霞に漂う

*フレユリでシリアスほのぼの無意味にラブラブ
*一応本編設定



それは、一瞬だった。
同時に襲ってきた二体を切り伏し、上体の重心を回せば後ろからの攻撃が真横を過ぎる。
背後でフレンがそいつを地に沈めるのを想像し、目の前の敵に集中する。
握った柄が遠心力に乗って速度を増し、そのまま薙ぎ払う様に横に刃を滑らせた。

「ユーリっ!!」

カロルの声が響く。名を呼ばれても、一瞬意味が分からなかった。
気配だけが背後に迫る。
相手を捕える一瞬の間。視線を後ろにやる前に、敵はユーリの死角に入った。
ちっ、とユーリが舌打ちをする。避けることはできそうにない。
フレンがこちらに向かって走ってくるのが見えたから、せめて返り討ちくらいにはしなければ。
目の前の敵は既に断末魔の悲鳴とともに消え去った。
敵の気配だけを頼りに、重心を相手からなるべく遠ざけて振り向きざまに蹴りを放つ。
鈍い痛みと、鮮やかな赤が視界を覆った。
柄が離れる。剣が滑り落ちた。
同時に、敵の胴体が二つに分かれる。
見えたのは、そこまで。
後はただ痛みが襲ってくるのを感じ、なんとか踏ん張ろうと足をついても力が入らない。
どうやら予想以上に傷は深いらしい。
ゆらりと船の上のような揺れ。頭が痛い。敵はもういないのだろうか。
意識が散漫になり、立っていられない。
そんなユーリの体を、冷たい甲冑に覆われた腕が抱き留める。
ああ、フレンだ、と朦朧とする意識を振り払おうと目を開けた。

「フレ、ン」
「黙ってて。すぐに片付けてしまうよ」

固い声。腕の力が強くなる。
攻撃の合間を縫っているのか、時折足を止めながらフレンはどこかに向かっている。
大人しく従っていると、今度はエステルの焦った声が届いた。
大したことないと言うには、多少怪我が酷すぎる。喋るのも億劫だ。
自分の油断が招いた隙に、皆が奮闘しているのだろう、続けざまに魔物の断末魔が響く。
ああ、もう大丈夫かな。
それは、強い仲間に対する安心でもあり、自分が背中を任せられる幼馴染への謝罪でもあり。
意識が遠退く中、一度だけフレンに名前を呼ばれた。







「まったく君は、本当に呆れて何も言えないよ」
「…言ってるし」
「揚げ足とる暇があったら、いい加減ベットで大人しくしてくれないか」
「残念。俺の性分なもんでね」

ひらひらと左手をぶらつかせるのを横目に、フレンははぁと重く息を吐く。
軽口を叩くユーリは、現在ベットの住人である。
正しくは、ベットの住人にするべくフレンが奮闘している状態だ。
先ほどの戦闘で追った怪我は、すでにエステルによって完治している。
しかし、注意力が散漫になり敵に致命傷になりかねない攻撃を受けたユーリに対し、仲間達は厳しかった。
「絶対安静」に加えて、首領からは「フレンに見張っててもらう」との制裁付きだ。
因みに現在は、バウルの中で海の上。ジュディスとパティとエステルは食材探しに行っている。

「っていうか、野郎共だけ残ってエステル達だけで食材探しとか。お前が行けよ」
「それは僕も思ったんだけど、エステリーゼ様とジュディスが、どうしてもユーリについてろって」
「…あいつら…」
「レイヴンさんは、武器の手入れをしてるみたいだ」
「首領は?」
「ダングレストに用があると言っていた。今はいないよ」

つまり、完全な休憩モードなわけである。
自分が伏せている、もとい怪我人扱いされている間は、おそらくこの状態が続くだろう。
もう怪我も完治して問題ないのだから、いい加減動きたいのだと体を起こせば、あっという間にフレンの手によってベットに逆戻りだ。
不本意ながらもフレンの方が力は強い。体格だってがっしりしているし、それなのに着痩せするのかユーリと対して変わらないシルエット。
いかついと言われて喜ぶ女性がいないのと同じように、自分だって綺麗だとか美人だとか言われても嬉しくないのに、フレンとの体格差はそれを余計に感じさせるのだ。
まったくもって納得がいかないので、ベットの中でその背をじっと睨みつければ、涼しい顔でユーリの枕元に水を置いた。

「怪我の程度は大したことないし、もう平気だ」
「うん、君が倒れるとは思わなかったよ。出血量もかなりのものだったしね」

嫌味か、と心の中で呟く。容赦のない言葉は続き、その度にユーリは口を紡ぐしかなかった。

「魔物は半分以上やっつけた後だったから良いものの、あれでもし囲まれでもしたら流石に危なかったよ」
「……」
「リタの詠唱も間に合ったしね。それにカロルが気付いてくれたから良かったものの…」
「…うるさいなぁお前」
「事実を述べているまでだ。心配をかけた自覚があるなら大人しくしてろ」
「うぐ…」

反論する言葉が見つからず、唸るしかない。
その「心配をかけた自覚」があるからこそ、元気になったので問題ないと言いたいのだが。
どうもそれだけでは腹の虫が収まらないようだ。

「皆、本当に君の事を心配しているんだ」
「なに、フレンは俺の事心配してるんだ?」
「当たり前だ」

からかい半分で言ったのに、至極真面目に…怖いくらい真顔で、返されてしまった。
思わず虚を突かれたが、そういやこいつはこういう奴だったと改めて認識する。
真面目とか不真面目とか関係なく、本気でユーリのことを心配して、怪我をしたら自分が痛いかのように泣いて。
昔から、ユーリ以上に直情型で心配性なのだ。

ふと笑みがこぼれる。
頭が固くて、でも優秀で、誰からも頼られる存在。その想いの本質を知れば、惹かれずにはいられない。

「…そうだよな」
「なにがだい?」
「いや別に?……よっと」

はずみをつけて上半身を起こす。痛みはもうない。やはり動いても問題はなさそうだ。
と確認を兼ねて起き上がると、またもや目くじらを立ててフレンがユーリの肩を掴む。

「君は、だから何度…!」
「あー分かったから、水くらい飲ませろよ」

フレンの手を退けて、水の入ったコップを手に取る。
冷たい水は乾いていた喉を潤して、とりあえず一気に飲み干した。
ふっと息をついた瞬間、何故かがっちりと両肩を掴まれ、再びベットの中に引き戻された。
今度は、押し倒すと言っていいほどの強引さで。

「うわっ…フレン!」
「ああもうっ!君はどうしてそんな…!」
「待て落着け、意味がわかんねーぞ!」
「僕だってわからないよ!!」

こいつ頭おかしくなったのか?
馬乗りに近い体勢で、フレンはユーリの真上にいる。
眉を寄せて苦しそうに、ユーリを睨みつける青はいつもと変わらず綺麗なのに。
押し倒された格好のまま、頭の両脇につかれた腕が、逃がさないとばかりにユーリを囲っていた。

「…おいフレン、お前何がしたいんだよ」
「僕が知るか」
「おま、それまじで八つ当たり…」
「責任を取ってくれ」
「はぁ?お前言葉通じてるか?…って」
「ユーリ」

吐息とともに、顔が近寄る。
あり得ないほどに至近距離にフレンが居て、柄にもなく顔が赤くなるのが分かった。
抵抗しようにも、がっちりと両足で腰を挟まれているし、逃げるにも逃げられない。
見つめられる青に耐え切れずに、ユーリはぎゅっと目を瞑った。
身体が火照る。暑くて沸騰しそうだ。
フレンの、ユーリの名を呼ぶ声が至近距離で聞こえる。
息まで耳にかかって、思わずあげてしまいそうになる声を抑えるのに必死だ。

なんだ、なぜこんな状態になった?

自問しても答えはない。フレンの手がゆっくりとユーリの前髪をすき、その指が額に触れるだけで緊張してしまう。
纏う空気は先ほどまでと違って、あまりにも冷静だ。ユーリだけが一人意識している。
それに気付くことなく、ユーリは、フレン、と無意識のうちに呟いた。

「……」

ちゅ、と軽い音を立てて、こめかみにキスが落とされる。
そのままフレンは即座にユーリから退いて、ぽんぽんと頭を撫でた。
ん、と不思議に思いおそるおそる目を開ける。
するとフレンは、やけに困ったような苦笑いで隣に立っていて、先ほどまでの妙にずれた会話をしていた彼は居ない。

「水、持ってくるから。大人しく寝てなよ?」

そんな子供への躾のように言い残して、扉の向こうへ消えて行った。
呆然と、事態が呑み込めないユーリはベットの中で反芻する。
結局、あいつは何がしたかったのだろうか。

「……はぁ、意味わかんねえ」

溜息をつくと、なんだか猛烈に疲れた気がしてベットの中に潜った。
こめかみのあたりを指でなぞる。
思い出した。確か、昔にフレンがよくやっていた。ここにキスをすると、すぐに怪我が治るんだよとか何とか言っていた。

「…ったく。ガキかっつーの」

っていうかもう治ってるし。
一人で突っ込みながら、もぞもぞと布団を被り、未だ赤いままの頬の熱が引くのを待った。

かちゃりと、部屋の扉が開く。
すうすうと寝息を立てるユーリを見て、フレンはそっとテーブルに水を置く。
小さいころから変わらないな、とフレンは笑った。





(で、結局なんで押し倒されたんだ俺)
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押し倒す→襲うっていう思考回路に行きつきました。あれ、リクエスト内容に沿ってる…?
なんとなくほのぼのした感じが書きたかったのですが、前半はどこまでもありがちな感じで^^
小さいころからの習慣で、フレンにキスされると眠くなっちゃうユーリとかかわいくて仕方ないと思う。