箱庭独歌

*フレユリinTOAで微シリアス
*葉月様のみお持ち帰り可





師匠、と聞き慣れた声が中庭に響く。
豪勢な王宮の二階。中庭が一望できる窓の一つから、遠目でも分かる鮮やかな赤い髪。
フレン、そしてヴァンと打ち合っていた剣を止め、ユーリはその姿に目を細めた。
年齢にしては幼さの残る面差しと、窓から身を乗り出した無防備さ。
何度言っても直さない子供のような行動を溜息交じりに窘める兄貴分は、今は不在のようだ。
フレンは抜身の剣を鞘にしまい、手合わせをしていたヴァンに頭を下げる。
ルークが此処にやってくると見越した上での行動だ。ヴァンも同じく剣を収めたので、ユーリもそれに倣う。

案の定、ルークは満面の笑みを浮かべて三人の元へ駆けてきた。
ここファブレ家の子息は、生意気で乱暴で幼稚だが、どこか憎めない性格をしている。
年齢に似合わない幼さが、あまりにも不自然な少年でもあった。

「三人とも、俺がいないのになんで稽古なんかしてんだよ!」

分かりやすい拗ねた様相で文句を言い始めた。
フレンは硬い表情のまま、律儀に「申し訳ありません」などと謝っているし、ヴァンに至っては諦めたような苦笑だ。
この世界はあまりにも狭く、偏って、息苦しい。
外の世界を知っているユーリにしてみれば、尚更。

「ユーリ!お前も、俺様に対する誠意ってもんはないのかよ!」
「は?」
「ユーリ、ルーク様に対して無礼だ…!」
「フレンはわかってんじゃん。ほら、お前も俺に謝れよ」
「何に対してだよ」
「ユーリ!!」
「フレン、お前ちょっと黙っとけ」

コンコンッ、と鞘で肩を叩いて、ユーリはルークに相対する。
見上げてくる眼差しの苛烈さに恐れ戦く者も多いと云うが、ユーリにしてみれば単なる子供の癇癪だ。
それこそ彼を護る義務はあっても、それ以外の事に配慮する必要は特にない。
フレンに言わせれば「王族に対しての口調ではない」らしいが、なんともお堅いことこの上ないでないか。
知り合いの皇族なんて、むしろ友達になりましょう、くらいの器量の広さだというのに。

「ほらルーク坊ちゃん。何に対して謝れってんだ」
「俺は、次期ファブレ家の当主だ!敬意を払うのが当然ってもんだろ」
「はいはい、それは悪うございましたねルーク坊ちゃま」
「誠意をこめろ」
「十分込めたよ」
「…っ!お前なんて、すぐに父上に言いつけて辞めさせてもいいんだぞ!」
「そりゃ清々するな。坊ちゃまのお守りはなかなかに大変だ」

ユーリは大げさに肩を上下させ、からかいと共にルークを見下ろした。
言葉ではユーリに敵わない事が分かっているルークは、そのまま唇を噛んで悔しそうに睨みつける。
流石にそれ以上の言い争いは場にそぐわないと判断したのか、ヴァンがルークを呼んだ。
ユーリに不満が残るルークは悪いことをした相手を言い付けるような言い草でヴァンに訴えている。
本当に、子供だ。

「…ユーリ」
「おう」
「まったく…おう、じゃないよ。心臓停まるかと思っただろ」
「だってお前、おかしいと思うだろ?」
「それとこれとは別で。一応雇い主の子息なんだから、それなりに敬わなきゃ」
「…なんだかんだで、お前も俺と同じ考えなのはよーく分かった」

ルークに対して思うところがあるのは、フレンも同じという事か。
というのも、この屋敷の人間は、あまりにもルークに甘すぎる。
遠巻きに囲むだけの、干渉しない甘さ。
ルークをルークとして見ているのではない。過保護なわけでもない。
まるで、『彼の望みどおりに世界は回っていると錯覚させる』ような甘さだ。
それは張りぼても見せかけも良いところの、危うい均衡で成り立つ歪な世界。

フレンだって、それに気付いている筈だ。
それなのに何も言わないのは彼なりに割り切っている結果だとは思うけれど、おそらく腹の中で怒りが沸いているのは間違いない。幼馴染の自分だからこそ断言できる。

「―でも師匠!」
「もっと、ファブレ家次期当主としての自覚を持ちなさい」

お得意の文句で、二人の話は終わったようだ。
不承不承といった体で腕を組んだルークは、振り向いた先にユーリと目があって慌てて逸らす。
いつものパターンから言って、そのまま悪態の一つでもついて去るかと思えば、意外にも歩み寄ってきて吐き捨てるように言い切った。

「いいか!今度俺と勝負しろ!」
「なんでそんな話になったのかわかんないけど、どうした?」
「俺がお前に勝って、俺は悪くないって証明してやる!」
「…へえ」

すっとユーリの目が細められる。
仮にも黒獅子の別名を持つユーリに、勝負ときた。
受けてやる義理もないが、ここで一回叩きのめしてやるのも手かもしれない。

そう思っていたところに、突然ルークの背後からこれまた聞き慣れた声が彼の名を呼んだ。
ルークの幼馴染兼使用人の、ガイ。

「ルーク、こんなところにいたのか」
「うるせえ!着いてくんじゃねーぞ!」

がたがたとおおげさに意地を張る。
叫んだまま走り出したルークの後姿に手を伸ばしたガイは、しかし追うことなくじっとその場に佇んだ。

「おい、お坊ちゃん」
「んだよ、うっせーな!」

鬱陶しそうにしても、ちゃんと返事はするのだ。くすりと笑って、ユーリはわざと挑発するように言い放った。

「俺は逃げも隠れもしないぜ。正々堂々、勝負してこい」

その言葉に、ルークの足が止まる。
何を思ったのか定かではないが、そのまま振り返ることなく、再び屋敷の中に去っていった。

ガイ、ヴァン、フレンとユーリ。異様と言えば異様な四人が場に残される。

「まったく…手合わせ一つで癇癪を起こされても困ったものだ」

ヴァンの呟きに、ぴくりとユーリの眉が寄った。

「そう思ってるなら、最初からそう言ってやればいいだろ?」
「それでは意味が無いのだよ」
「意味…ね」

乾いた唇を舐める。
いったいそこにどんな意味があるというのか。
疑問は口にすることなく、心の底に沈む。
ヴァンはどこか遠くを見ている。ルークのことなど見ていない。その向こう、何か得体のしれない未来を、見据えているような気がする。
以前、フレンが口にしていた言葉だ。ユーリもまた同じように思っていた。
しかし、本人を前にそれ以上の追求は無理であろうという事実も、どこかで理解していた。
だからこそ、遠回しに言うしかない。

「ヴァン、そろそろ時間じゃないのか?」
「…そのようだ。失礼しよう」

ガイが言うのは、一度教団に戻る必要がある、という事だろう。
ルークと同じ建物に歩み始めたヴァンの背中は、ぴんと張って凛々しいものだ。
それなのに、心の奥が見えない。前を見据えているからではない。『前だけしか見ていないから』。

「…お前ら、あいつに何をそんなに望んでるんだ?」

フレンの、咎める様な視線がユーリに注がれる。
必要以上の追求は身を滅ぼす。分かっているが、聞かずにはいられなかった。
ヴァンは、その問いかけに対するものか否か、足を止めてユーリを振り返る。
ガイもまた、苦いものを口に含んだかのような顔をしていた。

「何を…それは当たり前のことだ。立派な『人間』になってもらわなければいけないからな」
「ガイ、お前は?」
「……」

無言が語るものの真実はわからない。
それでも、何かしらの思惑があることは見て取れる。

ここには、ルークを心配する人間はいない。
そう判断するには十分な答えだった。
ユーリがそれに憤る理由はない。構う必要もない。それでも、言わずにはいられなかった。

「お前らが思ってるほど、あいつの内面は単純じゃないぜ」







(手にした剣が、ずしりと重みを与える。
師匠は、いつも真面目に取り組めと言うから、自分なりに真面目に取り組んだ。
だから強くなった。強くなったんだ。師匠が強くなったと言ってくれたのだから。
あいつは、ユーリは、俺を敬うどころかけなす。俺の方が偉いのに、偉そうに喋る。
それが気に食わない。だから、剣で勝てばあいつを超えられる気がした)



「ユーリ、本当に勝負を受けるつもりなのかい?」
「ああ…まあ、心配すんなって」

決して侮るな、と目で訴えてくるのでユーリはフレンの肩を叩いた。
心配そうな表情は、彼なりに止めるべきではないという思いその反対の気持ちがあるからだろう。
ユーリにしてみれば無用の心配だ。
口の端に笑みを浮かべた。




(こんなに嫌いなのに、どうして、こんなに気になるのだろう)
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フレユリinTOA、お送りいたしました。
可愛くて単純なルークと、お兄さんなユーリ。ちょっとシリアスが強かったかな…
楽しく書かせていただきました!ありがとうございました!
これからもどうぞよろしくお願いいたします。