記憶の色

*フレユリでシリアス微甘
*ユーリ記憶喪失。グロや血の表現があります。苦手な方注意。
*ミコト様のみお持ち帰り可





ゆらゆら揺れる。頭上から降り注ぐ光は少しずつ遠ざかって行って、黒に滲む程度の眩しさで世界を覆う。
ここは一体どこだろう。宙に浮かぶような、海の底に沈む様な、空から落ちていくような。
自分という核がはっきりしない。自分を取り巻くすべてと融合している。それは未知なる体験で、しかし同時に心地よい感覚でもあった。
思考は成せても、頭の中に色が存在しない。記憶という名の色。再生する何もが此処には無い。
ただ、暗く暗く、ただ暗闇ではない世界の中で、一つだけ鮮明な色が自分を取り巻いていることに気付いた。
それは何の色だろう。目を開ければ分かるだろうか。
思考から思案へ。思案から想起へ。そしてここではない現実へ。
夜の海から這い上がるように、自分の意識は明るい何処かへと導かれていった。







頭が痛い。
最初に訪れた感覚はあまり歓迎できないもので、それを振り払おうと身動きを試みる。
だが、動かない体は指先が少し反応するに留まる。どうやら相当体力を消耗しているらしい。
ぼんやりと視線を動かして、やっと物の認識が叶うようになった。
あたりを見回す。覚えのある光景ではない。
想像していたのは、もっと埃っぽい何処かであった。
本当なら目を覚ますはずである何処か。それは、一体どこだった?

「…――」

自問して、気付く。いや、むしろ気付くことすら勘違いかもしれない。
思考はできるのに、思い出そうとしても自分の中は空っぽだった。
自分の名前、今居る場所、置かれている状況、考えるための道標。
背筋を這い上がる恐怖に、咄嗟に息を詰めた。
動かない体、動くことのできない沈み込む意識。
此処はどこだ?なぜ自分はこんなところにいる?
自分は――なんなのだ。

その時、突然部屋の扉が静かな音を立てた。
足音が響く。直接こちらへ向かってくる。
目だけは開いていても、なんとか首が動かせるか動かせないかの状態だ。
本能的な警戒が相手の気配を見定めるように張りつめていく。

「…ユーリ!!」

目の前に現れた人物は、何かを叫んで駆け寄ってきた。
自分を見て放たれたそれは、もしや自分の名前なのかもしれない。
金髪に青い瞳。見たことの無い綺麗な容姿のその人物。
警戒していたこちらが心配してしまうほどの焦燥を浮かべたその顔に、思わず目を奪われた。

「ユーリ…良かった、目が覚めたんだね」
「……」
「本当に、良かった…もう、このまま…目が覚めないんじゃないかと…」

自分の力では動かない手を取って、その人物は祈るように額を押し付けた。
知らない。彼を知らないのに――どうしてこんなにも、安堵するのだろう。
押し付けられた手が熱い。どうやら涙を流しているらしい。
こんな自分に…こんな、血に濡れた自分に。

瞬間、脳裏に浮かんだ鮮烈な赤色に、反射的に腕を振り払っていた。

「―あ…」
「ユー、リ…?」

視界の端に、驚いた顔がある。
だが、それどころじゃない。
次々と訪れる光景。赤に染まった視界。飛び散る命のそれ。手を濡らし、地面を濡らし、身体の芯に残る感触。人を貫く生々しさ。
そう、自分は剣を使っていた。剣で、人を、貫いて。

「ぅ……」
「ユーリ?どうした?」

様子がおかしいと思ったのだろう。
少しショックを受けたような表情をしていた彼が、自分の肩に手を置いた。
焦点が合わない視線。彼をまともに見ることはできない。
ただ広がるのは、赤く染まる海のような景色だけ。
誰かが倒れている。悟るのは、自分がその人物を殺してしまったという事。
罰を、と誰かの声が聞こえた。
罰を、報われることの無い罪人よ、お前は何を持って贖うというのか。

「…あ、あぁ…」

手の平に広がっていく、誰かの命の重み。
なんで、どうして。自分は人を殺したのか。それほどまでに憎んだ誰かがいたのか。

「ユーリ、しっかりしろ」

彼の声が聞こえる。
聞こえてはいても、返事はできない。自分には、呼ぶ名前が無い。
彼が誰だか分からない。
怖い、と思った瞬間、口から声にならない慟哭が迸った。

「――ッ!!」

人を殺した。
そのことだけが鮮明に、記憶の中に蘇る。
赤を纏う人。空を覆う碧。砂に埋もれる音。夜の街。川に落ちる誰か。雨が降る。月の明かり。くぐもった声。飛び散る紅。舞う光の渦。
生温いお湯に浸かったような気持ち悪さ。足元を覆う沼のような黒い鼓動。
遠くに瞬く光。手を伸ばすことはできない。たどり着いてはいけないから。こちらに光が寄ってきてはいけないから。
なぜそう思ったのかは分からない。
でもそうでなければいけないのだ。

気付けば、見知らぬ人の腕の中に居た。
動悸が収まるのと並行して、息が荒くなる。
知らない誰かに縋りつくように、支えてくれる腕を掴んだ。

「ユーリ?」

落ち着いた声が、荒れる息の中で澄んだ音で滑り込んだ。
どこかで聞いたことのある、柔らかくて甘い、優しい色。

「ユーリ、落ち着いた?」
「…だ、れ…?」
「…な…」
「お前…誰だ…?」
「君…まさか」
「ぅっ…」

相手が動揺しているのが伝わる。
疑問を口にすると、支えてくれる腕が強張った。
蒼い瞳が見開かれて、自分が映っている。
覗きこめば、吸い込まれそうな空の様に綺麗で、初めて赤ではない色に、少しだけほっとした。

「ユーリ…」
「…俺の、名前か?」
「…―そう。君は、ユーリ。僕は、フレン、だ」
「フレン…」

音に乗せた響きに、聞き覚えはなかった。
完璧に記憶が消え去ってしまっているらしい。先ほどまでの混乱が嘘のように心は凪いでいて、冷静にそう判断することができた。
なぜだろう。フレンが、隣にいるからだろうか。

「ユーリ。何も覚えてないのかい?」
「何も…わからない。此処は、どこだ?」
「ザーフィアス城の、僕の部屋だ。本当に、何も覚えてない?何でもいい、記憶に引っかかることは?」
「記憶…」

人の名前、場所の名前。
そういったものは、頭に浮かんでくることはなかった。
何か思い出せないかと思案する。浮かぶ光景は、水に囲まれた街と、隻眼の犬と、赤い色。
赤は、あそこからすべてが始まった気がする。

「赤い…血だ」
「……」
「人を、殺したことは…覚えてる。あと、犬がいて…」
「他には?」
「夜の街と、砂が一面に。誰かの声が聞こえるんだ」
「…ユーリ」
「声は、ずっと追いかけてくる。『罰を』――!」
「いい、ユーリ。ごめん」

不意にフレンに、遮られる。
抱きしめる力が強くなって、身じろぎをすれば更に強くなる。
目を閉じれば、再び赤色に視界は染まった。
呼び慣れない名前を、口にした。

「フレ、ン…」
「大丈夫、大丈夫だよ。此処にいれば、僕が守ってあげられる。だから、心配しないでここにいればいい。僕の事だけ、今は知っていて」

まるで懇願だ。祈りのような、低く哀しい声。
閉じていた瞼を撫でられ、震える。
目をもう一度開けたら、太陽のような金色と、白い部屋、そしてそっと手を繋がれた。

「君は、誰も殺してない。それは夢だ。忘れてしまっていいんだよ」

滑り込む心地の良い声に、意識が浚われる。
とても優しくて、安心する。
でも、いつまでも視界の端に留まる赤い血溜まりは、忘れるなとその存在を主張していた。
繋がれた指を、自分から更に深く絡める。
忘れることなんてできないと、心の奥から昏い声が告げていた。

ユーリ。

自分の名前なのに、虚しく空っぽの器みたいだ。





(自分という存在が、わからない)
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ミコト様へ捧げます。リクエストありがとうございました!
何というかもう書いててどんどん燃えました。趣味全・開です。
そこまでグロくしたつもりはないのですが、大丈夫でしたか…?
これからもどうぞよろしくお願いいたします!本当に素敵な素敵なリクエストをありがとうございました!