いつかを願う本
*フレユリ幼少でほのぼの
*原作ベース
*千瀬様のみお持ち帰り可
下町に図書館というものはなかったが、本屋があった。
本は高価なものだったから勉強用以外に使ったことはなかったし、手に取る機会も少なかったけれど、その本屋には山積みにされた本がたくさん置いてあった。
整頓されていない書庫のようなそこは、難しそうな文字の列をなしているもの、絵が数ページにわたって載っているもの、埃にまみれているもの、運ばれて間もない綺麗なもの。
様々な本が所狭しと置かれていて、おおよそ本屋とは言い難く、また寄る人も少なかった。
下町の面々にとって本は実用的なもの以外、特別な価値はなかったし、お金を払って買うものでもなかった。
棄てられていれば誰かが手に取り。気に入れば持って帰る。
重宝されたのは、やはり子供の教育用の本や、料理などの本、そして地図が載っているもの。
立派な教育機関などなかったから、ほとんどの家庭では親が自分で子供に勉強を教えていたし、たまに先生の真似事で年長組が勉強を教えることもあった。本は、そのためにあるようなものだった。
本と違って、雑誌は身近なものだった。
例えば家には、数冊の雑誌などが置いてあり、それは下町の唯一の印刷会社が発行しているもので。
娯楽物もあれば、他の街の情報が載っていたり、今週の屋台の情報であったり。
経済の事も少し書いてはあったけれど子供には無縁のもので、主にその娯楽部分に心を惹かれたものだ。
そんな雑誌とは違う装丁のしっかりとした、重厚な本。
初めて訪れた本屋で、見上げる様な高さまで積み上げられている本の、なんと魅力的なことか。
フレンとユーリは心の赴くままに、それぞれ好き勝手に本を手に取り始めた。
ちなみに、本屋の主人とはフレンの父親が顔見知りで、連れてきてもらったのはいいものの、当の父親はいなくなってしまったので子供たちの自由行動だ。
ユーリは軽々と棚の上の本を手にとっては、下に置いていく。
それを横で眺めながら、フレンは近くにある本を手に取って表紙を覗きこんだ。
「『帝国法とその起源』…なんだろこれ」
「とりあえず帝国のなんかってことはわかるな。ほら、これなんか面白そうじゃね?」
「えっと…『ギガントモンスターとその生態について』?」
「中に何枚か絵が描いてあるだろ」
「あるけど…ほとんど文字だよ」
「お前なら読めるだろ」
「読めないことはないけど、単語が難しすぎて意味が分かんない」
言い合いながら、ひょいひょいとユーリがフレンに本を渡し、フレンは表紙を見たりページを捲ったり。
ユーリが見つける本は挿絵の多いものばかりだったけれど、ほとんど文字のものも多くて対して解読はできない。
それでも、宝探しをしているような高揚感と興奮に包まれた二人は、小一時間ほど本棚を荒らして、ようやく一つの本にたどり着いた。
それは、『海』の本。
青く澄んだ海、とまではいかないものの、少し古ぼけた紙一面に印刷された大海原の光景。
手前側は草原だろうか、ぼんやりと緑色の影が浮かび上がっている。
海と、空と、地平線と、白い雲。
見たことのない景色は、まるでお伽噺の様に綿あめのような甘さを伴って目に映り。この景色が現実のどこかに存在しているという実感にきらきらと胸が躍る。
二人して声も無く見入っておよそ十分。
先にため息のような深い息を肺から吐き出したのは、フレンが先。
「…すごいね」
「ああ…こんな場所が、どっかにあるんだな」
「どこにあるんだろう…」
ページの上を滑るフレンの指先が、場所が記されていないかを探す。
やがて隅っこに掠れた文字を発見して、フレンがぐっと顔を寄せて文字を読もうと挑戦する。
その隣ユーリは座ったまま、フレンの綺麗な青色の瞳が忙しなく右左に動く様を眺めていた。
ああ、もしかして海って、フレンの瞳みたいな色をしているんだろうか。
この色が視界いっぱいに広がったら、きっと綺麗に違いない。
「えーっと…えふ、み…どの…おか?」
「エフミド?どこだそれ?」
「うーん、わかんない」
「わかんないんじゃ仕方ないよな」
「そうだよね。でも行ってみたいなぁ…ユーリは行ってみたくない?」
「俺?俺は…」
素直に行ってみたいとも思うけれど、昔宿屋のおかみさんが語ってくれた嘘か本当か、真偽の定かではない海の話が頭に浮かんで。
「海って、塩が入ってるんだってよ」
「へえ、そうなんだ」
「長時間浸かると、体が溶けるらしいぜ」
「え!?」
「あと、深いところは足がつかないから、溺れて死んじゃうんだって」
「…海って怖いね…」
真に受けたフレンの瞳には、疑念と微かな恐怖が混じっていて、相変わらず真面目だなぁと思う。
こんなに綺麗なのに、と項垂れていくので流石に可愛そうな気がして、ユーリはフレンの肩をぽんと叩く。
「お前さあ…」
「でも確かに、海って見た感じすごく深そうだよね。深い所ってどれくらいあるのかな」
好奇心が勝ったらしい。
どうやら慰めも特に必要なさそうなので、さーな、と適当に相槌を打って立ち上がる。
他にももしかしたら海の本があるかもしれない。そう思って、本棚の上の方に手を伸ばしてみるが届かない。不発か、とユーリがむっと頬を膨らませる。
背伸びを加えてもう一度手を伸ばす。その拍子に積み上げた本に右手をついて、ぐらりと体が揺れた。
「へっ?」
ぐわん、と視界が反転して足元が揺れる。
「ユーリ!」
「フレッ」
肩を掴まれる。
しかし子供の力では遠心力と重力にかなうはずもなく。
二人して、ばっちり落下してきた本の下敷きになったのであった。
* * *
結局、迎えに来たフレンの父さんと本屋の店主に助け出され。
掘り起こされるような状態に積み重なった本はおよそ数十冊に及び、よくどこも怪我しなかったなと呆れられるほど。
無事だったし運は強いよな、なんて笑い合っていたら拳固を食らったが、二人とも拳固以上に衝撃的だった海の光景がしばらく脳裏から離れなかった。
本屋から家への帰り道、子供二人の好き勝手な海の話を後ろで聞く親。
暖かな夕陽が、海とは正反対の美しい色で空を染めた帰り道。
いつか一緒に海に行こうね、と約束をした。
*****
「いてっ」
無意識に声が上がったのと、背中にジンと痛みが広がったのは同時だった。
視界に広がるのは暗闇で、慌てて身を起こせばどうも床板の上に落ちているのだと気付く。
フレンは、今日は僕が落ちたのか、と思いながら自分と一緒にずり落ちた毛布を持って立ち上がった。
ベットの上には、すやすやと寝息を立てるユーリの寝姿。
暗い部屋の中でもよく分かる、真っ黒くベットの上で波打つ髪の毛。
その右足は、本来ならばフレンが寝ていたであろう場所を占拠していて、なるほどこれに蹴落とされわけであって、自分から落ちたわけではないと知る。
「……」
「ぐー…」
窓から差し込む明かりは月の光だから、まだ夜中といえる時間帯だろう。
不可抗力ながら完全に目が覚めてしまった。
これは間違いなく、目のまでぐーすかと気持ちよさそうに寝息を立てているユーリのせいだから怒っても良いところなのだろうけれど。
以前ユーリにも…というより、二人とも寝相がそんなに良いとは言えないから、ほとんど交互に相手を蹴落としているため、いちいち喧嘩をするのも無駄である。
少し前までは、起こされればすぐに相手も(半ば殴って)起こして、言い合って騒いでは怒られていたけれど。
それくらいの分別はつく年齢になったことだし、大人しくするべきだ。
ユーリの右足を若干乱暴気味押し退けて、寝るスペースを確保する。
そういえば毛布は自分ごと落とされたから、ユーリには何もかかっていない。
因みに当たり前だが、毛布は二人で一つだ。
仕方ないなぁ、と思いながらユーリに半分、毛布を掛けてあげた。
季節はもうすぐ寒い時期に入るから、風邪をひかれても困るし。
納得して、自分も肩まで毛布をかぶる。
ユーリは仰向けに寝ているから、真横から見つめれば彼の胸の上下とか、横顔が見える。
小さい頃から、フレンの隣にはいつもユーリがいる。
それは何の根拠もない偶然の結果だけれど、フレンはユーリといろんなものを半分こにする時、いつも思うのだ。
きっと自分とユーリは、一つのものを半分にして生まれてきたのだと。
だから、隣にはいつもユーリがいる。偶然じゃない。
そんなことをつらつらと考えていたら、だんだんと眠くなって、自然と瞼が下りていった。
瞼の奥に浮かぶのは、所々色の剥げた紙面に描かれた海の光景。
夕陽の中で交わした約束。
ユーリの髪の色は、きっと夜の海の色にそっくりなんだろうな。
寝言で、隣に眠る人の名前を呟きながら、フレンは「いつか」を夢見てユーリの手に自分の手を重ねた。
*****
千瀬様へ捧げます。
ほのぼのフレユリ幼少時代。海をテーマに書かせていただきました。
原作ベースになるでしょうか?あまり意識しませんでしたが、海のよく分からない噂話を真に受けるフレンがかわいいなあというネタから。
リクエストありがとうございました!これからもどうぞよろしくお願いいたします。