相思相愛 divertimento - vivace -

*フレンとユーリで音大生パロ



時期的にフルーツは桃が旬だろう。
少し硬いのを買って、外に数時間置いておけば甘くなる。
食べる一時間前に冷蔵庫で冷やせば良いだろう。フレンが帰ってくるのは確か六時くらいだと言っていたから、食後のデザートにしようか。
春期休暇に入ったばかりだが、音大生にとって休みと言える時期は少ない。冬の定期演奏会や年末年始のコンサートなど行事の多い季節を抜けたと思ったら、もう一月を過ぎ二月も半ば。
すると今度は、定期試験と並行して春のコンサートへ向けて練習が始まる。冬休みくらいから曲目の発表はされているが、本格的な練習に入れるのは一月を過ぎてからだ。
しかしある意味、個人練習期間というのが一番時間に余裕がある時だった。全体合奏練習期間に入れば、半日をオケで費やすことなどざらであるし、オーディションやらなにやらであっという間に三月四月に突入するのが常。
昨年までに比べれば、出演する曲数も増えた。交友関係も広くなり、慕ってくれる後輩もできた。
驚くほどに充実している、毎日。
今後のことも就職のことも、考えなければいけないことはたくさんあるけれど。

でも何より、一番変わったことは。

「ただいまー」

夕飯に作っていた鶏肉の和風生姜煮込みが、良い香りを漂わせ始めた頃合い。玄関の方から響いた声に、おかえり、と返した。
次いで現れるのは、金髪をふわふわと揺らしながら「疲れたぁ」と背伸びをするフレン。


――一番の変化は、フレンと一緒に住んでいること、だ。



*****



「やっぱりユーリの作るケーキは、本当に、本当においしいですっ」

感激します、とうっとりと表情を緩ませてケーキを頬張るお嬢様に、ユーリはもはや乾いた笑いしか浮かばない。
フレンにも大絶賛されたチョコレートケーキを持ってきてみれば、エステルに始まりその友達、さらには担当教授にまで話がいきわたっており、何故か食堂には数人の人だかりができていた。
おいしいと言ってもらえるのは大変に嬉しいことだが、今日初めて会いました、なんて人も口を揃えてそう言ってくれるのだ。
結構、恥ずかしけど喜んでいる自分がいる。

「ユーリ、パティシエになってもやっていけそうですよね。お店とか開いていませんか?」
「お前そう簡単な話じゃないだろ、パティシエって」
「でもこの美味しさなら、絶対に評判になりますよ!」
「そう言ってくれるのは光栄だけど、流石に現実離れしてるって」

そんなことないですよっ、と頬を膨らませるエステルは、それはもう天使のようにかわいい。
だが、その目がきらきらとユーリを見ているものだから、どうにも眩しくていけない。

「あ、でも確かに、こうやって作ってくれる方が独り占めできて良い気がします」
「…エステルやフレンに食べてもらって、美味しいって言ってもらえれば十分だよ」

ぽんと腕を軽く叩くと、そうですね、とエステルも微笑んだ。

「フレンと今、住んでるんですね」
「ああ。デュークは海外出張だし、どうせ部屋を変えようと思ってたから」

大学に近い方が良いというフレンのタイミングも合わさって、半分の料金で済むこともあり相部屋にしようということに落ち着いたのだ。
もともと誰かと一緒に住むこと自体に抵抗はなかったのであっさりと話は進んで、年明け前には既に一緒に住んでいる。

「同棲、っていうのですね!」
「んぐっ……エステル、お前、そういうことは他人の前でいうなよ…?」
「え、なぜです?」
「なんでも!」

どうもこのお嬢様は、時折天然を通り越して小悪魔なのではと疑ってしまう。
発言が危うい。非常に危険だ。誤解が誤解を招きそうな、そんな天然さと鈍感さを併せ持っている。
同棲発言禁止令に納得がいかないようだが、こればかりは頼むしかない。

「普通に、共同生活でいいだろ」
「ええ、でも同棲ってなんだか言葉の響きがいいです」
「…たまに、お前の感性が俺にはわかんねーよ…」

机に項垂れるユーリを見下ろして、エステルは、でもよかったです、と瞳を淡く揺らした。

「フレンと、ちゃんとお話しできたみたいで」
「…悪かったな、色々」
「いえ。お二人とも、大事な親友ですから」
「エステルには、頭が上がらないな」
「ふふ、そうですか?」

リーン、と突然携帯の音が鳴る。エステルは取り出してメールの内容を見ると、すみませんと立ち上がった。

「友達が、呼んでいるので、私は行きますね」
「おお。また明日な」

窓の外を見れば、もう夕方の色に染まっている。
気付かないうちに時間が過ぎていたようだ。

「はい、また明日!」

エステルの満面の笑みは、とてもかわいくて眩しいものだった。



* * *



「はいこれ。この種類でよかったよね?」
「お、さんきゅ」

渡されたコーヒーの袋を棚にしまいながら、どさりとソファに寄り掛かったフレンに苦笑する。
夕飯の支度を続けるユーリの向かい、無言のままのフレンはやがて立ち上がって脱いだ上着と鞄を片手に、自室へと姿を消した。
ユーリなら眠ってしまうところだが、ちゃんと着替えて服もすべてたたんでおくあたり、フレンの几帳面さが表れている。若干ユーリとは相いれない部分ではあるが。
十数分後、普段着に着替えてリビングに戻ってきたフレンは、何か手伝おうかと問いかける。
が、大丈夫だと即答されて一瞬固まったが、はぁとため息をついて椅子の背もたれに肩甲骨を当てて両腕をぶらぶらし始めた。

「お疲れさん。卒制、あんま進んでないのか?」
「まぁ進んでないことはないけどね…ちょっと行き詰ったというか、なんというか」

楽器演奏を専門にしている学科と異なり、作曲科は教授の元についたり、作曲の道に進まず音楽の教師になったりと様々だ。
フレンがどうするつもりなのかはまだ聞いていないが、彼なりに方向性は定まっているようで一心不乱に曲を書き続けているようだ。
もちろんその傍らで、ユーリのための曲を書きながら。

「なあ、フレン」
「うん?」
「無理はするなよ?」
「…わかってるよ」

一通り支度が終わって、一息つこうとユーリはソファに身を沈める。
フレンも隣に、少しだけ浅めに座って、ゆっくりとユーリの膝に頭を置いた。
長い黒髪に指をからめつつ、身じろぎして収まりのいい場所を探しているようだ。猫かお前は、と突っ込みたくなる。
顔には疲労が浮かんでいて、でも嬉しそうにユーリ、と名を呼ぶから。なんだか甘やかしてやりたい気もして、そっとフレンの髪を撫でた。

「俺はさ、お前が感じるままに生み出した曲が、良いと思ってるんだから」
「知ってる」
「じゃあ、もっと肩の力抜け。お前ただでさえ頭が固いんだから、それ以上固くなったら旋律どころか音すら浮かばなくなりそうだ」
「ひどい言い草だな、それは」

あはは、と笑う。
穏やかな優しい、隣にいるのが当たり前の毎日。

「そういやエステルに、パティシエになったらって言われた」
「君が?確かに君の作る料理もお菓子も美味しいからね。彼女の気持ちも分からなくはないけど」
「そうか?じゃあ、お言葉に甘えてみるか」
「え?それはちょっと待って…」
「はは、冗談だよ」

からかっているのに、フレンは真面目にとったようだ。本気で焦っているのが面白くて、ユーリはからりと笑う。
それに不貞腐れたように眉を寄せて、ユーリに背を向けるように転がった。
それでも頭は膝に乗ったままなのだから、甘えているのは手に取るように分かるのが面白い。

「俺は、ずっとお前の曲を弾き続けるって決めたんだから。どんな道に進もうが、それは変わらないさ」

その言葉に、フレンは心底嬉しいと目元を綻ばせて、ユーリの頬に手を寄せた。

「もちろんだよ、僕のユーリ」


――君のために曲を作り、君の心をずっと離さない










(その部屋から聞こえる音色は、いつまでもどこまでも優しいものでした)