01... 世界の意味を変えたのは誰ですか

*オールキャラ







バウルに乗って空を飛ぶ。ほんの数か月前から当たり前になったこの移動方法は、凛々の明星の特権ともいえる。
バウルが居なければ、そしてジュディスが仲間でなければありえなかった手段。
様々な因果が連なって、現在に落ち着いた。小さな世界から大きな世界へ、価値観も視野も経験も、下町にいた頃からは想像もつかないほど変化を遂げた。
自分という人間の芯は変わっていないと思っている。自分を曲げることはしないし、自分を偽ることもしない。
自分は、何が変わったのだろう。
付き合いが良くなった?先を予想し動くことを理解した?仲間を守りたいという想いを抱くようになった?
それはおそらく、全て正解で…だが、自分の根本を変えたわけではない。
自分という存在の延長線上にあった、新しい自分だ。それまでの自分を変えたものではない。

たとえばカロル。
ギルドの小さな首領は、立派な男に成長した。
彼は、自分たちとの旅の中で、己の世界の意味を変えたのだ。
守りたいものを守る、その力を得る術を模索し、実行し、彼の糧としながら。

カロルの存在は、自分に大きな影響を与えたとユーリは思っている。
最初は、正直何とも思ってなかったのだ。ただの旅の連れ。
言葉と行動が噛み合わない、しかし本音ではどうにかしたいと切望しているもどかしさを内包しているだけ。
それに手を貸すつもりもなく、ただあまりにも子供っぽいその様子に面白くなって、からかってはいた。
だがどうだろう。
カロルは、今やユーリだけでなくレイヴンすらも超える精神的なタフさを兼ね備えて(本人はそうは思っていないだろうが)、
立派にギルドの首領として日々精進しているのだ。
言葉と気持ちだけが先行した、情けない弱腰を見ることはもうない。
じっくりと考え、時には間違い、その中で成功を成長へと繋げていっている。
あまりにも眩しい、太陽を反射する木々の幹のようだ。

そんなカロルを見ていて、自分を変えたものはなんだろうと思う。
カロルは言う。
自分に。このユーリ・ローウェルという存在に出会わなければ、今の自分はいなかったと。
憧れてくれていたのは知っている。なんで俺みたいなやつにとは思っていたが、憧れたければ憧れればいいと、どこか他人事のように思っていた。
それで自分という人間の行動が変わるわけでもないし、心が自分を偽るわけではない。
モノではない。真実でもない。世界そのものでもない。

ならば、自分を変えたのは。









「やっぱり地上の方が性に合うな」

草原に降り立つと、背伸びをするユーリの様子にジュディスが苦笑した。
頭上から聞こえる笑い声に「どうした」と問えば、「あなたらしくて」と返される。

「バウルが傷つくわ」
「…別にそういう意味で言ったんじゃねえって」
「わかってるわ。ね、バウル」

頷きを意味するらしい一鳴きの後、ジュディが下りるのを待ってバウルは上昇した。
空の上から二人を追うのは容易い。バウルの羽の一降りが、あっという間に帝都へと距離を縮めるのだから。
しかし二人はあえて陸上を往き、帝都へと入る。
表向きは、騎士団長が不在である帝都に不要な混乱を招かないため。
正しくは、ただ単に2人とも陸路でしか味わえない戦闘が好きだからである。
ジュディの槍が変化自在に魔物を倒していく。もう見慣れた光景だが、二か月ほど合わない間に更に強くなったらしい。
ブレの無い軌道に負けていられないと気合を入れれば、ものの数秒で倒し終わってしまった。

「…張り合いがないわね」
「そうそう張り合いがあっても困るけどな。だけど、前より強くなってんじゃねえか?」
「それは私の事?それとも、あっち?」
「両方」

自分たちのような、魔導器が無くとも戦えるならばいいだろう。
しかし、大半の人間はそうではない。ギルドですら、戦闘に特化しているのはせいぜい三割。
結界がない今、帝都だけではない、各都市を守護する人間は極めて少ない。
目に見える形での守護を失ってもう一年。人々の生活は未だ安寧には遠い。

「倒しても倒してもいなくならねえもんだな。魔物ってのは」
「そうね。彼らだって、生き延びるのに必死だもの」
「ま、そりゃそうか。ほら、行こうぜ」
「……」

頷きを返し、ジュディはユーリの後に続く。
目前の帝都を仰ぎ見た。







ジュディとは、城門を入りすぐに別れる。
用件が違うためだ。ジュディは、とある貴族に書簡を届ける仕事。
ユーリの仕事は、お姫様をダングレストまで護衛する事だ。
護衛を依頼したのはフレン。報酬は「仲間だから」という理由で断ろうにも、すでにフレンとカロルの間で契約が成立していたらしく、前もって報酬を受け取ったらしい。
君よりかなりしっかりしてるよ、と笑って嫌味を言われた時には思わず鞘で腹を殴りかけた。

お姫様は、どうやら部屋で待っているらしい。
城は窓から入るもの、という暗黙の了解が板についてしまってから正面から入ることも少なくなった城の中を歩いていると、少し広い部屋に女神像が立っていて、懐かしさに足を止めた。
ここからエステルを連れ出した。その前に、この女神像の事を教えてくれたのはレイヴンだった。
魔物だらけの地下道を抜け、下町へ戻り、そのまま旅に出た。
目的はあっても、あてもない旅。今思えば無謀な事をしたものだ。
あの選択を間違っていたとは思わないけれど、まさか巡り巡ってこんな結果が待っているとは夢にも思わなかった。
当たり前は、当たり前であるとは限らない。
その確認点でもあり、出発点でもあるこの場所。

女神像の近くの階段を上り、エステルの部屋へと向かう。
途中で騎士が不思議そうに自分を見るが、別に怪しい事をしているわけでもないので素通り。
目的の部屋をノックして、中から響くやわらかい声に「またせたな」と言えば丁寧な動作で開けられた扉の向こうにエステルが姿を現した。
青を基調としたドレスに、軽く結われた髪。
その装いは、既視感と共に懐かしさを覚えるもので。

「お久しぶりです、ユーリ」
「…ああ」
「どうかしたんです?」
「いや……懐かしいなと思ってさ」
「…?最後に会ったのって、確か下町で本を読んでいた時ですから、一か月くらい前ですよね?」
「こっちの話だ。気にすんな」
「……あ、着替えてきますね」
「今すぐじゃなくてもいいんだぞ?仕事は」
「終わってます。ちょっと待っててください」

エステルはユーリを招き入れ、執務室も兼ねた部屋の奥、プライベートルームの扉の向こうへ消えていく。
適当に部屋の中を見渡していると、壁にかけられた数枚の絵に思わず目を見張る。
それは、子供の手で描かれたものだと一目でわかる。それも、下町の子供たちだ。
新調した井戸と、エステルと、ユーリ。顔だけやけにでかでかと書かれて、エステルの手には絵本らしきもの、ユーリの手には木の枝かと思うほど細い剣が握られている絵。
下町の誰かが描いて、エステルにプレゼントしたのだろう。同じようなものがフレンの部屋に飾られているのを知っているから、思わず微笑みが浮かぶ。
こうやって、下町の事を考えてくれる存在は、ユーリにとってフレンしかいなかった。
フレン以外にはいないと思っていたし、フレンが上に行けばそれだけで良いと思っていたのも事実だ。
それが、現皇帝は下町の政策をきちんと考えてくれており、貴族の中にも下町を蔑むことなく施政を志す者が現れ、騎士団長は下町出身の憧れの的だ。
ありえないと思いながら、いつか来ればいいと思っていた未来が、世界が、今の世界だ。
そのための代償は大きかったけれど、何もできないと自分自身に理不尽さを感じていた頃とは全く違う。
そっと額縁を撫で、手を下した。

「ユーリ、お待たせしました……あ」
「?どうかしたか?」
「その絵…下町の子供たちが描いてくれたんです。また絵本を読みに来てほしいって言ってくれました」
「…また行ってやってくれるか?」
「喜んで!」

満面の笑み。純粋で、悪意のない、心からそれを願う者の表情。
エステルの存在が、自分に何をもたらしただろう。
世界に翻弄され、生まれに責苦を負わされ、それでも人のために生きる事を願った少女。
背負うものはあまりにも大きいのに、受け止め自分自身をきちんと見据えた。
自分の意思を信じる強さを、当たり前だと思っていた。そしてエステルにもそれを強要した。
結果的に、少女は強くなった。意思を持って行動し、他者を本当の意味で思いやる為に、自分自身を知ったのだ。
強い、とユーリは思う。
強くなった、とも思った。
と、エステルの服装に再び目がいく。

「その格好…」
「ふふ…似合ってます?」

くるり、と一回りするとひらりと上着の裾が舞った。
旅のための軽装、というほどラフではないけれど、水色をベースに金縁と白の装飾をあしらった旅服。
どこか一年前の旅で着ていた服を思い出させるもので。

「あの時は、手持ちで一番楽なものを選びました。この前、それを基調に作ってもらったんです」
「へえ…いいんじゃないか。似合ってるぜ」
「ユーリにそう言ってもらえて良かったです。リタにも早く見せたい」
「そんじゃ、お姫様。ジュディが下で待ってるだろうし、行くか」
「はい」

ユーリの隣に並んで、エステルは話をした。
一か月前から今日の事まで。
下町の事、評議会の事、騎士団の事、そしてエステルが主体で考えているギルドと帝国の新しい条約の事。
日々変わっていく毎日を生きていく、力強い想いを。
それを聞きながら、ユーリはいつも自然と微笑んでいる。それをユーリ自身は気付いていないし、エステルもまた気付いていない。
下町の宿屋から、狭い世界を眺めていたころとは違う。
どこまでも繋がる道を歩いているような、歩みを止めなければどこへでも行けそうな爽快感と期待感。


ユーリの世界は変わった。
住む場所もやるべきこと、為すべきことも変わっていないのに、世界が変わった。
それは、世界を見る自分が変わったことに他ならない。
エステルの横顔を眺めて、満足げに相槌をうった。
そこへ、ジュディがやってくる。
エステルと挨拶を交わし、城を三人で後にする。
ジュディにも服を褒めてもらい、エステルの笑顔にいっそう花が咲いた。
市民街の子供がエステルの傍までやってきて、何かをプレゼントする。どうやら、手作りの絵本らしい。
ありがとうございます、としっかり子供たちに目線を合わせてお礼を言う。
その様子を眺めながら、ユーリはジュディと視線を交わして肩をすくめた。

来た道を戻りながら、街道を少し進めばバウルが頭上に姿を現した。
乗り込んで目指す場所は、ダングレスト。



明日は、ドンの一回忌だ。





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続いているようで続いていないお話。「ドンの一回忌」をテーマに、オールキャラでお届けします。