騎士×姫
「ユーリ殿下、宜しいでしょうか」
ノックの後の声。入室を促され、足を踏み入れるとベッドの上には自ら仕える主の姿。
覚束ない視線に微笑んで、近くまで歩み寄る。
あまりにも自分の知っているユーリの姿と違う、その動揺を表に出すことなく、フレンは守るべき存在…守れなかった存在の傍らで礼をとった。
「御身体の加減はいかがですか?」
「今日は調子がいい」
「熱はだいぶ下がったようですね。後で、何か飲み物を持ってこさせます」
「ああ…その、フレ、ン」
「はい」
呼び慣れない名前。ユーリにとっては。
それがどうしようもなく悲しくて…辛い。
「悪い。思い、出せなくて」
「…一番辛いのは、ユーリ殿下です。私の事など、気になさらなくていい」
「でも、俺は……お前だって!」
「焦らなくても、いずれ思い出しますよ。だから、今はどうか休んでください」
焦っていても仕方がない。
それを一番言い聞かせていたのは、もしかして自分に対してなのかもしれない。
この国には、二人の皇女が居る。
一人は、肩まで切りそろえられた桃色の髪とふわりと笑みを浮かべるエステル。
もう一人は、腰まで届く長い黒髪が美しい怜悧な印象を持つユーリ。
性格は対照的だと評される二人。エステルは御淑やかでいかにも皇女らしい皇女であり、ユーリは男勝りな口調に隊長クラスの騎士でも互角に渡り合える剣技の持ち主として皇女らしくない皇女。
ユーリがエステルより四つ年上でありながらも同等の王位継承権を持つのは、ユーリがおよそ皇女として国を治めるべきではないという評議会の発言によるものだ。
だからと言って、エステルとユーリの仲が悪いという訳ではなかった。
むしろ仲が良すぎる程に良い。姉であるユーリをエステルは慕っていたし、エステルの勤勉さと知力の高さを誇らしげに自慢するユーリはとても嬉しそうにしている。
周囲ばかりが確執と権威争いに奔走し、二人の幸せを壊してしまうのではないか。
――ユーリの専属騎士であるフレンは、それをずっと懸念していた。
騎士団の中にも、親衛隊というものが存在する。
皇帝を守護する親衛隊。現在の隊長は、騎士団長も兼任するアレクセイ。
王位継承者を守護する第二親衛隊。現在の隊長は、アレクセイの元部下でもあるシュヴァーン。
この二つの隊は少しばかり特殊で、志願して選ばれるものではない。
任命権を持つのは、当の本人である皇族たちで、つまるところ、皇族が信頼した者のみが親衛隊に所属しその守護を担うのだ。
皇族が顔も知らない者を守護者としないのは、この国の古くからの慣習であった。
だからこそ、貴族やより皇族に近いものが推薦される確率が高く、平民や下町出身はおおよそなれるものではない、と言われていた。
フレンが、選ばれるまでは。
フレンは、ユーリが指名した歴史上はじめての下町出身の親衛隊の一人だ。
城の者全員が驚き、反対をしたけれど、ユーリはそのすべてを負わせてしまうが良いかとフレンに訪うた。フレンも、構わないと答えた。
フレンにとって、ユーリを守る事こそが、自分の使命だと思っていたから。
それなのに。
「…守れなかった僕を、君はまだ騎士と言ってくれるんだね」