大嫌いで大好きな人
*ジュディス、エステルでED後
*ユーリが実は酷い男です。本人はでてきませんが。
*ちょっとだけフレンも出てきます
将来、結婚というものを自分の意志で決められるとは思っていなかった。
それはユーリ達と旅をした後も同じで、立場上求められるものがあるということも理解していた。
それでも、お話に出てくる女の子のように、好きな男に恋をして遠くから見ているだけでドキドキして。
喋っているだけで。隣に立っているだけで幸せな気分になって。
名前を呼んでくれる声を聞くだけで彼を独占しているような気分に浸って。
旅の間だけ、そんな普通の女の子でいることができた。たくさんの初めてを体験する中で、自由な恋を知ることができた。
でも、今は思う。
自由な恋なんて知らなかったら、こんなに痛くて悲しい思いをしなくてすんだのではないか、と。
ぐすっ、と鼻をすする音に目を細め、ジュディスは隣で首を垂れる少女を見遣った。
腰近くまで伸ばした髪。鮮やかな桃色をしたそれはいくらか絡まっていて、少女の心情を表わしているよう。
膝の上で握りしめられた手は血が出るのかと思うほど強く、手の甲から滑り落ちた涙の跡がスカートの上に小さな染みを作っていた。
横顔は見えない。ジュディスは自分のグラスを手に取ると、軽く振って中の氷が滑る様を眺めた。
「皇帝補佐が、こんな酒場に居て良いのかしら?」
少女はその言葉に肩を揺らして、顔を上げた。
「…此処にいるのは、皇帝補佐でもエステリーゼでも市民議会の代表でもありませんっ!ただの、エステルです!!」
殆ど叫ぶように、エステルは泣き腫らした目でジュディスを睨みつけた。
自然とそう言った瞳になってしまうのだろう。少女の心は今、荒れ狂う感情がその大半を占めていて、それ以外を気に掛けることができないのだ。
いつもは温厚で少し天然で。5年前から、他人を気遣い、自分を客観的に見れるようになったエステル。
大きく成長した彼女のその原動力が何だったのか、その視線の先に誰がいたのか知っているのは、おそらく仲間たちだけ。
だからこそ、今彼女がこんなにも自分を制御できていないのも、とてもよくわかる。
自分は同じことにはならないが、それなりに驚いてショックも受けているとジュディスは思っているから。
「…彼が、許せない?」
「そんな…そんなこと…」
「ないと思っているのなら、こうして私に相談になんて来ないでしょ?」
「……」
ぐっと言葉に詰まるのが手に取るように分かる。
エステルは悔しげに歪んだ表情を隠すように、再度俯いた。
「…ジュディスは、悲しくないんです?」
「悲しい…そうね。悲しいと言えばそうなのかもしれない」
「……」
「でも、私は彼に恋をしていたわけではないから。辛くは、ないわね」
辛い。そう、エステルの気持ちは、悲しみも苦しみも全部全部混ざって、とても痛くて辛くて。
エステルの自覚していない部分で彼女を蝕んでいるもの。
淡い少女の恋心が、醜い嫉妬心に変わろうとしているもの。
彼女の気持ちに気付いていても、彼が受け取ろうとしなかったもの。
三日前。とても久しぶりに、エステルはユーリ達ギルドの仲間と会う約束をしていた。
副帝としての仕事が忙しい時期で、ハルルの家も3ヶ月近く空けてしまっていたこともあり、懐かしい面々と顔を合わせることはこの上ない楽しみで。
リタは背が伸びただろうか。ジュディスはきっと相変わらず綺麗で。カロルは少しだけ男前になっているだろう。レイヴンは来るのだろうか。
ユーリは…ユーリは、格好良くなっていて、いつもの皮肉が交じった笑顔で言うのだ。「エステル、頑張ってるみたいだな」って。
純粋な尊敬から、恋心に変わった気持ちをユーリに打ち明けたことはない。
でも聡いユーリの事だ。きっと気付いていてエステルが自分で言葉にするのを待っている。
そう勝手に思って、期待して。
実際にその日になってユーリの隣に佇む女性に、愕然としたのだ。
ああ、自分は自惚れていて。ユーリはなんてひどい人なのだろう、と。
思い出すだけで、涙が滲む。
「ユーリの事が、すごくすごく好きなんです」
「ええ」
「好きだから、ユーリの事、お祝いしてあげなければいけないのに」
「そうね」
「好きだから、ユーリが、一緒になって幸せになれる人が見つかって、嬉しいはずなのに」
「……」
「私、私……ユーリに裏切られた気がするなんて」
なんて傲慢。なんて貪欲。
こんなにどろどろした感情が自分の中にあるなんて知らなかった。
知らなくて良かったはずなのに、彼との旅は、自分にこんな想いを抱かせるほどに幸福に満ちていた。
「ユーリの隣に、私が立ちたかった。私の隣に、ユーリに居てほしかった」
そんな些細な願いは、自分にとっては御伽噺の世界だった。
「ユーリなんて…」
上がっていた肩が、涙声に彩られていた音が、少しずつ落ち着きを取り戻していく。
ジュディスはそれを隣で見ながら、ぽんとエステルの頭に手を置いて、ゆっくりと撫でた。
さながら、かつてのユーリがエステルにそうしていたように。
「じゃあ、ユーリの事はもう嫌いになってしまったのかしら?」
「……っ!」
息をのむ。
ジュディスの言いたいことが分からない。
だって、だって、
「嫌いに…なるわけないです…!!」
「どうして?」
「ユーリは、ユーリは、私の事をたとえ妹みたいに思っていても、私にとっては大事な人なんです!嫌いになんて、なれない…!」
言った後に、その叫びの意味するところにエステルははっとする。
ジュディスはただ微笑んで、エステルの翠の瞳をそっと覗きこんだ。
「彼は、あなたにとって、とても大切な人に変わりはないのでしょう?」
「…はい」
「なら、嫌いになるのは勿体ないわ。エステルは素敵な女性になって、ユーリを見返してやらなきゃ、ね?」
悪戯っぽく目を細めるジュディスに、エステルは彼女のそんな一面を初めて見た気がした。
いつも大人っぽくて人を気遣って、厳しい言葉をかけてくるジュディス。
同じ女性として彼女と話したことは、今まで無いに等しくて。
こんなにも優しくて、強い女性は、他にいるだろうか。
「…そうですよね、ジュディス」
「ユーリの事が許せないのは、私も同じなのよ?」
「そうなんです?」
「ええ。だって私達という女性が隣にいるのに、別の女性を選ぶなんて」
冗談なのか本気なのか。手に持っていたのがグラスではなく彼女の武器である槍なら、テーブルを真っ二つに割っていそうな笑顔だった。
「ふふ…ジュディス、ありがとう」
「いいえ。私はなにもしてないわ」
「でも、ありがとうございます…誰かに聞いてほしかったんです」
ジュディスが居てくれて、本当に良かった。
それからユーリがいかに酷いかを二人で語り合っているうちに、エステルは肘を枕にテーブルに突っ伏していた。
腫れた目元が気になっているようだったが、一晩すれば元通りになるだろう。
ジュディスは何杯目かもわからないお酒を、飲むことはせず目の高さまで持ち上げて中に反射する氷を眺めた。
何分ほどそうしていただろうか。
馴染みある気配にグラスを持ち上げていた手を下し、そちらに視線を送れば。暗い照明に反射する鮮やかな金髪がひょこりと姿を現して、予想通りねと心の中で呟いた。
「やっぱり、君だったか」
「あら、あなたも予想通りみたい」
フレンは騎士服ではなく、どうやら普段着のようだ。
未だ城に帰らないエステルを心配した皇帝あたりが、様子を見てきてほしいと頼んだのだろう。
「見ての通り、寝てしまったわ」
「そうみたいだね。迎えの者を寄越しているから、もう少ししたら来ると思う」
「そう。じゃあ、私はもうお役御免かしら?」
「そんなことはない。また、エステリーゼ様の相談にのって差し上げてほしい。きっと、傷は簡単に癒えないだろうから」
その言い回しに引っかかるものを感じ、ジュディスは怪訝そうに眉をひそめ、一つの可能性を口にする。
「…あなた、知っていたのね。私たちが知るよりも、前に」
実のところ、ジュディス達はユーリとずっと一緒に行動していたわけではない。
少数精鋭である凛々の明星は、一人で片づけられる依頼は一人で担当するため、ユーリとは二月近く連絡をとっていなかった。
エステルに会いに行くためにユーリを迎えに行ったとき、初めて彼の傍らでいつの間にかパートナーになっている彼女に出会ったのだ。
フレンは、その碧眼に少しだけ同情の色を滲ませ、エステルを見た。
「ああ、知っていた。ユーリから話は聞いていたし、彼女は僕の知り合いでもあるから」
「あら。私達は蚊帳の外だったのね」
「気を悪くしたらすまない。ユーリも、それなりに言いづらいと思っていたみたいだから、許してやってくれないか?」
「いいえ許せないわ」
乙女の涙を安く見る男なんて、そう簡単に許せないもの。
ジュディスはそう言って、席を立った。
あとはすべて、フレンに任せるようだ。
フレンもそれは承知しているのか、彼女を引きとめることはしなかった。
「じゃあせめて、一発殴るくらいで」
その提案に、ジュディスは肩を竦めて肯定も否定もしない。
彼女の後ろ姿に、フレンは、ここにはいないユーリに心の中だけで声をかけた。
明日は覚悟しておいた方がいいみたいだね、と。
(酷いのに優しくて意地悪な、大好きなユーリ)
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ユーリが酷い男になりました(笑)
決してそんなつもりで書いていたわけじゃなかったんだけどな。読み返してみると普通に嫌な男だなお前!←
裏設定。フレンは既婚。でもユーリとは相変わらずの仲で、フレンの奥さんはユーリとフレンのある意味異常なスキンシップとか友情は理解済み。
心の広い奥さんに出会えたフレンです。ユーリの恋人は、ユーリとフレンの共通の知り合いだから、まあ下町の友達くらいに思っています。
エステルはユーリが大好きで、ユーリに片思いで、さりげなくアピールしたけどユーリには本気に取られない。かわいい妹分。
でもなんとなくエステルの気持ちに気付き始めて、副帝がそれじゃ駄目だろうと思っている最中、心を許せる女性が現れて実は知り合いで。
フレンはユーリの意志を尊重してるけど、エステルの気持ちも何となく察している。でも何も言わないし、ユーリはちゃんと分かっていると思っている。
ジュディスとだれかの酒場シーン、というリクエストでしたので、今回はエステルと。
最後にエステルを迎えに来るって…フレンしかいないな、ということで再びフレンに登場してもらいました。