青空の唄 5

*フレユリ現代設定
*ジュディス初登場!でもフレユリ全開。
*ちょっと重い…かも





ふと目の前に、薄暗い天井が広がった。
カーテンに仕切られた空間。どうやら、寝かされているらしい。
ゆっくりと身体を動かそうと試みたが、うまくいかなかった。
視線は天井から離れない。だが、ユーリの思考は働き出して、今の状況について過去を遡る。

そうだ。確か自分は、倒れたんだ。
授業中ではなく、休み時間。いつもの通り同クラスの友人と少しだけ話した後、購買に行こうと思ってクラスを出た直後。
突然苦しくなって、目の前が真っ暗になって。
膝が地に着く前に、身体を傾けて壁に寄り掛かったのまでは覚えてる。
そして――…


「あら、具合はどう?」

足元から声がして、驚いてそちらを見る。
カーテンを広げて中に入ってきたのは、保険医のジュディスだった。

「…悪くは、ない、と思う」
「そう。倒れたのは覚えてるからしら?」

こくりと首を振れば、ジュディスはユーリの額に手を置く。
少しだけ意識がぼんやりしている気がして、一度目を閉じた。別に、熱がある感じはしない。ただ、身体が動かすのにタイムラグがある。動かそうと思わないと動かないような…
(なんだろう、一体)
身体が沈んでいく。同時に、思考も。
目を開けて、おそらくいつかは来るであろうフレンに、「大丈夫だ」と言わなきゃいけないのに。
だが、意識が遠く離れていく。眠いわけではないのに、眠りに落ちるような、そんな感覚が。

「…ユーリ?」

ジュディスの声が木霊するが、やはりそれに返すことはできなかった。
ユーリは、意識が遠退くのを知る暇もなく、夢の中に堕ちて行った。



ジュディスは再び眠ったユーリの額から手を離し、呼吸がしっかりしているのを確認すると、カーテンを引く。
保険医ということもあり、ユーリが病を抱えていることは知っていた。
それがいつ発症するかもわからず、だが命に関わるほどではないという事も。
…そして、そんな彼女をいつも心配して、傍にいたいと願っている彼の事も。

もうそろそろかしら、と思い時計を見れば、どうやら終礼はもう鳴り終わっていたようだ。
おそらく生徒会に一度だけ顔を出してやってくるであろう彼は、普段の冷静で優しげなオーラを纏ってはおらず、息を切らし駆け込んでくるだろう。
と考えていたら、案の定扉の向こうから廊下を駆けてくる足音が聞こえた。

コンコンッ、と焦っているにも関わらずしっかりとノックをするのは、さすが生徒会長と言うべきだろうか。

「どうぞ」
「先生!ユーリは…」
「今は寝てるわ。だから、少し静かにしましょうか」

ジュディスの唇に当てられた人差し指の仕草に、大きく息を吸い込んでフレンは静かに扉を閉めた。
ひとつだけカーテンの閉められているベッドに視線をやって、問うような視線を彼女に向ける。
まるで飼い主が心配な犬みたいね、と心の中で苦笑して、ジュディスは口を開いた。

「熱はないわ。おそらく、身体が疲れているだけ」
「疲れて…」
「精神的なところは私にはわからないけれど、最近、よく遊びに出掛けてたのでしょう?楽しいことが続いたから、彼女の身体が休息を求めてるのね」

エステルやリタと知り合ってから、ユーリは以前より格段に外に出る機会が増えたのは事実で。
そう言えば、この前スケートに行った時も、いつもよりはしゃいでいた気がする。
最初は転んで不貞腐れていたけれど、運動神経の悪くないユーリはすぐに当たり前のように滑っていたし。
自分の手を借りていたのは本当にリンクに上がったばかりの数分くらいで……ユーリが転ぶなんて思わなかったから、思わず笑ってしまったけれど、もしかしたらユーリの気分を害したりしたのだろうか。抱き起こした時も、嫌がってはいなかったが、ユーリは変にプライドが高いから傷ついたりしたのだろうか…
などと、ぐるぐると勝手に考えていたフレンだったが、ジュディスの一言にはっと目を見開く。

「それよりも、生徒会は良いのかしら?」
「――あっ、あぁ…大丈夫です。みんなに仕事を任せてきましたし、今日は特に急ぎの仕事とかはないですから」
「そう。なら、少し時間をもらってもいいかしら?」
「え?はい、大丈夫ですが…」

ジュディスは、カーテンの隙間からユーリが寝ているのを確認すると、フレンを手招きして正面の椅子に座らせた。

「この前の、進学についての話だけれど」
「…!」
「どうやら、自分の中で納得のいく答えが出せてないみたいね」

保健科の主任であるジュディスは、あの場にいた。そして、法学科を薦める周りの声に、フレンが迷っていることもわかっていた。
周囲の期待を背負う彼は、迷っている。そしてその迷いは、おそらく彼一人では解消することができないだろう。なぜなら、その筋道すら見えていないのだから。
自分の本心がどこにあるのか、定まっていない。定めてあげる手伝いをするのが、自分の役割なのだ。

「フレンは、ユーリのことが大好きなのね」
「え?ええ?」

直球もど真ん中に言葉を投げられ、思わず目を白黒させる。

「幼馴染だから?それとも、大切な人?」
「えぇ…っと、幼馴染で、大切な人です」
「大切な人、ね。それは、ユーリへの同情?」
「…っ違いますっ!!僕は、同情なんて一度も…!」
「じゃあ、どうしてそんなに彼女のことを気に掛けるの?可哀想だからではなくて?」

可哀想?ユーリが?
断言できる。自分は、ユーリをそんな風に思ったはない。子供のころにはあったかもしれないが、少なくとも自分は覚えてすらいない頃のことだ。
病気なんて関係ない。同情なんかじゃない。
(僕が。僕が、ユーリと一緒にいるのは)

「――僕はただ、ユーリと一緒に居たいだけです」

大切なんだ。ユーリのことが。
いつでも一緒にいたいと思うし、でもそんなのは無理だとわかっているから、せめて彼女の傍に居られれば良い。

周りの声に押しつぶされていた彼の中にある、一筋の道。
フレンの本心。そこさえ貫けていれば、周りなんて関係ない、というほどの。
ふ、とジュディスは微笑んで、フレンを見つめた。

「それがあなたの本心なら、そこを忘れては駄目よ?」

ぶれてはいけない軸があって、フレンにとってのそれは、ユーリだった。
そこを忘れてはいけない。本心から彼女のことを大切に思っているなら、「ユーリのため」という理由を押し付けてはいけない。

「…一緒に、いたいんでしょう?」
「はい」

迷いない答えが出たならば、フレンはもう大丈夫。
あとは…

「ユーリが起きるまで、ここにいても良いですか?」
「もちろん、構わないわ」

笑顔で答えれば、フレンも安心したように、ユーリの眠るベットのカーテンを開く。
ユーリの寝顔を、ただ柔らかく、心配そうに見つめるフレン。


あとは、ユーリの気持ちの整理が付けば良いのだけれど。
それはきっと、フレンよりも難しいことだろうと、ジュディスは小さくため息をついた。





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