VOICE

*ほんのりフレ→ユリ
*あ●のあ○こ先生著作『N/O/./6/』の設定から、若干パロってます
*ちょっとでもグロイのが駄目な人はすぐにプラウザバック








人が人を支配し、それが当たり前でなんの疑いの余地すら湧かない世界。
毎日、名前も知らない誰かが目の前で死に絶え、その『後片付け』を嫌がる人々が暮らす場所。
綺麗なんて言葉はもう死語ですらない。心にそんな、それこそ綺麗な言葉が浮かぶほど、人々の暮らしは豊かではない。
一歩進めば右足をごみに突っ込み。さらに一歩進めば、左足で腐った果物を踏む。
陳腐な希望を口に出す輩は鼻で笑われ、明日の生活どころか生死を競って生きている。

フレンが流れ着いたのは、そんな土地だ。

食べるものも、飲むものも尽きて、それでもなんとか生きて辿り着いた場所。
そこは、理想郷の汚れを全て掻き集めた溜まり場。
必要なものも不必要なものも区別のない、ただ生きるための最低限を適えるだけの土地。
薄汚れた世界だ。しかし同時に、今の自分にとっては豪華な御馳走が並んでいるかの様に芳しい香りを感じる。
人が生きているのだという幸せ。
たとえ目に見える部分が美しいものでなくとも、人が生きている限りそこには必ず出会いがある。
死んでしまっては終わりだ。絶対に生きて、この世界を生き抜いて、幸福を掴み取るのだ。

第六都市の外縁からさらに隔てられた地、名を西ブロック。
盗みも殺人も餓死も、人の身に降りかかる全ての災厄が起こり得るその場所に、フレンは一歩足を踏み入れた。
怒声が飛び交い、縦横無尽に歩く人々。身なりの良い者などおらず、しかし最低限の衣食住を満たして、何とか手に入れた金を持って食糧を求めている子供たち。
すると、ばたりと子供がフレンの数歩先で転ぶ。持っていた布切れらしき束は放り出され、その布切れは通りすがりの男の手によって拾われる。ぐっと拳を握り締めた子供が、返せと叫んだ。どうやら、布切れではなく袋で、中に食料が入っているらしい。
咄嗟に伸ばしかけた己の手が視界に入って、フレンはそれ以上伸ばさなかった。
助けることは、簡単だ。男に食料を渡して、自分の分を子どもに分け与えればいい。
無闇に子供に食べ物を渡せば、次からは盗まれる。いやむしろ酷いのは、今のように食料を更に奪おうと暴力を振るう大人がいるということだ。その循環を、幾度となく見ては、変わらない現実に歯噛みしてきた。
この世の理は、弱い者に残酷だ。どうしても埋められない差。乾いた大地に水をやっても、再び乾いてしまうのと同じこと。
今は、耐えて通り過ぎるしかない。どうしても気になる心を抑え、場を通り過ぎようとした。その時、凛と響く美しい声がフレンの身体を硬直させた。

「やめろ」

美しい声の主は、その容姿も美しかった。
颯爽と人ごみの中から現れた姿に、一瞬で目を奪われる。
紫がかった長い黒髪、月の光だけに照らされた夜空を思わせる瞳。何より、生命力と強い意志を発する人を惹きつけるオーラ。
東洋風のデザインを施された服が、その場にいる誰よりも高質な布でできているのが一目でわかる。
奪われた視線をじっとその人物に向けたまま、フレンは息を呑む。
男は舌打ちすると、奪った袋を地面に投げ捨てて去っていった。その袋を子供たちに手渡すと、青年の周りで子供たちが輪を作る。
どうやら顔見知りらしい。純粋な憧れと尊敬の眼差しを向けられた青年は、苦笑しながらも何か言葉を交わしていた。
やがて子供たちが離れ、青年も一人、路地に消えていく。
はっと気付いて後を追おうとその路地に駆けこむが、土地勘のないフレンではその姿を捉える事は出来なかった。
一体彼は、誰なのだろう。
会いたい。
恋い焦がれるような想いに急かされるのは、初めてだった。





「イヴ?」
「うん。一本通り向こう側に劇場があってね。そこにイヴっていうすごく上手な役者さんがいるんだ」
「劇場があるのか」
「行ってみなよ。イヴのファンはたくさんいるし、僕より詳しい人がたくさんいると思う」

イヴの名前を知らない人はいないんじゃないかな、と少年は手を大げさに振る。
夢を見るような眼差しでイヴという人物の事について語る少年。聞き惚れる美声の持ち主で、その劇場の看板を背負っているらしい。

―先ほどの青年の事を尋ねようと路地の一角に座り込む少年に声をかけると、彼はイヴという役者の事を語った。
黒髪で女性と見間違えるほどの美貌と、神に祈りを捧げるような美声。一度聞いたら忘れられず、なけなしの金を払って何度も劇場に通ってしまう人も多いという。
それはよほどの歌い手なのだろうとフレンは思ったが、直観的にそのイヴという彼がフレンの探している人物ではないように思われた。
先ほど会った青年は、役者という仮面をつけるような人物には見えなかったからだ。
あくまでも真っ直ぐな、自分という自分を飾らない者が持つ輝きを垣間見た。
仮面をつけた舞台上の神々しさではなく、地に足の着いた思いやりや労りを内包している。だから、役者ではない。誰かを演じるような性格ではない。おそらく、推測の域を出ないが、何故だか断言できた。
そんな内心を読み取ったのか、少年は、そう言えばと人差し指を立てる。

「あんまり舞台には出ないんだけど、もう一人、ユーリっていう役者もいるよ!」
「ユー、リ?」
「うん。ユーリの髪の方が長かったかも。あと、背も高い」
「そのユーリというのは、舞台には上がらないのかい?」
「あんまり見ないかなぁ。イヴの方が人気だしね。僕は、ユーリのお話も好きだけど」
「おはなし?」

少年は頷く。

「ユーリはどっちかって言うと、役者さんじゃなくてお話を読んでくれる人なんだ。なんていうんだろ?」
「彼は…いつ、劇場にいるか知っているかい?」
「知らないけど、イヴじゃない日はユーリがやってるんじゃないかな?ごめん、これくらいしか分かんないや」

肩をすくめる少年に銀貨を手渡す。報酬だ。おまけに劇場までの道のりを教えてもらって、フレンは少年に別れを告げた。


劇場は予想以上にしっかりした造りのものだった。煤汚れて所々が裂けていても、赤いカーテンには以前の絢爛さを垣間見ることができる。
階段に座り込んでいる男性に今日の公演について尋ねると、どうやら今日はイヴの演目らしい。
ほら、と視線で促された先には、チケットを求めて人が列を為している。本当に人気が高いようだ。
ユーリの演目ではないことに少しばかり落胆するが、イヴの演技を見てみたいとも思う。こういった嗜好にお金をかけるような無駄は今まで省いてきたが、人を虜にする芝居とはどのようなものか気にはなった。
然程背は高くない建物を上から下まで眺めて、まずは寝床の確保の方が重要かと列とは反対に歩き出す。すると、前方に長い黒髪を颯爽と揺らして歩く人物が目に入って、すぅと息が止まった。
彼だ。ユーリだ。
顔も見えないのにそう確信して、一目散に駆け寄った。人の波をすり抜ける。彼への道筋を細い糸で繋がっているかの様に辿って。
伸ばした手が彼の肩を掴む寸前、すっと右に避けた彼に、逆に掴まれて捻り上げられる。

「えっ…いた、何をするんだ!」
「そりゃこっちの台詞だよ、盗人さん」
「盗人って…誤解、誤解だよ。別に君から何かを盗もうとしたわけじゃ…」
「だったら、この手は何だ?」

ぐっと掴まれた腕にさらに力を込められて、冷たい目で見下ろされる。
つい数刻前に、子供たちに向けていた表情とは正反対だ。それはそれで綺麗だと場違いな感想を抱くが、今は彼の誤解を解く方が先。

「さっき子供たちを助けてただろう?」
「は…?」
「それで、君と話をしてみたいと思って」

眉を寄せて、理解できないものを見るようにフレンを眺める。

「なんだお前。幼稚園の先生かなんかか?」
「なんだい、その「ようちえん」っていうのは」
「……お前、あいつらの手先じゃないんだな」
「あいつらって?僕は、第四都市から来たんだ」
「第四都市?」

ユーリの手が、フレンを開放する。どうやら、一定の警戒度は解けたようだ。
ほとんど同じ背丈で、視線の高さも一緒。年齢も同じくらいだろうか。近くで見れば自分より一回りは細そうな身体。
目にかかる長めの前髪に、引き結んだ口元。黒曜石の輝きを有した瞳は、じっとフレンに注がれていて。若干の居心地の悪さを感じながらも、少しだけ肩の力を抜く。こちらが警戒していては、言っていることと態度がちぐはぐだ。

「君と話がしてみたかった」
「…変な奴だな、お前」
「いいかな?」
「…とりあえず、お前、何所に住んでるんだ?」
「今日此処に来たばかりなんだ。だから、今探している途中」
「俺の所に住みたいとか言うなよ。部屋は余ってないんだ」
「そうか、残念だな…どこかいい場所知らないかい?」
「……はあ」

額に手をついて、溜息をつく。その仕草は、どこか演技っぽい。
仕方ないとぶつぶつ呟きながら、ユーリはフレンを置いて突然歩き出した。
戸惑うフレンが後に続く。

「えっと…」
「名前は」
「え?」
「名前だよ。お前の」

振り向きもせず、ユーリが問う。
そう言えば名前も教えていなかった。実は目の前の人物がユーリかどうかも確かめていないが、そのあたりはすっぽりと抜けている。

「フレン」
「本名か?」
「そうだけど…」
「西洋名だな。第四都市っていうのは、遠いのか?」
「そう、だね。遠いよ。でも、旅をしてるから」
「へえ、旅人か。大したもんだな」

感心したのか、ユーリが緩やかに笑う。
とても綺麗な笑顔だ。こんな風に穏やかにも笑うのだと知る。
何所に行くのかと尋ねれば、今日は彼の家に案内してくれるらしい。日も陰ってきたから、彼なりの優しさだろう。
明日からは自分で探せよ、とからかうように言われて、フレンも分かっていると返した。
彼の後姿が、夕暮れの太陽に照らされて、溶けるようだ。纏っている色は黒なのに、どこか透明な、きれいな黒。
気付けば、口を開いていた。

「きみ、は?」
「うん?」
「君の名前は?」

夕日が、頬に赤みを浮かべる。
彼は、神様のような頬笑みを浮かべた。





(こんなに美しい人間がいるのだと、初めて知った)
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『N/O/./6/』の設定をお借りして、ツンなユーリが書いてみたくなりました。そんなお話。
出会いが書けて満足なので、特に続きの更新は考えてません。
むしろこんなフレユリin『N/O/./6/』が読みたいっていうネタがww降臨しないかしらww