仰ぐ紫黒

*アレ→ユリ、ユーリ総受けシリアス
*唐突に始まり唐突に終わる
*捏造どころの話じゃない。そしてユーリがちょっと性格違います。
*「仰ぐ深淵」のなんとなく続き





それは、戸惑いを覚える光景だった。
居るはずのない場所に彼が居る。長い黒髪を揺らめかせ、閉じられた瞳。
不自然な位置で宙に浮いているのは、彼自身が術式の中に囚われているからだ。
こうやって、何かに縛られることを嫌う彼なのに。
今は存在しないはずの「レイヴン」の心が、わずかに軋むのを感じた。

「…何か言いたそうだな」

さほど長い間見ていたつもりはないが、アレクセイの声に我に返る。
そう、今の自分はレイヴンではない。
シュヴァーン。
アレクセイに忠誠を誓う人形。彼の手足となり、駒として働く存在だ。
ユーリから視線を外し、アレクセイの前に歩み進む。

「…いえ」
「なんだ、ソレが気になるか?」
「……」
「目は口程にものを言うとは、この事だな。せっかくだ、紹介しよう」

どうやらアレクセイは上機嫌のようだ。
歪んだ口元と目元が、シュヴァーンを見下す。
手を軽く振ると、エアルに干渉する術式を操作する盤が現れる。
その仕草に、思わず小さな天才魔導士を思い出して手に力が入った。
ちらりと横目で見られて、僅かな戸惑いすらもアレクセイには見通されている事実に目を伏せる。
ほんの数秒後、ユーリを取り巻く術式が地に降り立ち、ユーリの体に引き寄せられるように収束する。
微かに肌の上で点滅を繰り返した模様はやがて跡形も無くなり。
薄く瞳を開けたユーリは、寝起きの微睡から覚醒するかのように幼い顔をしていた。

「ユーリ、こちらに来なさい」

アレクセイが、ユーリを呼ぶ。
命令にしてはやわらかい口調ではあったが、有無を言わさぬ強さがあった。
それに刃向うことなど想定していない強引さ。

「……は、い」

その声に、思わず動揺する。
シュヴァーンは、ユーリが従順に二人のもとに歩み寄るのを信じられないといった面持ちで見つめる。
それをアレクセイは面白そうに眺めた後、ゆっくりと自分の近くまで来たユーリの顎に指を添え、軽く持ち上げる。

「今からお前は、我が手足となり騎士として働いてもらう」

為されるがまま、ユーリは動かない。

「アレはシュヴァーンだ。覚えておけ」

アレクセイの指と言葉に促されるまま、ユーリの瞳がシュヴァーンに移る。
シュヴァーンの姿を映してはいても、認識しているか定かではない瞳。
意思のない、正しく人形のような表情。
夜色を思わせる美しさの存在しない彼に、自然と拳を握った。






帝都、ザーフィアス城。
エアルの力が渦を巻くように空を覆う中、アレクセイは正面に浮かぶユーリの胸元に置かれたコアに手をかざした。
途端、ユーリの身体がぴくりと痙攣し、薄く開かれていた目が更に開かれる。
喘鳴が零れる様に一つ舌打ちをして、構築の終わっていない術式に取り掛かった。

思いの外…いや、予想通り、ユーリの意思は強かった。
無理やり抑え込んでいるにも関わらず、さすが満月の子の複写体と言うべきか。
無意識のうちにエアルを体内に効率よく蓄え、ユーリという意識体に影響を及ぼさないようにしている。
魔導士の素養とは全く別物だ。彼自身の能力。
だからこそ、アレクセイの構築する術式を自動的に変換し、ユーリ自身に負荷をかけないようにしている。
それが、逆に厭わしい。意思を持たないように術式を組もうとも、数時間も経てば意識が浮上してくるのだから。

構築式を、複雑なものに書き換えていく。
指は、なめらかだ。反論を許さないかのごとく、ユーリの自由を奪い、アレクセイの言葉だけを聞くモノへと変えていく。
ユーリの身体に負荷がかからない程度にまで術式が書き換えられたとしても、『意思を残さない』ように式を組む。
そして、アレクセイの声に反応して、術式の書き換えが強制終了するようにすればいいのだ。
じわじわと痛みを与え、毒のように侵食する。

「始めようか」

シュヴァーンとエステリーゼは、既に彼らの仲間と共にこちらを目指している。
ユーリの状況を知っているシュヴァーンは、間違いなく彼らにその話をするだろう。
予め知っていることで、彼らは対話を試みる。
きっと言葉が届くのではないか。
きっとユーリは戻ってきてくれるのだと。

残念だが、そんな興ざめな筋書きを作るつもりはない。
アレクセイは、一度術式を打つ手を止めた。
そのまま手を伸ばし、ユーリの心臓あたりに手を置くと、耳元で低く囁く。

「     」

ユーリが身をよじる。
見開かれた瞳を覆うように手で隠し、再度同じことを、今度ははっきりと。
何度も同じことを繰り返すことで、潜在的な恐怖を植え付ける。
それこそが、毒。強制終了の鍵。

「いや、だ…やめ、やめろ…」

ぽつりぽつりと繰り返させる呟きに笑みを深くし、アレクセイは最後に彼に一番近い幼馴染の名を紡ぐ。
ユーリの、焦点の定まっていないはずの瞳が揺れるのを見て、さらに続ける。
自分に逆らうことで、起こりうる全てを。
恐怖という感情が呼び起されるすべてを。

「私に従え」

命令だ、と。
ユーリの前に広がる構築式の、エンターキーを押す。
ぐらり、とユーリを包む球体が一度回転し、完成を意味する淡い光が浮かんだ。
ユーリの目元から手を離すと、完全に目を閉じて意識の無い状態でユーリは弛緩していた。
次に目を覚ますときには、彼らの仲間がいるだろうか。
そう思っていた矢先、大人数が階段を駆け上がってくる気配が、こちらに向かってきていた。
なるほど、とアレクセイは嘲笑する。
お披露目は、ここか。

階下から現れる影。
息を切らし、しかし強い信念と想いを持って、こちらを睨む眼差し。
シュヴァーンとエステリーゼの姿も、予定通りだ。
自らの後ろ、ユーリに視線が集まるのが手に取るようにわかる。

アレクセイは、両手を広げて彼らを迎え入れた。

「…まさか、ここまで来るとはな」
「ユーリを、返せ!」

くっ、と口元だけで笑い、アレクセイはユーリに近づくとそっとその長い髪を手に取った。
突き刺さるような視線が誰のものか、特に強いそれを放つ青年を一瞥し、見せつけるようにユーリの輪郭に手を滑らせた。

「返せ、とは無粋だな。良いものを見せてやると言っただろう」

ユーリを囲む術式が、彼の体内に収束する。
降り立った両足はしっかりと地面を踏みしめ、アレクセイが手渡した剣を握った。

開かれた瞳は、恐ろしいまでに何も映すことの無い、闇色だった。





*****
中途半端ですが、ここまで!