人を想うということは、かくも苦しく、憂迫で、酔狂なものである。





七章


 翌日、緑谷から送られてきたメッセージには、移動がてら一日だけオフ日ができたので自分のアパートに行きたい、といった趣旨の事が書かれていた。
 大きな事件の後であっても、ヒーローとしての日常は変わらない。運良く早朝のパトロールだけで終わった一日を定時で切り上げ、駅まで緑谷を迎えに行って、二人で歩いて帰宅する。
 十年も離れていたとは思えないほど自然な距離感で接していられることに、驚きと喜びが綯交ぜになって胸が暖かくなった。
「あのタイミングでヒーローやめるなんて弱音吐いたの、自分でも予想外だったんだ」
 珈琲と牛乳を混ぜたマグカップを両手にソファに座った緑谷は、小さく小さく、隠し事でもするように本音を話してくれた。
 彼がずっと抱えてきた過去と、オールマイトとの関係。無個性であった中学までのことや、雄英高校に入るきっかけとなったはじまりの出来事。オールマイトから受け継いだ、ワン・フォー・オールの力と、継承者としての使命。いずれ、誰かに力を渡し、無個性に戻るということ―ワン・フォー・オールと歴代継承者の力を酷使し続けた彼の身体はガタがきていて、長くは生きられない可能性があること。
 壮大な話を前に、かける言葉が見つからなかった。あまりに穏やかな口調で、明日のヒーロー活動の重要性を語るのよりずっと簡単なことの様に話すから、脳が混乱したのかもしれない。
 湯気を立てるマグが冷えきってしまう頃にようやく語り終えた緑谷の横顔は、どこか寂し気で、でも清々しくもあった。
「これまでも何回か、フルカウルの力がいつものように発動しなかったりしてさ。最初の頃はオールマイトに相談してたけど、やっぱり心配はかけたくなかったし」
「で、全部一人で抱え込もうとしてたってか」
「……きみの顔見たら、なんかいろいろと緩んじゃったんだよ。本当は、全部終わった後に言うつもりだったのに」
 唇を尖らせて訴えられるがたまったものじゃない。オールマイトの七回忌の時、彼と会えていなかったら。あるいは、あの後飲みに行かなかったら、保須の現場で久しぶりに顔を合わせただけの同僚としてしか接していなかっただろう。
 それはとても怖い想像だった。
「冗談じゃねぇ」
 右手で肩を抱えるように引き寄せて、緑がかった黒髪に額を埋めた。こうして触れることすらできずに離れて行かれたら、後悔などしてもしきれない。
「きみに失望されたくなくて。個性を持っていない僕を、きみの目に晒したくなかった」
「おまえは、俺をなんだと思ってんだ」
 個性しか興味ない、昔の父親のように思われていたのならとてつもなく心外だ。
 不機嫌を宥めるように、胴に巻き付いた腕に力が籠る。密着する面積が増え、布越しに互いの心臓の音が重なることで「許して」と訴えられているような気がした。絆されそうになりながら、ぬくもりを抱き締め返す。
「……例えば、だ。俺が突然、個性が発現できなくなって無個性になったら、おまえは俺の事嫌いになるか?」
「な、なるわけないよ」
「もし飯田が個性無くしたら、友達やめるか?」
「それこそありえない」
「だろ? 俺だってそうなんだよ」
 個性が無くなったら、それはもちろん驚くし、心配だってする。でもだからといって、関係性が変わるなんてことはない。俺たちは変わらず仲間で、友人で、彼はかけがえのないたった一人の緑谷という存在だ。
 小さく頷いた緑谷はそれ以上何も言わず、沈黙は互いの鼓動を確かめるかのように続いた。とくりとくりと刻む音色が混ざりあうのを聞くのは、心が穏やかになる。よく母親の胎内を思い出すからだというが、むしろ誰かにここまで自分を許していられるという安心感に近いものだ。これを個性の有る無しで手放せると思われていたなら、侮るなと怒りたくなるのはしかたがないことだろう。
 怒りの情に引き摺られたのか、ふと爆豪の鋭い眼差しが脳裏に赤く光った。
「……爆豪は、気付いてたのか」
「かっちゃんはね……一年の時にはオールマイトとのことを全部見破られて、この前は久しぶりに会ったのに出合い頭に胸倉掴まれたよ。腑抜け晒してんなって罵倒されて。引退するなんて言わなかったけど、たぶん察してた……気がする」
「あいつ、なんだかんだおまえのことよく見てるよな」
「絶対かっちゃんに直接言わないでね? 僕が殺される目に合いそうだから」
 本気の声音は、信頼というより心配の方が大きく、二人の近そうでいてまったく近くない、不思議な関係を羨ましく思っている自分が滑稽だった。テンポの良い掛け合いが続くのを想定していたのか、緑谷が顔を上げて覗き込んでくる。
「轟くん?」
「俺は……あいつみたいに、すぐにおまえのこと察してやれねぇ」
 十年という月日を取り戻すことなんてできないし、これから一緒にいればいいとはわかっていても、全てを飲み込んで納得するには、どうにも欠けた感情が埋まらないような歯がゆさが募った。
 無理も無茶もするこいつの傍に、すぐに駆け付けることができるような立場にいないからなのか。それとも、十年越しの両想いに自分が欲張っているだけなのか。もっと、もっと緑谷の事を理解して支えてやりたいのに、自分はあまりにも他人の情緒や機敏を把握するのに時間がかかってしまう。
 俯きがちになっていた顔を緑谷はじっと見つめたかと思うと、胴に回っていた手をソファについてぐっと体重をかけた。
「み……」
 唇が、触れる。少しかさついた端を舌先が舐めて、潤いを補充するようにもう一度深く重なった。
 吃驚して丸くなってしまった目が、至近距離で緑谷を捉える。大きく跳ねた心臓の音が全身に血液をゆき渡らせているのを感じるくらい、緊張していた。角度を付けた舌がチョンと割れ目をなぞる。
 一度離れた唇は、艶めかしいほどに赤く染まって見えた。
「こういうことできるの、轟くんだけなんだからね」
「……っ」
「かっちゃんと張り合わないでよ。僕が好きなのは、轟くんなんだ」
「すげぇ……誘い文句……」
 ここまで煽られて誘いに乗らないのは相手に失礼だろうと勝手に決めつけ、ソファについていた緑谷の手を握った。引き倒す要領で手首を反らし、身体の上に乗った体躯をソファに押し付ける。体勢は逆転し、ふわふわの髪がソファに散らばるのを撫でつけていると、ふと去来した疑念が口をついた。
「……十年間で」
「何回ヤッたかなんて聞いたら、さすがの僕だって怒るから」
「じゃ、聞き方変える」
 服の上から探り当てた突起を親指で押し潰した。膝で固定した足の間から反対の手を沿わせ、腹の下あたりを緩く押してやると、両方の刺激からか不自然に腰が跳ねる。
「十年間、俺のこと忘れなかったか?」
 前を開けさせ、シャツ一枚になった胸元には二つの粒がピンと立ち上がっている。
 さすがに羞恥を覚えたらしい緑谷は、そばかすの散る目元を赤く染めて、悩まし気に眉を寄せた。
「覚えてないよ、覚えてないから」
―思い出させて、もう一回刻んで。きみを深くまで、感じさせて。
 耳元で吹き込まれた言葉の威力に、天地が引っ繰り返ったような眩暈を覚え、重力と共に戻ってきた意識を取り戻すまでに身体が勝手に動いていた。
 薄く開いた唇を舌で割り入って、奥に引っ込んだ緑谷の赤い舌を引き摺りだす。前歯で噛みずるずると舌を絡め吸い付くと、緑谷の全身が細かく震えて指先がソファと背中を彷徨った。
「んっんあ……はぅ……」
「みどりや……っ」
 上顎を舐めてやりながら両手でもう一度、今度は少し強く胸の突起を弄ってやれば、くぐもった悲鳴が口内で木霊した。その音色に浮かされていく意識が心地よく、身体が与えられる刺激を覚えているかのような反応を示すのが楽しくてたまらない。
 いっぱい、気持ちよくさせてやりたい。同じくらい気持ちよくなりたいし、全身全霊で緑谷を愛していることを伝えたい。
「嫌がっても最後までやるからな」
 ズボンのベルトを外しながら告げた物騒な台詞に、緑谷はむしろ恍惚な笑みすら浮かべて両手を伸ばした。縋るように、頬に触れる。
「嬉しい」
 二十八歳の男に向ける感情ではないかもしれないが、この時ばかりは可愛すぎて天を仰ぎたくなった。


***


「うぁ……あっ、あぁ!」
「は……ィイ、な」
 艶を帯びた声が堪らずといった様子で絞り出され、背後から押し当てた熱をきつく締め付ける内部に熱い吐息が漏れた。
 何度も入り口と奥とを行き来して内壁を擦られている緑谷の中は、多量のローションに濡れてぐちゃぐちゃだ。指で丹念に解したおかげで痛みよりも快感を拾ってくれているのか、声に苦痛は混ざっていない。
 藍色のソファに、一度達した精液が飛び散っている。白く濁る卑猥さに口元が緩むのを抑えきれなくて、誤魔化すように笑って腰の動きを速めると緑谷は仰け反って甘い声を上げてくれた。
「あんっ」
「はは、気持ち良さそ、だ」
「あぁっ、は、うっ……きもちい、よ……?」
 本人は無意識だろうが、もっと欲しいとばかりに腰を揺らして引くどころか押し付けてくるものだから、言葉に嘘はないとわかる。
 ぐちゅぐちゅと音を立てて容赦なく中を攻めながら、耳殻をねっとりと舐め上げた。
「ひぃ、んぁあ、それだめぇ……や、やぁ……!」
「気持ちいいんじゃねぇのか?」
「そこ……よわっよわぃからぁ……やらぁっ」
 耳に差し込んだ舌に感じているのか、身を捩って逃げようとする上半身をしっかりと腕で固定する。尻だけを突き出したような恰好でソファに崩れ落ち、口の端から洩れる唾液がさらにソファの一部を濃く染めた。
 連動するように白濁が反り立った先端から少量放たれて、粘ついたそれが腹を汚す。
 大切な奴が自分の手によって快楽を得て、姿態を晒している。大事にしたいという想いの反面、めちゃくちゃに犯して泣くほど善がってほしいと首を擡げる欲望を抑え込むので精一杯だ。
「……やらしいな」
「ひっうぅ……」
 耳元で低く注ぎ込んだ意味を理解してるのかいないのか、きゅうと狭まった中がきつく絞りあげて射精を求めた。ふ、と笑いが込み上げる。
「やっ、あぁっ……ぁあ……」
 律動に合わせて吐息と共に絞り出された声は、少しずつ正体を失くしてか細くなりつつあった。ソファの肘掛に縋っていた手を取り、後ろでまとめ上げる。え、と困惑気味に振り向いた目はとろりと溶けていて、うまそうだ。
 勢いをつけて腰を進める。手を後ろに引くことでより密着が深まって、根元まで埋まった。固くなった先端が奥をゴリゴリと抉る感触が、穿つ方の腰をも甘く震わせる。
 たまらない、気持ちいい。
「んあっ……ぉ、ぅぐ……」
 目の前がチカチカしているのだろう、瞳孔が縮まった、緑谷の零れそうなくらい大きな瞳がぐるりと上を向いてしまいそうだ。
 真ん中のあたりまで腰を引き抜いて再度穿った。ばちゅん、と鈍い音が響く。
 内を激しく掻き混ぜる感覚に内壁の締めつけが一層きつくなり、高い悲鳴をあげて快楽を告げる緑谷の声が麻薬の様に脳を満たした。
「あっ、あっ! あんっ!」
「はぁっ……みどりや……!」
 がつがつと腰を揺らして、奥に絶え間なく熱を埋める。孕ませたい、種を植え付けたいという雄の欲に支配された思考が、ひたすら腰を前後させて突き上げる動作を繰り返した。獣のように交わる、なんて言葉が浮かんで、その通りだと自分のことながら苦笑する。今、目の前にいる緑谷の中で絶頂する。その幸福に従った獣そのものだ。
「ひっ、あっ! ぁ、とどろ、き、く……んあっ……しょー、と……く」
「っ」
「しょーと、くんっ、ぁ!」
 ぶわりと総毛立つ。切羽詰まった声で呼ばれる下の名前。ヒーロー名でもあり、自分だけを表す名前を、緑谷の上擦った声が紡ぐ。
 自分を抱いているのが誰なのか、離さないとばかりに何度も、刻み込むように。
「―っ出久……!」
 背中の窪みに吸い付き赤い痕を残して、自分も名前を呼んだ。腰を押し付ける衝撃の度に緑谷は切れ切れの嬌声をあげ、絡み合う吐息が絶頂の間際まで興奮を押し上げる。
「ぁっ、んんっ、んぁ、ぁあああ―……っ」
 びゅるっ、と緑谷の前から勢いよく白濁が放たれるのを目にして、奥歯を噛みしめた。背筋を駆け上る射精感に身を委ねる心地良さから、歯がギリリと軋む音を立てる。
 痙攣して先端を締め付ける奥深くに、種が欲しいと強請られているような感覚に促され、中に熱を解き放った。
「はっ……ぅ、ぁあ」
「ぁ、ぁ……」
 雁の部分に内壁が絡みつく。気持ちよすぎて、どうにかなってしまいそうだ。
 くったりと力の抜けた緑谷はソファに崩れ落ち、引き抜いた自身がうすら寒い室内の空気に晒された。
 ゴムの中に溜まった大量の精液は、自分のものながら多すぎだろ、と内心で突っ込まずにはいられなかった。しっかりと口を縛って、ゴミ箱に投げ捨てる。入る寸前、重々しく鈍い音がしたのは聞かないことにした。
「緑谷……」
「とどろき、く……顔、かお、見たい」
 自ら仰向けになる気力も無いんだろう。目と口だけで訴えられた可愛い要望を叶えてやるために身体をひっくり返すと、ソファに仰向けになった緑谷の逆上せあがった頬の赤さが目に毒で思わず顔を覆った。
「とどろき、くん……?」
「わり……おまえ可愛すぎだ」
 先ほどまでの激しさを労うように、こめかみ、頬、瞼とキスを降らす。
 汗ばんで張り付いたシャツをたくし上げ、胸の飾りにも吸い付けばくすぐったそうに微笑むものだから、むくりと腹の底が疼いた。
「緑谷、その、辛くなかったら……」
 さすがにイッた直後に二回目を求めるのは性急すぎているような気がして、こわごわと様子を伺う。緑谷はぱちりと瞬き、言わんとしていることを慮ってくれたのか、掌で腹を擦ると小さく頷いた。
「いい、よ」
「……すまねぇ」
 口にした謝罪に蓋をするように指先が唇に触れ、緑谷は首を傾げる。
「僕も、もっときみを感じたい。きみが欲しい―だから、謝らないで」
「……ありがとう」
 愛おしさを込めた口づけを贈りながら、しっとりと汗ばむ身体に覆いかぶさって、今度は正面から緑谷の後腔に先端を宛がう。
 活油剤と精液の滑りを借りて吸い付いてくるソコは熱く煮えたぎる湯のようで、ゆっくりと腰を押し進めた。
「はぁ、う……」
「緑谷……好きだ」
 頬を撫で、圧迫感に仰け反った首元を甘く噛みながら、中を穿ち満たしていく。
「は……ぁっ、すご、い……」
「いい、か?」
「気持ち、いいっ、轟くんの……いっぱい……あ、はぁ……」
 涙を張った眦から雫が零れて、その跡を舐めとる。片足をソファの背もたれに引っかけ、もう片方の足は膝裏を包むようにしてぐっと折り畳んだ。苦しくならないように表情を一つずつ拾って、反応する場所を緩く刺激していく。いやいやと首を横に振る緑谷の額に汗が散った。それすらも、尊いもののように思えた。
 先程と比べて激しさは無いけれど、快感に浸かるような充足感に満たされる。深く愛し愛されているような感覚に、喜びが込み上げ、四肢の末端まで伝わっていくようだ。
「う、そ……え、あっあ……?」
 勃ったまま震えている緑谷の前を優しく扱ってやると、出入口がきゅうきゅうと締まった。緑谷が手を伸ばし、密着して近くなっていた背中に軽く爪を立てる。
「ッ……あ、ぁ……そん、な……や、ぁぁ」
 どうしたらいいのかわからない、と顔を背けて切羽詰まった様子で額をソファに擦り付けた。快感を逃そうとしているが、後ろは絶えず締め付けをきつくして、まるで絶頂の手前のような動きを伝えてくる。
 まさか、と浮かんだ可能性に腰の動きを止めて、じっと緑谷を観察した。
「ぃ、あ……う、イク、や、イッちゃ……!」
「緑谷」
「ぁっ動か……ふぁ、ぁああんんっ」
 尻の位置を支えてやるだけで感じるのか、搾り取るように中が蠢いて、根元から先へ、また根本へと締め付けが甘く雄を求める。一人で気持ちよくなっているのが恥ずかしいのか、嫌だ、をうわ言のように繰り返しながら、全身を震わせた。
 背中に立てた爪が二の腕を掴む力に変わって、後ろもきゅううと音を立てそうな程強く締まる。
「アッ……ぅ、ンっ、〜〜っ!」
 びゅく、びゅく、と跳ねた白濁が二人の間で放射線を描き、腹を汚した。
 力尽きたのか、掴んでいた腕は目元を覆い隠し、赤くなった頬が隠れる。
「緑谷……」
「お願い、無理……恥ずかしい……」
「気持ちよさそうだったな。良かった」
「爆発しそう……」
「そういうところも可愛いから、好きだ」
「きみこそ、そういうとこ、変わってない……あっ、やぁ……!」
 太腿を掴んで体勢を整えると、イイところを突いたのか緑谷の足の指が丸まってぎゅうと目を閉じる。その様子をうっとりと眺め、顎から掬うように頬を撫でた。
「緑谷が良くなってくれるなら、嬉しい」
「〜〜ッ」
 しにたい、と冗談で呟いたのであろう言葉は冗談でも聞きたくないものだったので、空気ごと口の中に飲み込んでしまうように唇を貪った。酸欠になってなにも考えられなくなって、与えられる快楽に溺れてしまえばそんな物騒なことを言わなくて済む。
 射精感が残っている身体はとても敏感で、舌を吸い上げて腰を揺らせば呆気なく身体は快感に変換してくれた。辛いかもしれないが、自分だってそろそろイキたい。
「もう一回、な?」
 理性を奪い取った緑色の瞳はとろりと溶けて自分を映し、こくりと幼子の様に頷いた。
 再び深いところを掘り進んで、突き入れて、抜いて、ピストンを繰り返し、奥をいじめる。ひっきりなしにあがる声に耳を傾けながら、こんなにも満たされていることに感動すら覚え、何度も彼の中で果てた。



 ソファからベッドに移り、二人共動けなくなるまで熱を与え合う時間はたとえようもないくらいの幸福で、十年前の甘く優しい、だが遠慮も含めた触れ合いとはまったく異なるものだった。
 十年分を埋めるには到底足りない。でも、これからまた満たしていけばいい。渇いてしまったら、その度に互いで補えばいい。そう思わせてくれる。
 これから、そんな時間を二人で共有していきたい。
「……?」
 最後は意識を飛ばすように眠ってしまったが、不意に目が覚めた。カーテンの向こうはまだ暗く、闇に慣れた目が仄かに室内の輪郭を辿ってすぐ横に行き着いた。
 シーツに包まる緑谷の頭を乗せた腕は痺れこそないものの、固まっている。起こさないようにゆっくりと頭ごと引き寄せて、そばにきたぬくもりに肌を寄せた。
「ん……」
「緑谷?」
 起きてしまったかと声をかけるが、幼い寝顔はまだ夢から覚めそうにない。
 くしゃりと撫でた髪は昔と変わらず指に絡まる癖毛で、目を閉じれば睡魔はあっという間に訪れた。

 ヒーローであることを何よりも誇りに思っている、緑谷出久という存在。
 緑谷がその個性を無くしてヒーローでなくなってしまっても、ヒーローは個性がもたらすものじゃないと、彼はよく知っているはずなのだ。

 緑谷の心こそが、自分を最初に救ってくれた、ヒーローそのものなのだから。