレの意味するところを理解しフレンは頷く。
言葉では示さない。それは、万一に備えた暗黙の了解だ。代わりに、『それらしい』返答をする。
「ギルド側も、さすがに忙しいと言ったところですか」
「まあねぇ、何しろ初めての事だし。明確な中核は明日決まるし」
「大変ですね。足のある『凛々の明星』は、こき使われてるのではありませんか?」
「そりゃギルドとしては、報酬貰った仕事なら文句言わずにやらなきゃね。その点は、少年青年美少女も了承済みっしょ」
違いない、とフレンは苦笑する。
大方、報酬の事をきちんと考えているのはカロルだけだろう。
ユーリもジュディスも、案外そのあたりは気にかけていないに違いない。
だからこそ、首領として癖のありすぎる二人を含めた、十数人にまで増えたギルドを纏める手腕が試されるわけだが。
「…では、代わりの者を下町に派遣します。レイヴンさんの穴は大きいですから、数人増員しますが構いませんね?」
「俺が口出しできる事じゃない。頼んだよ」
そう言って、レイヴンは手にした手紙を仕舞い部屋を後にした。
フレンは、ゆっくりと窓の外を見やる。
−−明日は、ユニオンの元盟主『天を射る矢』の首領、ドン・ホワイトホースの命日だ。
レイヴンとの会話の、一週間前。
フレンは、オルニオンの宿屋でユーリと食事をとった。
視察に訪れたオルニオンは、相変わらず活気に満ちてフレンを迎え入れ、歓待する。
街の長となったのは、ギルド『凛々の明星』。
正確には、カロルとエステルだ。ギルドと帝国、二つの勢力が手を取り合った象徴。
あくまで名目上のため、ギルドの拠点としてこの街を利用するカロルたちに比べ、エステルが訪れる頻度は極端に少ない。
だが街に住む人々は、ギルドや帝国など関係無いという主張を掲げるのだから、この街の存在意義は今でも失われていないだろう。
そこで、偶然にも再会したユーリは案の定仕事の途中で寄っただけだという。
ジュディスがテムザ山に向かう必要が急遽できたため、ユーリは久しぶりにオルニオンの様子でも見て来いとバウルから放り出されたらしい。
渋々といった風に語るものだから、本当にユーリたちは仲が良いと実感する。
「お前の方は、どうなんだよ」
「え?」
「俺ばっかとか、不公平だろ。お前はなんか無いの」
何か…なんだろうか、と自問する。
最初に出てきたのは、ザウデ不落宮の事だ。
「ザウデの調査は、一度人員を減らすことにした。閉鎖を解くことは無いけど、これ以上あそこに人を割くには、帝都の警備が薄くなってしまうし」
「なるほど」
「帝都と言えば、やっと騎士団の防衛範囲に下町を含める案が可決された」
「ハンクスじいさん、喜んでただろ」
「ハンクスさんだけじゃなくて、皆喜んでて、良かった。これで、井戸の修理とかも帝国がちゃんと責任を持ってできる」
「…頑張ってんじゃん」
ユーリが、フレンのお酒に手を伸ばした。
珍しいとフレンが目を見張る。自分の飲み物を取られたことなど特に気にしないが、ユーリがお酒を飲む姿というのがなかなかに新鮮だ。
一口飲んで、うへ、と不味そうに舌を出したので、思わず笑ってしまったが。
「…笑うな」
「慣れないことをするからだよ。ほら、オレンジジュース。ストローはいる?」
「ふ、ざ、け、ん、な!」
ばっとフレンの手からオレンジジュースをもぎ取って、一気に三分の一程を飲む。
そんなに嫌なら飲まなきゃいいのに、とフレンがユーリの手から自分の酒を取り戻す。
ユーリはじっとフレンの顔を見たかと思うと、俯いた。
アレだけで酔ったのかと流石に眉をひそめると、ユーリは細い声で囁く。
「…答えてない」
「ユーリ?」
「お前が、何してたのか聞いたのに、全部お前の事じゃ無い」
「…ユーリ、もしかして酔ってる?僕がこの店に入る前に、実はすでに飲んでたりしないかい?」
「俺は、お前の事が聞きたいんだ」
なぜか頑なに繰り返すユーリの言いたいことが分からない。
自分の事、というのだから、自分が帝都で騎士団長としてやってきたことを言っているのに。
これは酔ってるな、とフレンはため息をつきそうになるのをこらえた。
「あのね、ユーリ。もう宿で休もうか」
「聞いたんだ、お前のこと」
「何を聞いたのか知らないけど、とりあえず寝た方がいいと思うよ」
「お前、結婚するって」
「だから君はいい加減………結婚?」
「貴族のお嬢様らしいじゃねえか。しかも、俺たちの事を知ってて騎士団に協力してる家だろ、確か」
「ユーリ、話が見えない上に、君が何を話してるのか分からないよ」
「俺さ、結構楽しみにしてたんだ。お前の結婚話とか」
「……勘違いなのか、どこでその情報を仕入れたのか知らないけど、結婚とか僕は知らないから」
「はは、照れるなって」
「照れてない、ユーリ……ほら、もう寝ようか」
「こどもあつかいすんな」
これは酔ってるな、とフレンは今度こそ大きなため息をついた。
最終的に呂律が回らなくなるとか、突拍子もないとか、想像以上の下戸ぶりだ。
よくよく考えてみると、ユーリと一緒にお酒を飲んだことなど一度もない。
それこそ凛々の明星として活動している時だって、事が事だったために、レイヴン以外にお酒を飲む人はいなかったのだ。
一度ユーリの限界を目で見ておく必要があるなと考える。
フレンに立たされそうになるのを拒みながら、ユーリはゆっくりと口を開いた。
「俺、ほんとに嬉しいんだよ。お前が、そういう普通の幸せってやつを掴めんのが」
「……」
「俺はもう、そういうの、いいからさ。お前が幸せだったら、それでいーや」
良い腐れ縁だろー、とフレンの肩を叩く。
そしてそのまま、ユーリはテーブルに肘をついてこくりこくりと舟をこぎ始めた。
その様に、フレンは拳を握りしめる。
幸せ。ユーリの言う幸せ。
とりあえず結婚だとかという話は事実ではないので置いておくとしても、ユーリの告げた言葉があまりにも唐突過ぎて、改めて意味をかみしめるのだ。
ユーリがいらないといった幸せ。
家族がいて、愛する人がいて、隣に立ち、それが当たり前だという幸せ。
真実の意味でユーリが感じたとこの無い、普通の幸せ。
自分は、少しの間だけだったけれども、与えられた愛情と隣に両親がいる、そんな普通の幸せ。
舟をこぐユーリを担いで、フレンは宿の一室に横たわらせた。
自分は騎士団のテントに戻らなければならないから、ユーリの隣に寝ることは無い。
もう、きっと、一生無いかもしれない。
思ったら堪らなく抱きしめたくなって、だが髪を梳くにとどめておいた。
昔のようになど思うことは無いけれど、少しだけ懐かしさを再現したいと思うことはある。
ユーリ、と声に出して名を呼んだ。答えは無く、規則正しい寝息だけ。
普通の幸せは、いらない。
理由は間違いなく、彼が自らを人殺しであると戒めているからで。
罰を与えられなかったからこそ、彼は自分の中で折り合いをつけたいのだ。
罪に対する、対価を。
ユーリ、と請うように名を呼んだ。
何度も、何度も。
一度だけ、フレン、と小さな声で返事をされただけだった。
あれから一週間。フレンはユーリに会っていない。
覚えているかどうかも知らないが、自分にとってはあまりにも鮮明で耳に残る言葉。
寝てしまったユーリに言えなかった言葉を、ずっと伝えるタイミングを待っていた。
一週間と一日後の、明日。
ダングレストで、ユーリに会えることを願って。