遠く近く、貴方を見てる
*リタのユーリに対する認識が軸
*恋心まではいかないリタのユーリに対する儚い想い
こいつもこんな顔するんだ、とリタは心の中で呟いた。
余裕の笑みを浮かべエステルやカロルを子供扱いしたり、レイヴンに呆れた溜息をついたり、ジュディスと何やら真剣に話し込んでいたり。エステルに押されて困ったように眉を下げた表情も、全部、その場の空気に合わせていると、思っていた。
嘘ではない、でもどこか自分とその周りに見えない線を張り巡らせて拒んでいるような、硬質な態度。
例えば嘘をつくのがうまいレイヴンや、何所までが嘘で本当か分からないジュディス。二人はそれぞれに厄介な性格の持ち主だが、リタにしてみればそれは「その程度」で済まされる事だった。必要以上に他人に踏み込まれない領域を持ちたいと思うのは当たり前で、それはリタも同様だ。
エステルやカロルならどうだろう。エステルは、その切っても切り離せない立場や権威、血筋に縛られていても、自分を曝け出すことを厭わない。彼女の本来の性格もあるだろうが、自分を嘘で塗り固めたり、その嘘によって人が傷つくことを嫌がっている。彼女の純粋さが成せて、また、周りがそれを彼女に望んでいるのもあるだろう。カロルは、嘘をつきたくてもつけない根が正直なお子様だから、すぐにバレてしまう。一癖も二癖もある年上が「仲間」であるから、嘘をつく意味すら無いかもしれない。
ある意味で両極端なレイヴンとジュディス、エステルとカロル。
リタは、自分が嘘をつくのがうまくないことを識っていた。自分の発言に責任を負うのを早くから自覚して、ならば嘘をつかないで生きた方が楽だと思った。それがたとえ相手を傷つけようとも、自分が導き出した答えに嘘をついったって仕方がないから。それで傷ついて遠く離れるなら、勝手に離れればいい。背伸びをしているなんて思ったこともないし、自分は自分の意志を貫く。その結果なだけ。
情けない大人たちに、自分の領域に踏み込ませるなんて。考えただけで虫唾が走る。矜持を示したいなら、相応の努力と忍耐と発想が必要だ。他人の研究を理解できないなら、その時点で研究者として失格で、矜持も何もない。
だから、魔導器を理解できない人間なんて自分の周りには必要なかったし、興味も湧かなかった。周りに人がいなければ、嘘を付く必要だってない。あくまで、生きてきた過程に基づく結果だ。
エステルたちに会って、嘘をつくのではなく自分を知られるのが怖かったり恥ずかしかったりで、本音を隠すということをするようになった。でもそれはあっさり見破られるし、今になってはもう恥ずかしく思うことすら必要なくなって、彼らの前でなら自分をさらけ出せている。
ユーリは、リタが知り得る中でも複雑な人間だった。
子供扱いもすれば対等にも扱われる。嘘をつくのが上手いのに、相手の心を推し量って諭すこともできる。
優しいかと思えば冷酷で。つまりは自分の信念や正義を貫くために、自分の場を作る能力に長けている。
エステルやカロルはある種神聖視しているが、ユーリは、決して他人を導くほどのカリスマをもった人間ではないと、リタは思っていた。
惹かれる。それは、間違いなく惹かれる何かを持っている。
でも、それはたとえば、フレンのような輝かしいものではない。人に希望を感じさせたり、勇気を分け与えたりするものではない。
他人の望むことを理解し、相手に応じた振舞いを見せ、背中を押す。それがユーリの…魅力とでも言えばいいだろうか。
優しさとか厳しさとか、そんなありきたりな言葉ではない、もっと深い、まるで自分の一部分を空っぽにして、新たな中身を入れ替えているような、そんな人。
自分の意思を貫くことができるのに、とても不器用で、とても不安定な人。
それが、もう5年近くユーリと関わって、それなりに間近で彼を見てきた、リタの、彼への認識だった。
先日27歳になったフレンに、ささやかな誕生日ケーキが振舞われた。
当然かつての仲間も呼ばれたが、レイヴンだけは「おっさんはケーキはパス」とか言って、フレンに何かしらプレゼントを渡して去って行ったようだ。カロルとエステルは不満げな顔をしていたが、リタは正直どうでもよかったので、エステルが自信作だと豪語するケーキを見て、手元の本に視線を戻す。
「この歳になって祝われるのも、なんか変な感じです」
「そんなことないです!」
「フレンの誕生日はみんながお祝いしたいのだから、少しだけ私たちに時間をくれたっていいじゃない?」
「ジュディス…嬉しいよ、みんな。ありがとう」
美女に左右を囲まれ、大人の余裕のような笑みを浮かべるフレンに若干の胡散臭さを感じつつも、リタは手に持っていた本を置いて調理場で料理を作るユーリの下へ歩み寄る。
もちろんのことながら、ケーキ以外の担当はユーリ。ハンバーグやらパスタやら、王宮も顔負けなんじゃないかと思える料理の数々が一人の男の手によって作られているかと思うと…感嘆の声しか、もう出ない。
「相変わらずね。手伝うこと、ある?」
「いや、もうできっから、そこにあるもの持ってって――あ、その前に皿だして」
「了解。これでいい?」
「さんきゅ」
手際よく盛り付けられていく野菜の数々を眺めながら、不意に頭に浮かんだことを喋る。
「あんた、ケーキ作りたかったんじゃないの?」
「エステルが作りたいって言うからな。別に俺は、いつでも作れるし」
「そう…どうせ、後であいつに食べてもらうために、自分でいくつか作ってるんでしょ」
「おまっ、変なこと言うなよ」
直球で来られると、案外ユーリも慌てやすい。
リタは、並べられた皿をいくつか手にとって、テーブルの上に並べる。
フレンはまだ、他の3人と話しているようだ。優しげな笑みも窺えるし、嬉しそうだ。
「心配しなくても、あいつは喜んであんたの作ったものなら何でも食べるでしょ」
「別に心配なんかしてねぇ。お前だって、俺の料理好きだろ?」
「ばっ、当たり前でしょ!」
再び直球で返せば、ユーリはくつくつと嬉しそうに笑う。
「そーだよなぁ、お前俺の料理気に入ってるもんな」
「なによ、悪い?」
「まさか。ありがとな、リタ」
こうやって、余裕こいてられる大人になってしまったユーリに子供扱いされたようで、悔しい。
リタはふんっ、と鼻を鳴らすと、新たに皿を並べて。
「どっかの誰かさんが破滅的な料理しか作らなかったから、それと対比してあんたのが美味しくて仕方なかったのよ」
「そりゃ誰かさんが悪いな」
「そんな誰かさんだって、あんたの事独り占めしたいにきまってるじゃない」
唐突にふられた話の方向に、ユーリは思わず目を丸くしてリタを見る。
「まったく。見ててイライラするったらありゃしない。ユーリのこと手伝いたくて仕方ないって雰囲気撒き散らしてるじゃないのよ」
「そうなのか?」
「そうなの。だからさっさとテーブルセットするわよ」
ユーリだけに料理させるのが申し訳ない、とか思っているだろうが、それ以上に、こうしてフレンを差し置いてユーリの手伝いをしているリタにすら嫉妬らしき念が送られてくるのだ。
ジュディスあたりならそれに気がついてうまくあしらってくれているだろうが。
ユーリは茫然とリタの言葉を聞いていたようだが、不意にそっと微笑んで、鍋に視線を戻す。
その微笑みが、本当に心から嬉しい、愛おしい、と思っているような笑みで、リタは咄嗟に視線をずらす。
ああ、こいつにこんな顔させるフレンが、なんだか憎らしい。
どう頑張ったって、自分じゃこんな顔、ユーリにさせられない。
(自分って何よ、自分って)
思わず心の中で突っ込みながら、リタはもう一度ユーリにちらりと視線を送る。
もうユーリはもとに戻っていて、でも先程よりも軽やかに手を動かしているあたり、どうやら心底嬉しいらしい。
まったく、男同士で、なんて思わない。
二人には、性別を超えたつながりなんてものがあることは承知しているし、フレンのそれはユーリが彼に向けるものより…なんというか、濃厚だけれども。
他人に合わせるのが得意なユーリでも、フレン相手だと自分をさらけ出せる。
本当なら、自分たちも、自分も、そうであれたらいいのに、と。
厄介な性格の持ち主の彼の事を、リタは仄かに想うのだった。
(ユーリの手作りケーキ、あたしが食べちゃおうかな)
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フレユリ←リタ、でした。
無駄にいちゃつく公認恋人フレユリに、少しだけユーリの事が気になるリタ、というお話。
本当は、シリアス一直線でリタのユーリに対する認識だけ書こうかと思ったんですが、大人になって会話の変化をなんとなく意識しながら書いたら、いつの間にかリタの淡い恋心物語になってました。
いいんだ、ほんわかした話が書きたかったから。
フレンがちょっと面倒くさい仕様になりましたが、無意識のうちに嫉妬の視線を送っているフレンとか、それに自分じゃ気付かない癖に、人に言われて知って嬉しく思うユーリとか、普通にありそう。
ノマカプを考えても、ユーリはまだしも、フレンは二言目に「ユーリが〜」とか言いそうだし。彼女も大変だね(どんな同情)。