人を想うということは、かくも麗しく、倒錯的で、残酷なものである。
四章
真夜中の街に響きわたる爆発音は、ヴィラン連合の残党が潜伏しているとマークしていた建物が起点となっていた。
ヒーローたちがインカム越しに情報を飛ばし合い、機動力に長ける者は先行して現場へと駆け付ける。その中に、ヒーローデクとインゲニウム、そして爆心地の姿がスマホの中継カメラに映し出されていた。
『爆心地とデクは建物内に未だ潜伏しているヴィラン連合の残党がいれば確保を、インゲニウムは逃げた奴を追え!』
『ショートはどこだ!?』
「裏道から向かってる。建物が崩れそうでやべぇ」
『氷で補強して、出入口を絞れ!』
敵の中に、爆豪のような爆破や破壊系、炎属性の個性を持った者はいないと補足され、瞬時に氷を繰り出す。おそらく建物の爆発は、爆薬などを使用して潜伏先の証拠隠滅も兼ねているのだろう。ならば地下に逃走用の通路などを設けている可能性が高い。
倒壊しかけた建物を覆うように凍らせ、反対側にいるであろうデクやインゲニウムに向けてマイクに口を寄せた。
「裏道にヴィランの影は確認できない。地下にいる可能性が高いぞ」
『僕もそう思ってた!』
『周辺住民の避難は既に完了している。加勢が必要なら向かうが』
『中は相当入り組んでやがる! 小回り効かねぇ奴は待機しとけ!』
小さな爆発音やノイズに混じる爆豪の声は、忌々しさを隠そうともしていない。そこに被さるように、緑谷が付け加えた。
『中はかなり狭いんだ。爆発のせいでか、迷路みたいになってる』
「気をつけろ。まだ爆発物が残ってるかもしれねぇ」
『うん』
こういった現場は、炎の方を使うにはあまり適していない。緑谷の加勢に行きたいが、状況を考えれば飯田と同様に建物の外で漏れた敵を確保する役に徹するべきだろう。
『ショートも気をつけて!』
言い終えるよりも先に、フルカウルが発動する特徴的な電子音と風を切る音がマイク越しに遠ざかった。どうやらインカムの音声を小さくしたようだ。任務時は、個性発動に支障がない限りインカムの電源は点けたままにするのが規則だ。
インカム自体が、個々の位置情報を特定する役割も果たしている。おそらくこの作戦の指揮を務めるナイトアイ事務所が、ヒーロー達の情報収集を行っているだろう。
数年前にも、似たような潜入捜査で緑谷と組んだことがあった。確か、銀行強盗が雑居ビルに逃げ込んだ上に人質を取られ、しかも厄介なことにマッチと組み換えという珍しい個性の組み合わせだった。
一人は対象の知識さえあれば手に触れたあらゆる物の構成を組み替えることができ、例えばビルのコンクリートを分解し液体状にしたり、鉄の針金と土と紙とプラスチックで即席の爆弾が作れたりもした。そこに、マッチの個性で導火線付のダイナマイトのできあがりだ。
もっとまともな使い道ができればどんな分野でだって成功を収められる良い個性だというのに、結局は使い道次第。落ちぶれてしまった理由はなんであれ、犯罪に手を染めたという事実は変わらない。
緑谷は持ち前の頭脳と、ナイトアイ事務所が集めた情報、そして立ち回りが早い個性を活かした作戦を立て、見事作戦開始十五分で敵を無力化し、人質を無傷で救出した。その時は、自分がこうして建物の外壁に氷を這わせ、相手の個性でできる範囲を狭めたところを一気に叩いたのだ。
炎を使えばマッチの個性の火種にされる可能性があった。右側は強力な個性にも関わらず街中での使い勝手に制限が多いものだ。ヴィランとの戦闘においての手加減なしの炎攻撃は、精神的にも肉体的にも相手を圧倒することができるのだが。
緑谷との共闘という意味では、あれが最後だった。それ以降、同じ現場で顔を合わせることはなかった。
徐に左手を見つめる。それは、何かを決めたい時の、最早癖になりつつあった。そして緑谷のことを考えているときは、自然と左の掌に目がいく。そこに、彼からぶつけられた想いが宿っているような気がして、何度もあの体育祭の中での言葉が深く自分に刻まれていることを実感するのだ。
やはり、緑谷はどこまでもヒーローだ。彼をヒーロー足らしめているのは、彼の個性だけじゃない。
心根、思考、行動、目標―そうした彼の存在そのものが、自分が思い描くヒーローの姿に近い。まるで、あのオールマイトを彷彿とさせるように。
「……」
緑谷を意識し始めたきっかけはオールマイトだった。出会った時から、彼が何らかの秘密を抱えているのは知っている。付き合う時も、無理に聞き出すつもりはないと言えば、気まずそうにしながらもどこか安堵していたようだった。間違いなく、彼の隠し事はオールマイトと関係している。
もしかすると、引退すると言い出した理由にも繋がっているのではないか。オールマイトが死んでしまったことで、緑谷だけがその秘密を抱えていて、引退をすると言い出すほどの重荷になってしまっているのだったら。
「……緑谷」
『? ショート?』
囁きは、どうやらインカムが拾ってしまっていたようだ。慌てて「なんでもねぇ」と頭を振り、緑谷に謝ろうと音量を上げる。任務中にあるまじき気の緩みだ。
―ガァン、と硬いものがぶつかり合う音が、インカム越しに響いた。次いで、建物が低く唸るように震える。
爆発だ。地上部分に目に見える変化はない。だが、氷の表面に走った亀裂から建物が動いたことがわかる。それが意味することを察して、血の気が引いた。
「デク! 爆心地!」
インカムから、二人の状況を知らせる報告は入らない。むしろ、届いてくる爆発音とパラパラ砕け散る音が焦燥を煽った。
間違いなく、潜入している二人は爆発に巻き込まれた。しかも、すぐに反応ができないくらいの近さで。
「突入許可を!」
『だめだ、ショートは外で待機しろ! 氷疎かにするんじゃねぇぞ』
「しかし……!」
駆け出しかけた足が、静止の叫びにたたらを踏む。舌打ち、建物を睨みつけた。自分が無闇に中に入っても、状況が分からない状態では二次被害を生みみかねないことはわかっている。が、従わなければならないという理性に対して、ここで助けに入らなくてどうするのだという感情がせめぎ合う。
「くそっ……緑谷!」
爆発のその瞬間まで、緑谷は自分のつぶやきに反応できていたのだ。マイクは生きているのだから、最悪の事態にはなっていないはずだと逸る心を抑える。
ゴウゴウと絶えず建物は低い音を鳴らした。小刻みに揺れるコンクリートの塊の倒壊を、せめて防ぐべく氷壁を重ねて築く。
―早く、声を聞かせろ。なんで返答しない。まさか気を失って、建物に押しつぶされでもしているのではないか。
さっと目の前が暗くなる。血溜まりの中で倒れ伏す緑色のヒーロースーツが目の前に幻影のごとく現れ、恐怖に引き攣った思考が赤く染まった。
「緑谷……っ」
『……クッソ……うっせぇ声出すんじゃねぇ……』
砂が擦れ合う音に混じって、無理矢理絞りだしたような声が悪態をついた。掠れて聞こえるのは、喉をやられたのか。
現場の総指揮を執るヒーローが、すかさずフォローに入った。
『爆心地、無事か!?』
「緑谷が反応しねぇ、中はどうなってる」
矢継ぎ早の質問には答えず、咳払いで口に溜まったものを吐き出すような音が響く。
『雑魚ヴィランは二人確保してある。崩れる前にすぐ出る』
『了解した。中はどんな状態だ?』
『ところどころ崩れちゃいるが、いますぐ全壊ってわけじゃねぇな。脱出経路くらいは自分で作れる。けど、クソだせぇが獲り漏らしがいたらわからねぇ』
『構わない。まずはきみたちが無事に脱出してくれ』
「爆豪!」
『落ち着きたまえ、ショート!』
飯田の一喝に、はっと目を開いた。赤が遠ざかる。ギリと噛み締めた奥歯で逸る心を殺したいが、心臓の音はうるさいままだ。裏道から正面、他のヒーローたちが集合している場所へ全速力で駆け付ける。
到着するのと同時に、ガラガラとコンクリートが崩れる音と、空気を震わせる小規模な爆発が地下から地上に向けて放たれた。人為的なそれは、おそらく爆豪の個性によるものだ。建物の崩れる角度をうまく調整して、氷の隙間に穴を開ける形で脱出経路を作ったのだろう。相変わらずそういった機転が回る男だ。
内部から気絶させたヴィランを放り投げたらしく、弧を描いて手配書の男二人が顔面から地面に落ちた。すぐに取り押さえるべく動いたサイドキックたちを傍目に、穴から身を乗り出した爆豪と、その肩に抱えられた緑谷に、息を呑む。
「緑谷……!」
急いで駆け付ける。吐血しているのか、口端に付着した血を強引に拭った爆豪は、自分を視認するとぞんざいに緑谷を押し付けた。
意識を失っているらしく、だらりと垂れ下がった腕を支え抱え上げる。膝裏に手を差し込んで持ち上げると、あまりの軽さに喩え様のない不穏な感覚が過った。いくら華奢とはいえ、鍛えているはずの身体にしては軽すぎる。成人男性の平均を下回ってすらいるのではないかとさえ思う。
「はよリカバリーガールんとこ連れてけ」
「……おう」
今は深く詮索している場合ではない。地下で何があったのかは、意識を取り戻してから聞く方がいいだろう。ヒーロースーツにこびり付いた血はおそらく緑谷のものではないが、意識を失っている時点で何かしら怪我を負っている可能性は高い。
後方で待機していたリカバリーガールの元へ緑谷を運び、ナイトアイ事務所のサイドキックに報告すると神妙な顔でどこかと連絡を取りに行ってしまった。その対応にも、疑問が沸く。まるで、緑谷がこうなる可能性を考慮に入れていたような動きだ。気を失う何かがあって尚、冷静に対処するだけの余裕があるということは。
「爆心地、ちょっと一緒においで」
「……はぁ」
緑谷の様子を一通り検分したリカバリーガールに呼ばれたのは、爆豪の方だった。
振り返ると、事務所に報告を終えたらしい爆豪は溜息をついただけで、特に文句を言うこともなくリカバリーガールの後に続く。
「っおい!」
思わず肩を掴んで彼を止めた。
いつの間にか隣にやってきていた飯田がインゲニウムの仮面を外し驚いた顔で窘めてきたが、構わず詰め寄る。
「なんで、爆豪が呼ばれんだ」
「てめぇに話すようなことじゃねぇからだろ」
一蹴された。怒ることも、邪険にすることもなく、淡々と事実を告げるように話す彼の、冷静な態度が逆に癪に障る。まるで自分の方が、緑谷の事を良く理解しているのだと言わんばかりだ。
彼らは幼馴染だ。単純に、倍近い年月を共に過ごしている。高校の時の確執だって、今となっては良いライバル、競い高め合える相手となれたとしてもおかしくない。そのことが、ひどく苛立った。学生の頃は、ここまで激しく二人の関係性に反発したことは無かったのに。
「……鈍いくせに、眼光だけは鋭い」
「んだと」
「二人共やめたまえ!」
肩を掴む手に力が籠り、憎々しさが言葉の端に滲んだ。自分でも酷いと思うくらい低い声が出た。
これは八つ当たりだ。わかっている。だが、緑谷がああなっている理由を爆豪が知っていて、自分が知らないという事実に悔しさと焦りが込み上げた。
爆豪を縫い留める手を飯田が強引に解き、その隙に爆豪が腕を振り払った。去り際、赤い瞳を凪ぎに揺らし、平坦な声で告げる。
「自分で気づけよ、轟」
まるで自分が気付くことを待っているかのような、彼らしくない緑谷に対する優しさのようなものが籠った声色。尖っていた感情が困惑に変わる。
ところどころが破けたヒーロースーツを纏う背中は、もう振り返らなかった。緑谷に視線をくれることもなく、一人さっさとリカバリーガールを追い越して待機場所へと向かっていく。
突き放されているというよりも、自分と爆豪が立ち認識しているフィールドそのものが違う。物理的ではない、もっと根本的な距離感の差が、自分たちの間にはあった。
いったい緑谷が何を隠して、何に苦しんで、苦しみを吐露する相手として誰に助けを求めているのか。
その相手であることを自覚しろと。そして、そのためにも自分で正解に辿り着けと、暗に突き付けられた気がした。