命の場所
*レイ+ユリでED後
*ほとんどレイヴンのお話。アレクセイとドンについて。
星喰みが空から消え去って、ちょうど一か月。
秩序が変わり、人々が闇の中を奔走する世界。
脅威は去れど、その真実を知る者は帝国を統べる一握りとギルドを束ねる一握りのみ。
ドン・ホワイトホースという柱を失ったギルドは、しかしその遺志を継ぐ青年が再建を図る。
新たな秩序の枠組みを。新たな真価の構築を。
帝国は変わらず、アレクセイという柱を失ったことが好都合と評議会は圧力を強める。
腐敗した政治は、皇帝の即位すら価値のないものに成り下げかねない中、陰謀と混乱、汚濁と謀略がそこかしこに駆け巡る城内のとある一室。
書類一つない机の上に、そっと指を置いた。
ここで夢を語り合ったことはない。だが、彼の背中を誇りに思ったことはある。
部屋の中を見回せば、家具だけは変わらず残っているが、その姿を見つけることはかなわなかった。
―もしもなんて、無意味なことを考えるつもりはない。
過去は過去だ。騎士となった。傀儡として生きた。一人の人間として再び夢を願った。
全ての過程を後悔していたらきりがない。そんなことは分かっているし、悲観するなんて甘ったれるつもりもない。
部屋を出よう。
あの頃の自分はもういないのだと、心のうちに沈めてしまおう。
労いの言葉をかける相手は、別に存在するのだ。
さようなら、かつての友よ。
空気が澄んでいる。空と同じ色をした海と、崩壊した遺物。
不落宮の名はかつての栄光を表してはいても、今は海に沈んだなれの果てだ。
その瓦礫の中を、一歩一歩進んでいく。
正確には地面など存在しないから、ひょいひょいと飛び跳ねながら、なるべく建物の中心に近いところまで登って行った。
眼下には、青く水面が輝き広がる。
此処で最後に、あの人の姿を見てから、もう三か月近く経つのだろうか。
時は確実に流れ、奔流に沿ってもがきながら生きている。
生きる意味を探しながら。
手に持った花を、どこにいるか分からない彼を思い捧げる。
風が浚う花弁は大気に溶け込んで、彼のもとに届くであろうか。
世界に絶望し、塞ぎ込んだ未来しか見ることがかなわなかった彼に。
「アレクセイ…お前さんが望んだ未来だったら、俺は此処にいなかった」
呟きは思いの外小さく、まだお前には覚悟ができていないのかと詰られそうだ。
だが、未来を生きることに何ら抵抗も不安もない。
気負い、負い目。今までの自分だったら胸につかえて足を止めていたものが、今は気持ちが良いくらいに払拭されている。
「あんさんには悪いけど、俺は生きるわ。レイヴンとして」
大海原に、紫の羽織がはためく。
この海を美しいと本心から感じるようになったのは、今の仲間と出会ってからだ。
ならば、その出会いは如何ほどに自らを変えたのか。
きっと彼等には想像することもできない、果てしない宇宙を超えたような、そんな気分。
決して優しくはない。厳しく容赦がなく、しかし懐が深く暖かい。
一度は捨てても仕方がないほどの事をした自分を、仲間だと豪語する彼等が、ただ愛おしい。
「おっさん、もう用は済んだか?」
その一人、ユーリは、長い髪を海風に揺らして、背後から声をかけた。
水が苦手だという相棒は傍にはいないようだ。
「付き合わせちゃって悪いわね」
「おっさんが感傷に浸るなんて珍しい光景を見せてもらえたな」
「あら、相変わらず減らず口ね」
トントンと軽い足取りで、瓦礫の上を移動する。
ユーリもレイヴンを目だけで追った後、先ほどまでレイヴンが立っていた場所に視線を送った。
アレクセイ。世界を正そうとして、歪んでいった哀れな道化。
彼が最後に流した涙は、ユーリにしか見えなかった。
後悔と自責が綯交ぜになった、虚ろを虚ろに囚われたような瞳。
落下する核の下敷きになる寸前、逃げる間際に聞こえた呟き。
彼もまた、『正義』を持った一人の人間だった。
しかしユーリは、アレクセイという人物について詳しくは知らない。
だから、レイヴンの感傷に意見をするつもりはないし、深く考えることはない。
だがもしこれがフレンと自分だったらと、仮定するだけだ。
フレンは、自分を生き返らせることなどしないだろう。彼はそんなに弱くはないし、そもそもその思考にたどり着くとも思えない。
互いが互いを戒め、そして願う。それがフレンとユーリの関係。
アレクセイとレイヴンは、そうならなかった。互いが互いに距離を置き、戒めあうことができなくなった。
「さ、もう帰りましょ」
「もういいのか」
「しんみりするような関係じゃなかったしね」
「それでも、死を悼んだ」
「さあ…本当のところはどうなのか、おっさんにもわかんないわ」
望まぬ生を与えられたこと。
今望んで生きていること。
矛盾するけれど、過去は現在の延長線上にある。
それならば、アレクセイがレイヴンを…シュヴァーンを、そして『昔の自分』を生かしたことに、意味があるのだろうか。
生きる意味を見出す。夢を与えたこの青年は、生きることにどんな意味を見出しているのだろうか。
「ねえユーリ。生きているって、なんだと思う?」
「……今ここにいる。それだけだ」
簡潔で突き放したような答え。
「考えることも、迷うことも、生きているなら誰だってするでしょう?ここにいるということだけが生きている証だとしたら」
「おっさんは生きてなかったって?」
頷くことはしないが、ユーリはそれを肯定と受け取ったようだ。
軽いため息を吐く。
「俺は、おっさんがどんな風に生きてきたかなんて知らないさ。だが、レイヴンは少なくとも生きてるだろ」
「レイヴンは外向けの仮面だ。そう思っていた」
「そりゃ大層な誤算だな。少なくとも俺には、ドンを見るおっさんの目が仮面みたいに作りモンだとは思えねーけどな」
「…そうね。ドンは、確かに俺にとって偉大な存在だった」
「誰にとってもそうだろ」
ユーリの口元に笑みが浮かぶ。
彼にとっても、ドンは偉大な存在となった。
たった数回の会話。相対したものをとらえて離さない存在感。
それが、ドンという男の持つ魅力であり、恐怖だった。
その存在に、救われた。
「おっさんは、ドンに救われた。違うか?」
「違わないわね。でも、それだけじゃない」
もう一度、ザウデの中心を見つめる。
今もどこかで、彼は世界を見つめているのだろうか?
「…直接的に、生きるということを可能にしてくれたのは、アレクセイだった。生きることへの尊敬を覚えたのは、ドンに出会ってから。そんでもって、本当の意味で生きているのは、今だと思うのよね」
「へえ。年寄りの哲学か」
「あ、ひどい。おっさん泣いちゃうよ?」
「その泣いちゃうおっさんが、黄昏てんじゃねえか」
ぐすぐすと泣く真似に、冷たい視線が浴びせられる。
相変わらず、二人きりでは容赦ないなぁとレイヴンは苦笑した。
こんな風に、どうしようもないおっさんを叱咤激励してくれる子供たちがいる。
未来を選び取るという重圧を、重荷に思ってすらいない子供たちの背中を守ることができる。
この幸福は、アレクセイが居なければなしえなかったものだと思うと。
少しだけ、ほんの少しだけ。
絶望した過去が、明るく照らされるような気がする。
考えることをやめないのは、辛いことかもしれない。
でもそれは、本来は当たり前に人間がしていくこと。
誰もが考え、迷い、手探りで生きて行かなきゃいけない。
そんな当たり前の時間を、自分は取り戻したのだ。
「格好悪いところばっかり見せてらんないねぇ」
「ん?なんか言ったか?」
「いんや別に。ほら、帰りましょってば」
先ほどより、足が軽い気がする。
綺麗な青空を仰げば、黒い災厄の姿を見ることはもうない。
「おっさん」
「どったの?」
「頑張るって、どういうことだと思う?」
唐突な質問だ。
晴天の霹靂。でも、そうでもない。
ユーリの方が高いところにいるから、自然と見上げる形になる。
逆光で彼の顔は見えないが、微笑んでいるのは何となくだが伝わった。
「頑張る、ね…自分の選択を後悔しないってことじゃない?」
「…じゃ、頑張らねーとな」
それが、生きていることだろう、と。
音のない声が聞こえる。
風が運んだ幻聴だろうか。
ざあ、と向かい風に服がはためく。
生命が生まれる場所は、少しだけ塩辛い風と共に空気に混ざった。
この世界のどこかに、今でもお前が生きている気がする。
アレクセイ。
ドン。
頑張ってから、そっちにいくから。
(海。生命の生まれる場所。生命の還る場所。世界をつなぐ存在。必ずどこかにあるモノ)
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ちょっとしんみりしたお話でした。
レイヴンにとっての、アレクセイとドン。
生きることへの無意味さと、生きることへの苦悩。
レイヴンは…キャラが深いです…