君待つ時間

*フレユリで甘々
*情事前っぽい感じ注意



大きく息を吸い込む。吐き出す。
肺に溜まった濃い香水の匂いが、夕暮れ時を少し過ぎた柔らかな空気に洗われる。
それだけで体の負担が少しでも減る気がして、できれば当分此処に居たいというのが本音だった。

フレンは貴族が主催するパーティに招かれ、相変わらず肩書きに欲を出す輩の娘やら息子やらを紹介されていた。
もちろんの事、娘は嫁候補、息子は騎士団における地位のコネ作りだ。
親に紹介されたからと言って、本人の力量を見なければ話しにならない。
だからこそ、フレンは一人一人に律儀に対応していたが、さすがに相手が十数人を超えたところで限界が来た。
表面上は物腰柔らかに相手をしていても、正直心の中では面倒くさいと思ってしまう。

「……あ」

屋敷のバルコニーからは、帝都の西側が一望できる。
丘の向こうから空を駆ける巨体を目の当たりにし、フレンは思わず声を出した。
良く見知った始祖の隷長。それが意味するところを理解し、微笑が浮かぶ。
今夜あたりにも、もしかしたら訪ねてくるかもしれない。
ならば、失礼ではない程度にこのパーティを早々に抜け出そうと、決心した。






電気の灯っていない部屋は、月明かりが差し込む窓からの光が唯一の導だ。
今日はいつにも増して空が暗い。
藍色と闇を溶かしたような室内を照らす光が、形を変えた。
次いで聞こえるのは、かさりと布が揺れる音。カーテンが風に煽られた音だ。
侵入者が居ると告げるそれらを感じて、フレンは立ち上がる。
他の人が見れば不用心だと忠告されてもおかしくないが、フレンは窓にゆっくりと歩み寄った。
剣ひとつ携えず、相手を迎え入れるために。

部屋よりも、空よりも暗い。しかし、綺麗な色を纏う彼に、微笑む。

「やあ、久しぶりだね。ユーリ」
「なんだ、寝てたのかと思った。気配消しやがって」
「かわいい侵入者を逃がさないためにもね」
「やめろよ、気色悪い。なんか変なもんでも食ったのか?」

窓枠に腰掛けるような形のユーリと対面する。
交わす言葉は相変わらず軽口が弾む。

「変なものを食べたわけではないけど、少し疲れただけだよ」
「へえ。珍しいこともあったもんだ」
「人を超人みたいに言わないでくれないか。僕だって、疲れるときは疲れるよ」

――珍しいって、そういう意味じゃないんだけどな。
ユーリはあえて声には出さず、喉まで出かかった言葉を飲み込む。
少し会話をしただけで相手の不調が分かってしまうのは、長年の観察眼とでも言おうか。
ユーリ以外の前では無意識のうちに隠されているそれが、こうも如実に表れていては放っておけない。
――ほら、放っておけないだろう?
どこからか、からかうような声が聞こえた。

「…フレン、お前香水くさい」
「そう?さっきまで、呼ばれてたからそこで付いたのかもしれない」
「ふーん…」
「なんだ、その不満そうな顔は」
「別にぃ」

わざと不貞腐れたような顔。それはフレンにも分かった。
そうやって、『ユーリが見せている』事も。
だが、それが誘いなら乗ってやらないわけにはいかないだろう。
窓の外で揺れるユーリの髪に手を添える。
ぐっと近づいた顔が合わさる前に、ユーリはひょいと避けてフレンの横をすり抜けた。
フレンは肩透かしを食らってしまい、恨み顔になる。

「そんな顔するなよ」
「誰がさせたと思ってるんだ」
「なんだ、じゃあ期待してもいいんだな」

ぽすりとソファに座り、足を組む。
ユーリのいるそこに差し込む光が、妙に艶やかに見えて、フレンは窓を閉めた。
カーテンすらも引き、部屋の中が暗くなる。
流石にユーリも少し驚いたようで、戸惑うような気配がフレンに向けられた。
お互い、夜目はきく。相手の場所も分かるし、何より視界に頼らずとも、どこに何があるかなど分かる。
ユーリの、闇の中であっても輝くような髪一筋すらも。

「…ユーリ」
「お前、本当に香水がヤバイな」
「じゃあ、君が消してくれ」
「そうだな、先にもっかいシャワー浴びてきた方がいい」
「…そんなに嫌か」
「ああ、嫌だね。俺は、お前の匂いのが好きだ」
「匂いって…」

動物みたいに、となんとなく傷つく。
覆いかぶさっていた身体を押しのけられた。

「ひどい」
「何がひどい、だ。俺の身にもなってみろ」
「……なるほど。大丈夫、僕はいつだって君が好きで、君は僕のもので、僕は君のものだよ」
「その思考回路をまずやり直せ。というか、おい、フレンっ」
「君に嫉妬してもらえるなんて思ってもみなかったよ」
「ちょ、だから風呂……!」

絡めた指先に力を入れて、ソファに押し付ける。
背凭れに寄りかかっていたはずの背はソファに寝転がる形になっており、長い髪の半分がソファの下へと垂れた。

真っ暗で、何も見えない。
お互いしか見えない状況で。
縋るように降ってきた唇の熱さは、どうしてか涙に濡れている気がした。



***



結局、再度ユーリに押し返され風呂へと直行させられたフレンは、一通りシャワーを浴びて体も洗う。
そんなに嫌だったのかと流石に自分の匂いを嗅いでみるが、どうも感覚が麻痺しているようで分からない。
これ以上機嫌を損ねるわけにもいかないので、出来る限り丁寧に髪も洗う。
部屋に既にユーリが居なかったらと思わないでもなかったが。
ユーリはちゃんと待っていてくれて、今度はベッドの上で寝そべっていた。

「君は、誘っているんだよね…?」
「お前の好きなようにどーぞ」
「じゃあお言葉に甘えて」

鎖骨に這わせた指は、今度は跳ね除けられることはなかった。
ゆっくりと笑みが浮かび、フレンの瞳が細められる。

「君はかわいいね」
「何度でも言うが、褒め言葉としては受け取らない」
「残念だ。でも、君のこんな魅力を知ってるのは僕だけでいいよ」
「心配しなくても、お前以外に物好きなんていねーよ」
「そんな物好きに嫉妬してくれる。本当に、魅力的だ」
「……早くしろよ」

閉じられた瞼の上に、月明かりが瞬いた。






*****
甘い…とはなんなのか…
リンクを張っていただければ、お持ち帰り自由です