相思相愛 divertimento - andante -
*フレンとユーリで音大生パロ
おいしそうだと思う。自分は自他共に認める甘いモノ好きで、毎日三食甘いものでもおそらく問題ない。(やったことはないが)
だからこそこの目の前のスイーツは自分を魅了してやまなくて、自分の食神経を中枢の奥深くまで刺激してくる。
大学構内の食事なんて大したことないと諦めていたが、スイーツに関しては充実しているようで大満足だ。そもそもお金がないのだから、大学やコンビニで買って食べようなんて思っていないので基本的に食事は手作り弁当。毎日自分で作ったものばかりで、たまには贅沢もしてみたくなるのである。
その時、この大学構内に出店しているスイーツは手頃な値段で十分に満足させてくれる大事なオアシス。
苺のショートケーキは舌触りのいい滑らかなクリームがスポンジの甘さを引き立てていて、苺の潤いを損なわない絶妙な味わい。
ガトーショコラは王道でありながら、しっとりと舌に絡みつくようなビターチョコが甘すぎず苦すぎずハーモニーを奏でている。
この店お勧めだというロールケーキは普通のロールケーキと違ってミルクレープと組み合わせた様なもので、スポンジの柔らかさを残しつつもバームクーヘンのように表面に少し焼き色が付いている。クリームは多めだが口の中で溶けるように軽く、ふわふわとして後味が意外とさっぱりしていて。
他にも、全15種類のスイーツはどれも自分の嗜好にマッチしていて、もう本当は毎日食べたいくらいだ。
それでも週に一日の、せめてもの贅沢。十分悩んで、今の自分を満足させる一品を選びたい。
今日はどれにしようとガラスケースの前で腕を組むのは、長身長髪で全身黒ずくめ。一見すると数年前に流行ったロックバンドのボーカルを彷彿とさせるが、実は学内一甘い物好きで基本一匹狼というその人物。
彼の名前は――
「君が、ユーリ・ローウェルさん?」
突然背後からかけられた声に、ユーリは「ん?」と振り返った。
「作曲ぅ?」
「うん。君にお願いしたいんだけど」
目の前に並べられた三種類のケーキに一つずつ丁寧にフォークを刺して、掬っては口へ運ぶ。仄かな甘さのものもあれば、ちょっと甘ったるいのも全部ユーリにとってはおいしいの一言で。
いつもなら一人で、もしくは友人と一緒に、ここでケーキを買って構内の好きな所で食べるのだが、今日は買ったケーキを持って学食に移動した。
この、ユーリに相対する席に座る金髪の美青年に誘われて。
面識はないと思うのだが、彼、フレン・シーフォはユーリの事を知っているらしい。たいして有名でもないし、音楽馬鹿にふさわしい演奏者が集まるこの大学でユーリより上手な奏者など数多く在籍している。しかも、専攻はチェロ。
チェロといえば、深みのある低音が特徴の弦楽の中ではバイオリンに次いで知名度の高い楽器だ。当然のことながら、知名度が高いぶん人気も高い。
ユーリがチェロ奏者になったのはある人の言葉がきっかけだが、それはこの際置いておく。
疑問に思うのは、目の前でユーリがケーキを黙々と頬張るのを笑顔で眺めている金髪碧眼が何故自分に声をかけてくるのか、ということ。
フレン・シーフォは、学内でも有名ないわゆる「音楽家のサラブレッド」で「人気者」。確か作曲科の学生だったと思うが、あまり興味がないため曖昧な記憶にとどまっているが。
それでもユーリが彼の事を知っているのは、やはりフレンのもつ端麗な容姿と構内を歩いていれば一日一回は名前を聞く有名人ぶりから。
あくまで一介の学生である自分には縁のない人物だろうと思っていたが、何の因果か必然か、彼はこうしてユーリにケーキを奢っていた。
「知っていると思うけど、3年生は実技試験があるだろう?僕はオリジナルを一曲作るのだけれど、どうせなら誰か弾いてくれる人がいないかと思っていて」
「あー…そういやもうそんな時期か」
フレンの言う実技試験とは、その名の通りそれぞれの学科に課せられた実技の試験だ。ユーリはチェロ専攻なので、当然のことながらチェロで課題曲と持ち寄り曲をテスト。合格をもらえなければ4年への進級がかなり難しくなる。
どうやらフレンの作曲科は、一曲まるまる作曲を行わなければならないらしい。だが確か、作曲科は作った曲をピアノで演奏するレベルで良かったように思えるが。
そのことを問えば、フレンは「間違ってはいないよ」と首を縦に振った。
「確かにピアノで演奏できればいいのだけれど、それじゃあ面白くないだろう?」
「テストだろ?そう言う問題か…?」
「それに君だって、持ち込み曲が決まったことになるから、一石二鳥じゃないか」
だからどうだろう、と尋ねる様子はとても真面目で好感のもてるものではあったが、どうもケーキが目の前に並んでいるいう状況に策意があるのでは疑ってしまうのは自分の性格がひねくれているということなのだろうか。
断れない、というか、断ったらなんだか申し訳ない気持ちにさせてくる、気がする。
それでも、フレンの瞳はユーリにまっすぐ注がれていて、ぜひ君と、という気持ちは十分に伝わってくるから。
まあケーキまで奢ってもらっておいて(先手を打たれたような形とはいえ)、無下にするわけにもいかないだろう。
そこが、ユーリの「押しに弱い」とか「甘い」とか言われるところだとは認識しないまま、まあ課題の心配が一つ減ったし、曲を作ってくれるというのだからお言葉に甘えてみようかと考えるに至った。
「…んじゃ、せっかくだし頼むわ」
「ありがとう、ローウェルさん」
「あーやめろよ。ユーリでいい」
「じゃあ、僕もフレンで」
こうして、大学一の優秀かつ容姿端麗な作曲家と、不思議な魅力を持ちつつもそれは特に知られない平凡なチェロ奏者のペアが生まれた。
*****
「フレンがどうかしたんですか?」
耳に優しい女性特有の柔らかく高い声が耳朶に響いて、そうなんだよと返答をする。
桃色の髪がふんわりと肩にかかるくらいの高さで揺れている、いかにもお嬢様然とした少女の名前は、エステル。本名、エステリーゼ。フルート科の同級生で、容姿に違わず資産家のお嬢様である。
フレン・シーフォに断り切れない圧力を用いられて勧誘されたユーリは、お互いの授業が終わった後にもう少し詳しく話そうと約束してその場を後にした。
思い返して見ると、なんで承諾したのだろうかと疑問に思う。だってどう考えても自分で曲探して適当に練習した方が早いし、作曲者の意図とか汲まないで自分の好きなように弾けるし。わざわざ人間同士の関係を持ってまで頑張るほどじゃなくないか?どうしたんだろうか自分。そもそも誰かと一緒に仲良く演奏しましょうね、なんて自分の柄じゃない。いっそ奇妙というか明日は槍でも降りそうな勢いだ。やっぱり今すぐ取り消してきた方がお互いのためになるんじゃないのだろうか。
などとぐるぐると悩んでいたところに現れたのがエステルで、「フレンって奴知ってるか?」というユーリの問いに首をかしげて問い返したのだ。
「なんかさー俺、あいつに熱烈な勧誘を受けたわけだよ」
「勧誘?フレンが、ユーリにです?」
「おう。でさ、なんか断るにも断れなくて一応おっけーしたわけなんだが、そもそも俺フレンってどんな奴か知らないんだよ」
「ええ…」
「エステル、そいつの事何か知らないか?」
「知っては居ますけれども…珍しいです」
「まあ、確かに俺が他人の言う事聞くのは珍しいけどな」
「いえ。ユーリのことではなくて、フレンの方が」
そうなのか、とユーリが少しだけ驚いたように聞き返して、エステルが首を縦に振った。
「フレンが、作曲科なのはご存知ですよね?」
「ああ、まあそれくらいはな」
「フレンの御両親と私の両親は昔から親交があるので何度もお会いしたことがあるのですけど、とても誠実で真面目な方です」
「それはなんとなくわかる」
「作曲に関しては、御両親の影響もあってかなりの矜持を持っていらっしゃいます。有名な方ですのでお友達がたくさんいるとは思うのですけれど、まだ誰とも組んで演奏したり、特定の人のために曲を作ったことはないと仰ってました」
「ふーん…」
「ですからきっと、フレンはユーリの事がとても気になって、声をかけたんです」
ぶっ、と飲みかけの水を噴き出してむせる。
話の流れからなんとなく堅そうな奴だと思っていたが、どうもエステルの想像が自分の想像の斜め上をいっていたようだ。「とても気になって」とか、まったくもって因果関係がはっきりしないのだが。
「げほっ……エステル」
「はい、なんです?」
「どうしてそこで、「気になって」になるんだ?」
「ああ、それはですね」
どうやらちゃんと理由があるようだ。
ぱちんと両手を胸の前で合わせて、エステルは天使のごとき笑みで告げた。
「『僕の作った曲は、僕が弾いて欲しいと思ったただ一人に捧げますから』って、言っていたからです」
今度は譜面台に頭をぶつけそうな勢いで眩暈がして、がくりと膝をつく。
なんなんだ一体その気障で恥ずかしい奴は、と思う自分の思考は決して間違っていない。
額に手を付くのを止められないほどになんだか頭痛がしてきて、はあと重い溜息を吐いた。
何故だか目を輝かせているエステルは、嬉しそうにユーリに笑みを向ける。
「フレンとユーリなら、きっと素晴らしい曲ができます!楽しみにしてます!」
「……あんま期待されてもな」
どんな曲を作るのでしょうか、なんて既に先の話まで想像を膨らませている乙女エステル。聞く前より聞いた後の方が倍以上疲れているのは、フレンが一体何を考えて自分に声をかけたのかわからないから。
しかし、ここでうだうだ考えていてもそれこそ自分らしくない。
とりあえずは、少しばかり面倒な気がしなくもないが、話をしてからだ。
授業が終わるまで、あと3時間。
時計は、午後13時を指していた。