ラピードとその飼い主の話

青空が建物の隙間から瞬く合間を抜けて、ラピードは下町が一望できる場所へとやってきた。
後ろを見上げれば、ザーフィアス城。その中で奮闘しているであろう飼い主は、ラピードの事よりも、もう一人の飼い主の事を考えているだろうか。
その、もう一人の飼い主は、今ラピードの目の前で同じように下町を見下ろしていた。
此処を選んだのは、魔物が迷い込んできたという一報を受けた凛々の明星の面々が、持ち場を分担してそれぞれに魔物退治をしているからである。
ラピードは当然のようにユーリの後ろに続き、下町の北側から西側へと移動中。カロルは既に持ち場に付き、ジュディスは東側へ走っている途中だろうか。
何故帝都なのに騎士団が動かないかというと、その騎士団の大半が、現在遠征中のためだ。隙を狙ったわけではないだろうが、運悪く帝都へと侵入してきた魔物を掃討するには、凛々の明星の方が早かった。

「ラピード。魔物の場所、分かるか」

ラピードは、人間の言葉が分かるわけではない。だが、自分がラピードと呼ばれる存在であり、主人であるユーリが自分の嗅覚を頼りにしている事は理解できた。
くん、と匂いを嗅げば、人の香りに混じって生臭い獣の匂い。
点在するその匂いの発生源の中から、まずは一番近いものを目指す。
この時間、約一秒。

次の瞬間には走り出したラピードの後を、今度はユーリが追いかける。
下町へと続く道を下って、入り組んだ道を間違う事無く駆け抜ける。ユーリは既に抜刀しているのが気配で察知できた。
飼い主の臨戦態勢に応えるようにラピードも唸り声をあげて、最後の曲がり角に差し掛かった瞬間。
濃くなった獣の気配が戦闘本能を刺激して、飛び込んだ腹のあたりを思い切り蹴り上げた。

「ナイスだ、ラピード!」

壁伝いに跳躍したユーリの刀が、青空の中で溶けたように揺らいだ。ラピードが反動で後ろに跳び退った時には、断末魔が鳴り響いた。
ユーリの一撃は魔物の額を切り裂いて、あふれ出る血が髪に付着している。
ああ、これはきっと、もう一人の飼い主が嫌がるだろうなとラピードはなんとなく感じた。
目で確認せずとも、気配で既に魔物が死んでいる事は分かった。
次の目標は、ここからまた少し走ることになる。
ラピードは、少しだけ急かす様にユーリに向けて鳴いた。分かった、とユーリが返事をしたのを合図に、一人と一匹は再び走り出した。


ほんの数十分の間に、魔物は全て掃討された。
本当に、飼い主もその仲間も、戦闘に関しては称賛に値する。
序列は、はっきりしている。ラピードにとって至上の飼い主はユーリであり、フレンだ。しかし、ジュディスはユーリの仲間として申し分ないと思っているし、カロルも最近ではしっかりしてきた。頼りになるとまでは思わないが。
何も言わずとも集まった下町の噴水前では、既にジュディスとカロルがユーリの到着を待っていたようで、何か話をしていた。ラピードは、ユーリの半歩後ろを歩きながらその光景を見ていたが、坂の上から知った香りが鼻腔を刺激する。ぴくりと、耳が動いた。

「私の方は、もう大丈夫よ。そっちは?」
「俺のトコも完了、だな」
「僕も、多分。怪我してる人もいるみたいだから、手当は必要だと思うけど」

「じゃあ、それは私達が受け持とう」

三人の会話に入ってきたのは、フレンだ。
ラピードは姿を見ることなくフレンの事には気付いていたが、三人には驚きだったようで。人間は色々と大変だ。驚く事が多い。
ラピードがフレンの傍によると、堅い手甲で覆われた手がそっと撫でてくれた。

「負傷者の手当てを急げ。足りないものがあれば至急報告」
「はっ」

規律正しく散っていく騎士達を統率するフレンは、少し疲れているように見えた。
ユーリ達に近寄るフレンの後ろをついて行けば、その背中に揺れるマントが邪魔だと感じた。

「いつもすまないな。君達がいてくれて助かった」
「ったく。肝心な時に狙われるとは、お前も運がねえな」
「君がいてくれたから、良い方だよ」

軽口をたたくフレンの声は、やはり少し沈んでいる。
ユーリは、もう一人の飼い主は、それに気付いただろうか。

「…私達、もう一回見回りしてくるわ。カロル、行きましょう?」
「え?あ、うん。じゃあ、また此処に戻ってくるから」

ジュディスと、ほんの一瞬目を合わせたラピードは、承知したとばかりにユーリの手に鼻を寄せた。手に残る血の匂いに、ぺろりと舐める。
くすぐってえな、と笑いながら先程フレンがしたように、ユーリがラピードの頭を撫でた。フレンから洩れた微笑に、ユーリの眉が寄った。気付いたようだ。

ユーリは、撫でていた手でフレンの頭をぽんぽんと叩いて、ラピードは足を尻尾でパタパタと叩いた。相棒と飼い犬の行動に、フレンは首をかしげる。そして、眦を少し下げた。

「ま、無理すんな」
「わふっ」
「…ラピードまで」

そうだ、とラピードも同意する。
二人の飼い主は、目を合わせて、ほんの少しだけ笑った。
それを見上げて、ラピードは、眩しいなと目を閉じた。