青空の唄 7
*フレユリで現代設定
*ドシリアス注意
廊下を駆ける。部活も終わりの時間を迎えた放課後の校舎には人が少ないのをいいことに、
ユーリは可能な限り全速力で生徒会室を目指していた。
過度な運動は身体に予想以上に影響を与える。そう言われたのは、もう随分と前だ。
それ以来あまり走ることはなかったし、長時間の運動をしたことはない。それでも遊びたい盛りなので、体調を気にせず遊んでフレンに怒られたことはよくあったが。
無茶も無理もしたつもりはないし、今回もそうだ。
ただ、フレンに早く会って、話をしたかった。
自分の知らないところで足枷になっているのだったら、きっと一生自分を許すことができない。
「フレン!!」
がだん、と扉が乱暴に開けられる。
ぜぇぜぇと肺が不吉な音を立てるが、ユーリは息付く暇もとらずにフレンの姿を探す。
自分の机で書類を整理していたフレンは、必死の形相で現れたユーリに驚きを隠せず「ユーリ?」と呟いて。
フレンがいつもの机で作業している姿に何故だかイライラが募ってきて、ユーリは立ち上がったフレンの腕を掴んだ。
「ちょ、ユーリ?どうしたの?」
「フレン、教えろ!」
「だから、いったい何が…!」
「どうして法学部を諦めたんだ!?」
フレンの目が、見開かれる。ユーリの瞳に映る、どうして知っているのか、と驚くフレンの姿。
切れるんじゃないかと思うほど強く唇を噛んで、ユーリは真剣にフレンを見つめる。
「法律を学びたいって、あんなに言ってたのに」
「どうして、それを…」
「なんだよ、医学部って…!なんで!!」
どうしてそこまで知っているのかが気になったが、いずれは話さなければいけない事だったのは分かっている。
フレンはユーリの腕を掴み返して、彼女を落ち着かせようと切り出した。
「本当だよ。僕は、法学部じゃなくて医学部に進む」
「だからどうして…」
「聞いて、ユーリ。僕はね、別に法学部の道を諦めたわけじゃないんだ。でも、今僕は、医学部で学びたいことがある。だから、医学部に行きたい」
真剣に。
フレンの表情から、その意思が固まっていることを理解したユーリは、悔しげに瞳を揺らして俯く。
「…私の、せいなのか?私が、こんなだから…」
「ユーリ?」
「ずっと夢だって言ってただろ!?」
長い髪が左右に舞い、叫んだ反動でフレンの手を振り払う。
行き場のなくなった両手の拳を握り、フレンはユーリを見据えた。
「夢は変わる。今の僕は、君と一緒にいたいんだ」
「だからって、何で道を変えるんだ!法学部に行こうが、一緒に居ようと思えば居られるだろ!?」
「それは」
「私のためだとでも言うのか?ふざけるな、いい迷惑だ!」
「……」
「自分の道を進めよ、私なんか気にしないで!!」
言いきった言葉が、生徒会室に響く。
その意味がじんわりと頭に染みてきて、フレンは奥歯を噛みしめた。
何と言えばユーリに伝わる?何を言えばユーリは納得する?
――どうしてユーリは、『私なんか』って。
「…僕は、決めたんだ」
「聞かない」
「君を助けたいんだ。ずっと君と一緒にいるために」
「なんだよそれ。法学部にいたって、一緒にいられるだろ?」
「僕が納得いかない。少しでも君の助けになりたいから」
「なんだよ、助けって…私は別に、フレンに助けてもらいたいなんて思ってない」
「…知ってる。君も僕も、お互いが対等でありたいと思っているのも」
「だったら何で…」
「約束したから。お互いが困っているときは、お互いが助けになるって」
その瞬間、ユーリは息を呑んだ。
真摯なフレンの瞳は、決して揺らぐことはない。
対照的に、自分の心が揺れているのがわかる。
駄目だ、泣いてはいけない。嬉しいなんて、思ってはいけない。
自分のせいで、フレンは道を変えてしまったのに。夢を、諦めてしまったのに。
「……フレンの、分からず屋っっ!!」
吐き捨てるようにして、ユーリは踵を返した。
逃げるように廊下に出て走り出す。さっき走ったばかりなのに続けて走るなんて、初めてかもしれない。
息が切れるが、構っていられない。フレンの顔を見ていられない。頷いてしまいそうで。
(駄目だ、駄目だ!!)
気持ちを消してしまいたい。涙とともに流してしまいたい。
ユーリは下駄箱まで駆け降りて、家に帰ろうと靴を出す。
屈んだ、瞬間。
どくん、と音がしたかと思うと、目の前がぼやけて行くのを感じた。
「…分からず屋、か。君もだよ」
昔からどことなく似た者同士で、だからユーリの気持ちも分からなくはなかった。
『自分のせい』と言っていた。そんなことは決してないが、『ユーリのため』という気持ちがないわけではない。
この頃体調が良くない彼女を心配しているのは間違いない。それは自分の気持ち。
別に何か重い病気ではないことが彼女の治す気を起していないのは前からだ。結局治らないし、日常生活には支障がないから、と言って。でも、友達と外で星を鑑賞しただけで熱を出す。そんな乱高下の激しい体調では、この先大学に進んでも社会人になっても彼女のプラスにはならない。
彼女が自分を支えてくれるように、自分も彼女を支えたかった。
何か、ユーリのためにできることはないかと、ずっと考えていた。
すごく簡単な理由だ。ずっと一緒にいたい。二人で。
――ユーリの事が、好きだから。
「なんで君には伝わらないかなぁ…」
そもそも、そういう気持ちを抱いていても、ある意味それ以上に、家族のような感覚が強いから。
幼い頃から一緒に暮らすこともあって、親のいないユーリの兄弟のような感覚だったかもしれない。
好き、なんて言葉では言い表せないくらい、大切な存在なのは確か。
自分が選んだ道。別にユーリのせいじゃない。ユーリのためなんて自分の言い訳だ。
フレンが自分の気持ちで選んだ道だとちゃんと伝えなければ。
(手遅れになる前に)
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