それは秘密のロマンス

*フレユリ♀で甘
*リクエスト「皇族パロ」
*ユーリが別人
*グレープフルーツ様のみお持ち帰り可





窓枠に足をかけ、高く葉の生い茂った木の枝に飛び移る。
衝撃で少しは揺れただろうが、自分の体重では風に靡いたくらいにした思わないだろう。
外側から見ても、おそらく自分が木の中にいるとは分かるまい。
タイミングを計ったから外見張りの姿も見えず、絶好のチャンスを逃すことなく外に出れたようだ。

問題は、騎士団の目をどう掻い潜るか。
命令されたことしかやらないくせに、体力と脚力だけは優秀な騎士に見つかってしまっては、連れ戻されることは必至。
前もって調べたルート(以前にも利用した)は、おそらくもう使えないだろう。
自分なら通れる大きさの塀の穴はどうやら塞がれてしまっているようだし、いったん地面に降りてしまっては見つかる可能性が高い。
ここは木を伝って塀の近くまで行き、飛び降りるしかなさそうだ。
淑女がそんなことをしてははしたない、などという感覚は、一応はレディである自分には備わっていない。
そもそも自分が大人しく城に囲われているレディなら、騎士団に脱走を追われることも捕縛されることもないし、そのことについて評議会に嫌味を言われることもないし、そもそも脱走しようとすら思わない。
淑女なんて称号は、自分の異母妹に相応しいのだ。

ともかく、城の外へのルートを頭に描いて、それをなぞる様に木々から木々へ跳躍する。
深窓の令嬢と言うには、いささか俊敏性と行動力が大胆なほどに備わっているお姫様。
姫など柄ではないと豪語する彼女の名を、ユーリといった。






市民街を歩くのは久しぶりで、ユーリには目に映る全てのものが目新しく感じられる。
城の中の薄暗い明りや、始終見張られている空間とは違う、自由で開放的な外。
それを知ってから、ユーリは城外で暮らしたいと強く思うようになった。
そして、その願いを後押しするような素敵な出会いに、先日市民街と下町と呼ばれる外壁部を訪れていた時に巡り合えたのだ。

同じ場所に行けば会えるかもしれない。根拠もないのになぜか確信を持って言える。
彼に感じた、運命のような、強く惹かれるその存在の居場所が、まるで二人を導く線のように繋ぐのだ。
それを辿って行けば。

「……フレン!」
「ユーリ!!」

ひらひらとしたスカートではなく、お忍び用に市民街で購入した黒を基調とした一見スカートに見えるズボンを風に乗せ、ユーリは目当ての人物に飛びついた。
フレンの金髪が視界いっぱいに広がって、やっぱりフレンに会えた、と頬を紅潮させる。

「…ユーリ、危ないよ、もう」

困ったように眉を寄せていても、人一人を抱き留めても揺らがない足元。
細いけれども逞しい腕に身を預け、ユーリはフレンの背に腕を回す。
ユーリより少しばかり背の高いフレンも、囲うように回した両腕に力を込めて抱擁を甘受した。
ひとしきり抱きついて満足したところ、ユーリは腕を離す。顔をあげ、満面の笑みを浮かべた。

「久しぶり、フレン」
「うん。4日ぶりくらいかな?」
「もっと長く会ってないと思ってたけど、そんなものなんだな」

フレンも腕を解いて、一歩下がった位置でユーリと対する。
黒髪は相変わらず動きやすいように結われておらず、白い肌にかかって首元に垂れている。
ユーリが動く度に垣間見える首筋は、男としての願望がそのまま映し出されたかのような妖艶さで、フレンを誘うのだ。
――我慢しているこっちの身にもなってよ、と思わないでもない。

「それで、今日はどこか行きたいところでもあるの?」

なるべくそこに目を向けないように理性を総動員させて、フレンは訪ねる。

「そうだな…この前フレンが言ってた、宿屋の女将さんに会ってみたい」
「ああ…そう言えば」

確かに、お世話になっている女将さんの性格なら、ユーリがどこの子であるとか身なりなどを詮索しないで、普通の子供として扱ってくれるだろうと思っての提案だった。
ユーリにとって面白い場所かどうかは分からないが、下町を下手に歩くよりもそちらの方が気負いもなく、何よりユーリの安全が確保されやすいだろう。

「じゃあ、行こうか」

すっと伸ばされた手に、ユーリはきょとんとする。
可愛い顔だなぁ、なんて頬が緩みそうになるのを抑えて、フレンは促すようにもう一度声をかける。

「手、繋がない?」

意地悪でも何でもなく、ただフレンは、手を繋いでいた方がはぐれることもなく安全だろうという感覚での事だったが。
まるで、秘密の恋をしている恋人同士のように。王子様のような容姿のフレンに言われたから、余計にそう感じるのかもしれない。
と、ユーリは自分の方が姫という身分であることすら忘れて、フレンの手にそっと自分の手を重ねた。
暖かくてしっかりとした指先と、掌。
この手が自分を守ってくれることを肌で感じながら。

それでも、守られるだけじゃなく強く在りたい自分。



* * *



フレンに直接身分を明かしたことはない。
皇族、という部分までは分からないだろうが、少なくとも貴族の娘であることは気付いているだろう。
着ているものは市民街で買ったものだし、皇族にしては乱雑な言葉遣いと所作。
お転婆な貴族のお嬢様、という認識でいてくれた方がまだ近しいし、親しみも持ちやすいだろう。
だから、できれば皇族であることを知られたくはなかった。

まあ、知られたところで態度が変わるような薄情な男だとも思ってはいないが。


「ここだよ、ユーリ」

繋いだ手に導かれていくつかの曲がり角と細い道を歩くと、少しだけ大きな通りに面した二階建ての宿屋。
決して豪華とか華美とかではないけれど、なんだか温かみのある雰囲気がじんわりと心に染みるようで。
言葉もなく見入るユーリの肩をそっと抱いて、フレンは扉を開けた。

すると、元気のいい女性の声がユーリ達を迎え入れて、驚いて目を丸くすると、フレンがくすくすと笑った。

「女将さん、ユーリがびっくりしてるよ」
「あらら、可愛い子じゃないの」
「フレンも隅に置けないなぁ」

好き勝手に言っては、がははと笑う大人たち。
ユーリは未知なるものを見るかのように彼等を見て、そしてその中でも一際存在感の大きい女性に視線を奪われる。
ユーリの周りにいる女性は、皆笑う時は何が楽しいのか楽しくないのか判別できないような統一された笑い方で、豪快に声を上げるなんてもってのほか。
もちろんユーリはそういった慣習が嫌いで、好きなように自分の感情を表現していたが。
それでも周りから見ればまごうことなく異端であることは理解していた。
だから、外ではこんな風に女性もお腹をかかえて笑ったり、大きな口を開けて笑うのだと知って驚いた。

「まったく…紹介するよ。あそこに居るのがこの宿屋の女将さんで、手前の男二人は、通りの向かいにある雑貨屋の主人とそのお友達」
「ユーリです。あー…はじめまして」
「ユーリちゃんのことは、フレンからよーく聞いてるよ。えらく別嬪さんだってフレンがべた褒めするから、どんな子かと思ったら、本当に可愛い子だねぇ」
「ちょっ……!!」

顔を赤くして慌てたようにフレンが手を振る。
それが否定ではなく照れ隠しであることはその場にいるユーリ以外の三人は分かっていたので、ただにやにやと眺めるだけだ。

「…かわいい?」

本当に?とでも問うように上目遣いで見上げてくるユーリに、フレンは恥ずかしさに言葉に詰まり。
それでも否定するようなことは無く、「…かわいいよ」と面と向って言うものだから、ユーリも顔を手で覆ってくるりと背を向けた。
何故だろう、フレンに言われると嬉しいのに。それを見せるのはとても癪と言うか悔しいので、逆に睨むような目つきになってしまった。

「おーおーあついねぇ」
「夫婦漫才は外でやりな、お二人さん」
「めっ……」
「そんなんじゃありませんっ!!」

絶句するユーリと、流石にそこは突っ込んだフレンの二人に、男たちはげらげらと笑って席を立った。
どうやら休憩時間が終わったらしい。また来るよ、と女将に告げると、フレンの頭を小突きながらさくさくと扉の向こうに消えてしまった。

先ほどまでの騒がしいやりとりに呆然とするユーリに席に着くように言う。
まだ赤い顔にどうしようかと悩んでいると、二人の前にコップと注がれた水が出された。

「初めて来たのに、ヒドイ目にあったね」
「本当だよ…まったく」

嘆息するフレンの隣で、ユーリは水を口にする。
喉を潤すそれはとても冷たくて、上昇した体温を下げるには大いに役立った。
すると幾分か冷静な思考と余裕が戻ってきて、興味深げに店内を見回した。
良く言えばシンプル、悪く言えば質素な内装だが、過度な装飾を好まないユーリは、予想以上に心地良い空間に背を伸ばす。
そんなユーリを隣で眺めていたフレンは、ふと視界に入ったものに疑問を投げた。

「女将さん。それって、もしかしてケーキか何か作ろうとしてた?」

フレンが指すものにユーリもそちらに視線を送る。
台の上に置いてあるカップと計量器、そして生地を流し込むのだろう深めのオーブン皿。
女将は、カウンター下から材料をいくつか取り出しながら分量を量り始めた。

「ケーキなんて大層なもんじゃないけどね。お菓子の一つや二つ作っておけば、子供たちが喜ぶだろう?」

子供たち、というのが誰を指すのかわからないが、ユーリには袋から取り出される小麦粉やら砂糖やらの方が魅惑の対象だった。
女将がやろうとしていること、それはすなわち料理。
皇族でありながら、他人に料理されたものを(しかも毒見の後)食べるよりも、自分で作って食べること、もしくは食べてもらうことの楽しさを知っている。
だからこそ、お菓子作りに惹かれるのも当然の流れで。
熱烈な視線を受けた女将も、そんな二人を眺めるフレンも、苦笑して。
ちらりとフレンが女将に視線を送れば、どうやら同じことを考えていたらしい女将は目元を和ませた。

「ねぇ、ユーリも作ってみたら?」
「…え、いいのか?」
「もちろんだよ」
「ユーリは、料理やったことあるんでしょ?」
「まあ…一応は」
「やり方は教えてあげるから、やってみるかい?」

こくり、と頷いて。
フレンに再会した時の満面の笑みではなかったけれど、それでも目元を喜色に染めて、ユーリは作業に取り掛かった。


そして、ちょうど一時間後。
驚くほど手際の良いユーリに教えながら作ったお菓子は特に問題なく焼きあがり、甘い香りを部屋中に満たしていた。

嬉しそうに作業するユーリをカウンターの反対側から眺めていたフレンは、それはもう可愛さに始終笑みを浮かべて。
途中で邪魔になると結った黒髪は、細くて折れそうな首を露にして。真剣に手元を見つめる伏し目がちの瞳は光を受けた角度によって色を微妙に変えて、とても綺麗だ。
何より長い睫が瞬きをするたびに揺れる様子は、可愛くも美人でもあるユーリの中で大好きな一瞬だ。

できあがったお菓子に、「できた」とわざわざフレンに報告するのもなんだか妹のようで頭を撫でてやりたくなる。
半分は子供たちに、もう半分は紅茶をいれてくれた女将を交えて三人で食して。
他愛もない話に花を咲かせるフレンとユーリを、まるでわが子のように見守りつつ、途中でちゃちゃを入れながら、すっかり夕方も間近になった空にタイムリミットを告げられたユーリは、 名残惜しそうに宿屋を後にした。

「どう?楽しかったかい?」
「ああ。皆、本当にいい人だ」

帰り道。
ユーリはいつも、市民街の噴水前でフレンと別れることにしている。
貴族街まで送ってくれると言い張るフレンには悪いが、どうしてもまだ自分の口から言い出すことができないのだ。
大好きで優しくて、頼もしいフレン。
本当は、事実をそのまま明かして、その上で一緒にいたいと望むけれど。
立場上、それはなかなか叶わない夢だ。今はまだ。

「気をつけて帰るんだよ」
「ああ。ありがとな、フレン」
「…どういたしまして。楽しかったみたいだから、良かった」

フレンの笑顔は、まるで光のようにユーリの心を照らす。
凛々しい青色が自分の瞳を写す、それだけで。

「次はいつ来れるかわからないけど…また、来てもいいか?」
「もちろんだよ」

繋いでいた手を離して、向かい合う。
フレンの髪をすく指先が気持よくて目を細めると、まるで猫のようだ。

「待ってる、ユーリ」

それが、とても愛おしい優しさを帯びていたから。
ユーリもそれに応えるように、甘く切ない響きでフレンの名を呼んだ。



城に戻ったユーリが、騎士団長と妹姫にこっぴどく叱られたのは、また別の話。





(大好きすぎて、どうしようかと思うんだ)
*****
グレープフルーツ様リクエスト、フレユリ♀で皇族パロをお届けしました!
精一杯甘くしたつもりですが、ちょっとばかしシリアスも投入。
お忍びで城を抜け出したユーリ。どこぞの身分差恋愛って感じですが、こういう設定も好きです。

グレープフルーツ様、素敵なリクエストありがとうございました。遅くなってしまい申し訳ないです。
これからも、どうぞ当サイトをよろしくお願い致します!