リナリアの恋
*フレユリ♀で切な甘
*ジュディやらカロルやらも登場
*ちょこ様のみお持ち帰り可
数年ぶりに会った幼馴染が、マンションの隣の部屋に引っ越してきた。
どんな偶然だと、律儀に挨拶に来た彼を迎えた玄関先で驚いたけれど、正直に言えば嬉しさが勝った。
ユーリに対して、まるで保護者の如く口うるさくて小言の多い彼は、昔より落ち着いて他人と距離を取る大人になっていた。だが、それ以上に大人であるという部分を意識させるのはその容姿であった。金髪碧眼に加え、整った顔立ちと優しい眼差し。
お互いの家庭の都合で、最後に会ってからおそらく五年以上。幼馴染の贔屓目を抜いても昔から格好良かったと思うし、相当モテていたのも知っている。それを補っても余りあるほど格好よく育っていた彼に、会って早々「かっこよくなったな…」と呟いてしまったほどだ。
性別が違うという事がそれほど影響することなく、ユーリと彼――フレンは、他人から見れば驚くほど近い距離で、ほぼ一緒に育った。
幼い頃から一緒の布団で寝て、手を繋いで、遊んで。ずっと一緒に居ると疑うことなく、無邪気な子供だった。
それでも、思春期と呼ばれる時期を共に過ごしていないから、お互いがどのように育ったのか、大人になっていったのか、知らない数年を過ごして。
彼に対する気持ちの変化に、気付かずにはいられなかったのだ。
仲の良かった幼馴染が、久しぶりに会ったら恋心を抱いているなんて、フレンが知ったらどう思うだろう。
想いを告げることに躊躇いがあった。関係を崩したくない、このまま親友でいられたらという誘惑。
互いの部屋を気負うことなく行き来して、一緒にご飯を食べたり、仕事の話をしたり。
どこまでも平行線で、でも決して遠ざかることはない。
その関係のままでいいじゃないか、と心のどこかで思っていた。
そんなある日、彼が珍しくお酒を手にユーリの部屋を訪ねてきた。
「せっかく美味しいワインがあるから」と微笑まれて、わざわざ持ってきてくれたことに嬉しくなって。
気付けば良かったんだ。フレンがそんなことをするなんて、きっと何か良いことがあったからだと。
そしてその「良いこと」に、自分は関係していないのだと。
ねえユーリ、と切り出された会話に、いつも通り「どうした?」と返答して。
どこか遠くを見る様な、目を細めた彼の視線の先に、ユーリは居なかった。
「僕、付き合おうと思っている人がいるんだ」
どうして、彼の『親友』なのだろうと。
これほどまでに自分を、そしてフレンを恨んだのは初めてだった。
*****
勤め先は、個人経営のこじんまりとした内装が魅力だという、この近辺でも知る人ぞ知る隠れた洋風レストラン。
大通りからは少し離れた場所にあって、会社勤めのサラリーマンが訪れる様な店でもない。
料理を作るのは、ユーリのほかにもう二人。そして、唯一のウェイトレスであるジュディス。看板犬のラピード。
朝早くから仕込みを初めて、開店の11時に間に合わせるように厨房で包丁を握るユーリは、いつになく呆けていて、その様子をラピードが心配そうにカウンター向こうから見つめていた。
「…ユーリ、どうしちゃったの?」
「さあ…私も詳しいことは知らないわ」
近所に住む少年カロルは、毎朝登校途中にこの店に寄るのが日課だ。
仲の良いお姉さん的な存在のユーリが、珍しく落ち込んでいるらしいのに、心配そうに視線を送る。
「昨日はいつも通りだったもんね…なにかあったのかな…」
「私も気にしておくわ。ほらカロル、学校に遅れてしまうわよ?」
ジュディスに促され、しぶしぶといった様子で店を後にする。いつもならユーリも見送ってくれるのだけれど、どうやらその余裕も無さそうだ。こうなってしまった原因としてあり得そうな可能性を考えながら、包丁さばきだけは淀みないユーリに声をかける。
「ユーリ、カロルはもう行ってしまったわよ?」
「え?…あ、そっか」
「どうかしたの?朝から心ここに非ず、という感じだけれど」
ユーリは、うん、と頷いた後に、包丁を止める。
切り終わった具材を鍋に入れて火をつける動作は無意識のうちに行われているようだけれど、いつまでもこの様子では怪我でもされてはいけない。と、どう切り出そうか迷っているうちに、ユーリの方からぽつぽつと喋り始めた。
「親友の恋をさ…応援してやりたいんだ」
親友、と言うと、前にユーリが言っていたフレンという幼馴染の事だろうか。
自慢の親友なのだと。久しぶりに会えて嬉しいと語る口調に、恋をしているのだと告げたら、そうかもと珍しく肯定していたから、きっとユーリにとって大切な人。
その彼の「恋」を、応援したいという彼女。
ユーリは鍋をかき混ぜながら、すっと目を細める。口元には、僅かな笑みが浮かんでいた。
「だから、俺が好きだなんて、迷惑かと思って」
「でも好きなんでしょ?」
「…ジュディなら、そう言うと思った」
諦めたように笑うなんて、らしくないと思っても、ユーリはそんな笑みを浮かべたまま「あーあ」と溜息をつく。
「でもさ。自分の中で、片思いでも良いっていう部分もあるんだ」
「ユーリは、彼の事が好きなのでしょう?」
「好き…好きだよ。たぶん、一生。でも、あいつは違う」
「それでも、諦めたくないの?」
「…考えて、さ。なんで俺じゃねーのって思ったけど…フレンの事好きだから、応援してやりたいって思うことにしたんだ」
「でもそれは、ユーリが苦しいだけじゃない」
「フレン苦しませるよりいい」
「私が、納得しないわ」
「厳しいな、ジュディは」
はは、と笑って、火を弱める。
話している間にも整えられていった鍋の中では、コンソメと塩、いくつかのスパイスと調味料で味付けが成されたスープがくつくつと煮立っている。味見、と言って渡されたものは、いつも通りの美味しさだった。
蓋をして、次の料理の準備に取り掛かるユーリの背を見つめて、ジュディスは心の中で一人呟く。
全然納得しているようには見えない、と。
* * *
帰宅したユーリは、着替えることもなくソファに横になる。
昨日の夜は、ここでフレンと一緒にお酒を飲んで、二人で他愛もない話をして。
思い出して、忘れてしまいたいとぎゅっと目を閉じる。
「付き合おうと思っている人」が、どこの誰か聞くよりも、フレンにそういった対象がいることに驚いた。相手に言われるまでに気付かれないような鈍い奴だと思っていたから。でもよく考えてみれば、当たり前の話なのだ。フレンが自分以外の人を好きになる確率の方が高いに決まっている。自分より素敵な女なんてたくさんいるし、フレンにしてみれば、ユーリはあくまで親友で、それ以上でもそれ以下でもない。
きっと、彼女になった女性をユーリに紹介するくらいの事はするだろう。
なんて鈍感で、憎らしくて…大好きな、フレン。嫌いになる事なんてできない。
恋心は諦める必要はないと、自分では思っている。でも告げることはしない。
羨ましく思うだけだ。フレンに愛される女性を。
どんな人なのだろう、と想像する。ふわふわとした可愛らしい女の子か、それとも年上美人か。フレンがあんな風に、優しい眼差しで思い出すくらいなのだから、自分のように「俺」なんて一人称を使う様な女性とは正反対なのだろう。
閉じていた目を、うっすらと開く。
部屋の中は暗いまま、時計も良く見えない。ぼんやりと顔を挙げて、部屋の明かりでも付けるかと立ち上がろうとしたとき、リン、と呼び鈴が鳴った。
反射的に息を潜めて、扉の向こうの誰かの気配を探る。
そんなことをする必要もなく、知った声が「ユーリ?」と自分の名前を呼んだ。
フレン、だ。
「ユーリ?いないのかい?」
いる、と返答するのは簡単だ。
なんだいるんじゃないか、と呆れたようにフレンは言って、部屋の明かりもつけずに何をしていたのだと聞く。
容易に想像できることに苦笑して、でもフレンには会いたくなくて、そのまま再びソファに身を埋めた。
「ユーリ」
扉一枚を隔てた外にいる彼。
まだ帰ってないと思えばいい。別に、自分を気にすることなんてない。
保護者でも、恋人でも、ないのだから。
やがて諦めたのか、扉の前から離れていく気配。
でも部屋はすぐ隣だから、こちらが物音ひとつ立てれば、いると気付かれるだろう。
ガチャリ、と隣の部屋の扉があく音がする。電気をつける音。心なしか引きずっているような足音。疲れているのだろうか。
ユーリはクッションを握る手に力を込めて、体を丸めた。
こうまでして自分が気配を隠している理由は一体どこにあるのだ、と自分自身に突っ込んでしまうが、今はともかくフレンに会いたいとは思えなかった。
会ってしまったら…色々なものが、溢れてしまいそうだから。
弱いな、と思う。諦めないけど応援して、好きだけどそれは秘密にして。
決めたばかりなのに、当人を目の前にしてしまえば揺らぎそうな決意。なんて、弱い。
フレン、と名を呼ぶ。もう一度、繰り返し繰り返し。
好き、という言葉だけは、とうとう出てこなかった。
目が覚めたら、時計の針は既に九時を指していた。
驚いて体を起こすと、格好は昨日のまま。跳ね起きた際にずきりと頭痛がして、唸る。
どうやらあのまま寝てしまったようで、朝日どころか太陽は既に部屋の中を明るく照らしている時間。
急いで用意をしなければ、と立ち上がろうとした瞬間、ぐらりと体が揺れた。
え、と驚く間もなく、足から力が抜けて床に倒れる。
がたん、と派手な音がして、鞄の中身がひっくり返った。
どうやら、完全に風邪をひいたらしい。痛む頭の喉が症状を物語っていて、とりあえず店に電話しなければと携帯を取った。
起動した画面に映ったのは、『着信5件』という文字。
「…フレン、か…」
どうやら、電話をかけてきていたらしい。
心配しているかな、とも思ったが、もう家は出ているだろう。
まずはジュディに電話か、と携帯の着信履歴から名前を選んで、コールする。
なんとか体をソファに預けた時、ちょうどコール音がやんだ。
『もしもし?』
「あー…ジュディ…」
『酷い声だわ。風邪?』
「そうみたい…」
『分かったわ。休みにしておくから』
「頼む…」
こういう時、本当に話が早くて助かる。
『夜、そっちに行くわ』
「うん…」
『そう言えば、フレンが今朝こっちに来たわ。あなたを心配してたみたい』
「そっか…」
『とりあえず、お大事にね。安静にしてて。何か買っていく?』
「…たぶん大丈夫…」
ぷつり、と電話が切れる。
音に重なるように、ジュディの台詞が浮かんだ。
フレンに、心配をかけてしまった。心配しなくても、大丈夫なのに。
「…フレン」
弱弱しい声は、風邪のせい。そうでなければ、耐えられない。
こんな時フレンが隣にいてくれたら。思ってしまったら溢れる想いは止められないのだ。
何度も名を呼ぶ。昨晩の様に。
携帯の画面に映る名前を、ただひたすら紡ぐ。
心配してくれて、嬉しい。嬉しいけれど、好きな人ができたならそれではだめだ。
フレンにとっての一番は…自分ではないのだから。
思考に靄がかかる。もうこのまま寝てしまえば、楽になる気がしてソファの下からブランケットを引っ張り上げた。
薬を飲む気力もないくらい、体が怠い。ジュディスが来ると言っていたし、それまで寝ていればいい。
ブランケットを腰まで引っ張り上げたところで、不意に隣の部屋から物音が聞こえた気がした。
隣――フレンの、部屋から。
「…?」
正常に働かない判断力は、それを不思議と捉えることなく眠気へと誘っていく。
ユーリは、なんだろうと目をうっすらと開けて、次に聞こえてきた音に扉に視線を送る。
リン、と鳴るのは自室の呼び鈴。誰か、と思う前に重々しい音を立ててそれは開いた。
―部屋に入ってきたのは、今までずっと名前を呼び続けていた、その人。
「ユーリ!!」
焦りを滲ませた声の主は、足音も荒くユーリの隣まで走ってきて、膝をつく。
金色の髪が視界に広がって、焦点の合わない自分の瞳を恨めしく思った。
ああ、本当にフレンなのだろうか。ただの夢なのではないかと、歪んだ視界の中で考える。
「ユーリ、僕が分かる?ユーリ!」
「…ふ…れ、ん…?」
「そう。ほら、運ぶから掴まって」
「ど、して…しごとは…?」
「僕のことはいいから」
小言を言わないフレンなんて、珍しい。やはり、夢でも見てるのではないか。
ソファの感触が遠ざかって、フレンの腕に支えられているのが分かる。
ふわふわと麻痺したような感覚が全身を纏って、今にも意識が飛びそうだ。
逞しい腕が、そっとどこかに下してくれる。身体が沈むと同時に重く息を吐くと、フレンの手がそっと自分の額に触れた。冷たくて、気持ちがいい。ほっと息を吐くと、今度は首筋に手が当てられて、そっと髪を梳かれた。
「熱が高い…」
「……」
「ユーリ?しんどい?」
「…んっ…」
大丈夫、と言いたいけれど、喉が掠れて言葉が出ない。
聞かれることで自覚症状が出てきたのか、酷く痛む頭に眉を寄せる。
潤む視界に金髪が揺れて、咄嗟に手を伸ばした。
「…フ、レ……」
「大丈夫、ユーリ?」
優しい問いかけに、涙が自然と浮かぶ。
熱のせいだ。熱に浮かされて、こんな風に、いつもの自分らしくもなく。
フレンに縋って、ずっと隣にいてほしいなんて。
「フレン…フレ、ン」
「此処にいるから、大丈夫」
だから、今口から零れ出そうなこの言葉は、本来なら言うべきじゃない。
でも言ってしまいたい。伝えたい。知っていてほしい。
「…すき…好き、フレン」
髪を梳いていた手が止まる。
ああやっぱり困らせてしまっただろうか。伝えなきゃよかったんじゃないか、フレンだって困ってる。心の声が、そうやってささやく。ごめん、フレン。こんなこと言われても、困るよな。
涙が次から次へと頬を伝う。無駄な水分を消費しているのに、止まらない。
本当は伝えない方が良かったんじゃないか。言ってしまったら、フレンはユーリを置いてもう戻ってこないんじゃないか。
こんな想い、迷惑だと思われたら…
ごめん、と無意識に呟いていた。聞こえていたのかはわからない。音になっていたかも定かではない。
微睡が酷くなって、重い瞼に逆らえず目を閉じた。
フレンの手が、そっと目じりに沿っていくのを感じる。
「…僕もだよ、ユーリ」
それが何を意味するのか、気付くことはできなかった。
* * *
胸騒ぎがした。鳴らしても返事のない隣の部屋。朝なのに、ユーリの気配がしない。
会社に行く前にユーリが働いている店に寄ってみれば、いつもなら二時間前には来ている筈のユーリがまだ居ないという。連絡もなく、無断で仕事を休む様な彼女ではない。昨日から家にも帰っていないようだったが、もしかして家にいるのに出られないのでは。
そう思って一度マンションに戻る。ユーリの部屋のポストには新聞が入っていて、まだ起きていないのか、それともいないのか。
とりあえず自分の部屋に荷物を置いて、今日は出社しないことを会社に連絡し、臨時で有給休暇にしてもらって。
電話の向こうの上司は、「いつも優秀だから大丈夫よ〜」と理解のある人なので、とりあえず明日また連絡することを告げて電話を切る。
その時、隣の部屋でどさりと何かを落とすような物音が響いた。
普段は聞こえてこないその音に、眉をひそめる。壁に耳を寄せれば、ぼそぼそと話し声が聞こえて、それがユーリの物であると判断して。やはり居る、とチャイムを鳴らしても扉を開けに来る様子はない。仕方なく合鍵を使って扉を開ければ―ぐったりとソファに身を預ける彼女の姿に、ひゅっと息をのんだ。
「ユーリ!!」
思わず叫び、駆け寄る。
熱い息と赤い頬、対照的に白い肌と、汗ばんだ額。熱がある様で、ぼんやりとした焦点は、相当しんどいはずだ。
フレン、と掠れた声に名前を呼ばれ、慌ててベットに運べば、先ほどより荒い息にこちらの息が苦しくなりそうだ。
昨日の時点で、きっと風邪をひいていたに違いない。それなのに、チャイムを鳴らしてもいないからとろくに確認もしなかったから、こうなってしまったのだとしたら。
大事な大事な人なのに。やっと自覚した恋心を伝える前に、試すようなことをした罰があたったのだろうか。「好きな人ができた」なんて遠回しな言い方で、ユーリがどう反応するか見てみたいなど。
ごめん、と心の中で謝る。良くなったら、ちゃんと伝えるから。
「…フレン」
ユーリを見る。黒い瞳は涙にぬれていて、相当酷い熱に苛まれているのが手に取るように分かった。
「…すき…」
呟き。本当に小さな、聞こえなくてもおかしくない程の微かなもの。
でも、はっきりと伝えられたそれに、フレンの手が止まった。
好きだと、朦朧とした意識の中。もしかして、夢だとでも思っているのだろうか。
ユーリの目が閉じられる。目じりの涙の跡が、たまらなく愛おしくて、そっと指でなぞった。
「僕もだよ、ユーリ」
大好きだよ。君だけなんだ。君が居ればいいんだ。
愛してる。
「ごめんね…早く、元気になって」
そうしたら、今度はちゃんと伝えるから。
(片思い同士の両想い)
*****
ちょこ様へ、フレユリ♀で社会人パロ+ユーリ片思い+最後は両想い!をお送りしました!
なんかもう書いてたらどんどん楽しくなって、長々と…あれ、両片思い?
そして気付いた。私は、ジュディスが大好きなんだと。後でフレンはジュディにぼこぼこにされればいいと思うよ。
リクエストありがとうございました!これからもどうぞよろしくお願いいたします。