one day dream

*ユーリが子供になりました。フレユリ。
*せり様のみお持ち帰り可






かつかつかつかつ。
廊下に固い鎧の音が響く。
騎士団長フレン・シーフォは、かつてない程動揺して廊下を早足に駆け抜けた。
その姿に驚く騎士団の面々に目もくれず、己の執務室を目指す。
平時ではありえない荒々しい扉の音を立てた後靴の音が止まった。
部屋の中でフレンを待っていたのは、いつもと変わらない凛々の明星のメンバー。
そして、一人だけいつもとは異なる、黒髪の幼馴染。

「フレ…ン?」

探るような、確かめる様な頼りない声。
いつもの、低くて言葉の端々に皮肉を含んでいるものではない。
柔らかいのに棘がある、子供特有の高い声色。
凛とした黒曜の瞳はそのままなのに、背丈が半分ほどだろうか。
フレンを見上げてくる、幼い雰囲気を纏った、その子供は。

「ユーリ!」

10歳前後の容姿をした幼馴染が、そこにいた。



*****



ユーリがベットの上でちょこんと座っている横で、リタは腕を組みながら眉間にしわを寄せていた。
結論から言えば、大量のマナに巻き込まれた結果、という事らしい。

「ちょっと、マナの実験に付き合ってもらったんだけどねー、うまくいかなかったというか」
「魔物との戦闘中にマナを攻撃力に転用する術式を使ってみたのだけど、ユーリの物だけエネルギーが逆流したみたいなの」
「そしたらエネルギーが人間の身体にも影響しちゃったみたいで、こんなんになっちゃったのよ」

リタの口調から特に重大なことではないようだが、フレンとしてはユーリの容体は気になるところである。
それが顔に出ていたのだろうか、リタは「大丈夫よ」と事もなげに手を振った。

「たぶん、一日くらいで元に戻ると思うわ。一気に大量のマナが体内に流れたからよく分からない現象が起っちゃったみたいだけど、明日になればマナも体外に排出されると思うし」
「…それは良かった、と言うべきなのかな」
「で、ユーリったら、記憶の退行に伴って私たちの事も忘れちゃうんだもの」
「だから僕の所に連絡が来たのか」
「ええ。第一声がフレン、だったから」

愛されてるわね、とジュディスは顎に手を当てた。
ユーリはその間、フレンを窺う様にじっと見つめている。
10歳前後の彼はこんなに大人しかっただろうか。いまいち覚えがないが、全身が強張り、緊張が手に取るように分かるので、大丈夫という意味を込めてユーリに微笑む。
と、今度は胡散臭げな眼で見られた。

「…ともかく、こいつの事任せたわ」
「分かった。明日まで預かればいいんだね」
「お願いね、フレン。流石にこの姿で、仕事は難しいし」
「ジュディスとリタは、もう仕事に戻るのかい?」

リタは、まーね、と言いながら既に部屋の扉に向かって歩いていた。
その後に続いて、ジュディスもフレンに背を向ける。
見送ろうと扉の前まで行けば、ジュディスに意味深な視線を投げられた。
ちらりと、ベットに腰掛けるユーリを見て優美に微笑む。
美しいが、からかう様な誘う様な妖艶な笑みだ。

「取って食べては、駄目よ?」
「……なっ――!」

一瞬意味が分からず眉をひそめるが、その意味を理解して絶句する。
鎧が大げさに跳ねる様に、くすりとジュディス特有の唇の端だけが笑みを象って、するりと風の様に目の前から颯爽と立ち去って行った。
一気に湧いた頭の血が冷静に循環するために必要な、数秒。
フレンは、年下とはいえ侮れない彼女の悪戯ともいえるからかいに、深くため息をついた。

気を取り直して、部屋にいるユーリの傍へと歩み寄る。
特に億する様子のないユーリは、部屋の中をきょろきょろと見回していた。
この仕草は、あまり今と変わらない。

「…驚いたかい?」
「まあ…あんた、フレンなんだよな?」
「ああ。僕は間違いなくフレン・シーフォで、君の幼馴染だよ」
「そっか…って、別に安心するようなことでもねーけど…」
「混乱すると思うけれど、ここは君が知っているのよりも、だいぶ未来の世界にあたると思う」
「それは、なんとなくさっきの話で分かった。けど、正直俺も、よく分からない」

聡明だ。冷静で、状況を分析できる。
子供特有の柔軟性だろう。しかし、不安なことに変わりはない筈だ。
フレンは、ユーリの隣に座ると、その頭を撫でる。
嫌がるかと思ったが、ユーリは意外にも大人しく撫でられるままでいた。

「お前…今、いくつなんだ?」
「僕は、今年で24歳になるよ」
「そっか。じゃ、13年後ってことになるんだな」

信じらんねー、とからりと笑う様に不安さは無く、逆にフレンの方が尋ねた。

「ユーリは、怖くないのかい?」
「怖いって何が?」
「君は周りの人を知らなくて、僕は大人になっていて、突然世界は13年も進んでいたんだ」
「そこらへん、お前は全然変わってねーのな」

ユーリの笑みに、少しだけ苦いものが混じる。
子供らしからぬそれに、思わず撫でていた手が止まった。
次の言葉が出るまで、少しだけ時間が空いた。
ユーリの手が、フレンの甲冑にそっと触れる。

「ここ、座れよ」

ユーリが、自分の隣を指す。
何をするのだろうと思いつつも、言う通りに座れば、ぐっと腰を掴まれて抱きつかれるような体勢になる。
コンッと鎧に額が当たる音がして、慌ててユーリの肩を掴んだ。

「ちょ、痛くない?大丈夫?」
「平気だよ、これくらい…」
「ユーリ…どうしたの」
「んー…フレンだなぁって」

ぎゅっと更に腕に力をこめてくる。
甘えているのだろうか。今のユーリからは想像もつかないが、そもそも彼はあまり人に甘えることを得てとしていないと記憶している。
それなのに、この行動。何か理由があるのだろう。
好きにさせてやっていると、ユーリは固い鎧がお気に召さなかったのだろう、顔を挙げて「鎧をとれ」と命じてきた。
流石に城内でそれはできないと反論すれば、きょとんと大きな目を更に大きくした。

「お前、そう言えば…騎士なのか?」
「え?ああ、そっか……うん、今僕は、騎士団に所属してる」
「騎士…フレンが…」
「ユーリ?」
「…お前は、そうだよな。覚えてないよな」

ユーリは諦めたようにため息をついた。
フレンには何のことを言っているかわからない。ので、素直に聞いてみてもユーリはすぐに答えるようには思えない。
暫し、彼の年齢とその時のことを思い出そうとして―11歳という年齢に、ピンとくるものがあった。

「そっか…そう言えば、僕が引っ越したのはこのくらいだったっけ」
「覚えてんだな」
「今まで忘れてたよ……そうだね。もう、引っ越した後だったのか」

こくり、と頷く。ユーリの髪に再び指を絡めようとして、冷たい甲冑で覆われている手に気づいた。
手の部分くらいは、外しても問題ないだろう。何にも覆われていない、素手でユーリの頭を撫でた。
その暖かさが理由なのか、ユーリは目を細めてその手に委ねる。まるで猫のようだ。
いや、この仕草も甘えも全部、淋しさからくるものなのかもしれない。
当たり前だが、自分が引っ越してから騎士団で再会するまでの間、ユーリがどうやって暮らしていたかを知らない。
もしかして、こうやって誰かに甘えることなく…一人で、生きてきたのだろう。
今こうしているユーリは、ユーリの記憶から形成されている筈だ。なら、フレンがユーリの元を去ってから、きっとこうやってフレンに甘えたいと思っても押しつぶされていた願望が、形作られているに違いない。

目一杯、甘えさせてあげたい。
それが、フレンの結論。


流石に通常の執務をおろそかにすることはできないため、ユーリの話し相手をしつつ書類をさばいていく。
フレンは今なぜ騎士団にいるのか、騎士団長という地位を手にいれた経緯、ユーリ自身が今どうしているのか。
順を追って説明していると、ユーリと再会してから3年、かなりの経験と世界の改変があったのだろ改めて思い知らされる。
ユーリも、まるでお伽噺でも聞いているかのように相槌を打ちながら、フレンの話に耳を傾けていた。

やがて夜も近くなり、執務室に運ばれてきた夕食を二人で囲んだ。
ユーリは、並ぶ料理に少しだけむすっとしていたが(おそらく下町の事を考えたのだろう)、幼い仕草でフレンを真似てフォークとナイフを扱う。下町にいた頃はマナーなんてあまり気にしていなかったけれど、フレンに負けじと覚束ない手つきで皿を綺麗にしていく姿は、苦笑を誘うものだった。
いつも張り合って、でも仲が良くて、なんでも二人ではんぶんこ。
懐かしさが胸に込み上げる。

「ほら、ユーリ」

スプーンで掬ったカットフルーツとヨーグルトを差し出せば、躊躇いもなく口にする。
昔はこうやって二人で、一つのスプーンを使って分け合っていた。

「んっ」
「おいしい?」
「ああ」

やはり甘いものが好きなのは今も昔も変わらない。
今では、先ほどの様にスプーンで「あーん」なんてした日には口をきいてもらえないほど恥ずかしがるユーリの世話をこうやって焼くのは、なんだか新鮮で、正直なところ楽しい。

「ほら、零さないように気をつけなよ」
「そんな子供じゃねーよ!」

フレンは、そうだね、と笑った。
久々に、純粋な笑いだと思った。



結局、夜はすぐに訪れた。
窓の外は既に暗くて、ユーリと一緒にベットに入る。
自分より一回りも小さい身体が、隣で安心したように丸まっているのを見て思わず抱きしめたい衝動に駆られた。
それを抑えて、ユーリに毛布を掛ける。

「お休み、ユーリ」
「ん…フレン、あのさ」
「なんだい?」

ユーリは布団の中で少しだけ身じろぎした後、夢を見る様な、嬉しさと切なさを混じらせた瞳をフレンに向けて。

「俺、お前とまたちゃんと会えて、一緒に居るんだって分かって、安心したよ」

幼い心に残ったしこりが、フレンに逢えたことで消え去ったと。
未来のユーリに、言われた気がした。

フレンはユーリの額に軽くキスをして、おやすみ、と呟く。
ユーリを抱きしめるように腕を回して。
その腕の中で、ユーリは嬉しそうに微笑んだ。

「おやすみ、フレン」





(翌朝、ユーリは元通りになって、いつも通りの朝が始まった)
*****
せり様へ、ちびユーリとフレンのかわいくて切ないお話。
ほんっとうに途中から、フレンにユーリを襲わせそうになりました(笑)
きっとちびユーリは可愛いに違いない!という甘えたユーリが書けました。幸せ。
リクエストありがとうございました、これからもどうぞよろしくお願いいたします!