※死ネタです。苦手な方は絶対に読まないでください※









言葉は尽くしたと、リィンは八葉一刀流独特の構えをかつての仲間に向けた。
叫び枯れた喉は凍ったように張り付いて、皆から意思を奪っていく。
どうしてもリィンの気持ちを変える事はできないのか。なぜ自分達と刃を交えてしまうのか、と。
何度問うても答えの無い叫びは、やがて増える傷と引き換えに小さくなっていく。

既に皆、満身創痍だ。
リィンもまた同じく、かつて共に戦った仲間の攻撃は彼の体力を奪っていた。
それでも、リィンは倒れない。確固たる意思は、明らかにリィンの方が上だったのだ。

そんな中、ユーシスだけは一歩、二歩と皆の前に歩み出る。
抜刀はしていない。ユーシス、とラウラが名を呼ぶのに構わず、ゆっくりとリィンの前に己の身を曝け出した。
リィンの一振りで、容赦なくユーシスの首は飛ぶであろう。それが分かっていながら、リィンを試すかのようにひたすら歩みを進める。
切っ先はぶれない。
それは、覚悟の証であった。

「…お前と初めて言葉を交わした時、俺が『傲慢』と称したのを覚えているか」

正確には初めてではない。けれど、本当の意味で会話をしたのは、バリアハートの夜が初めてだった。
ユーシスの出自も、悲しい程に似通った境遇も、リィンに話せた事でとても気持ちが楽になった、あの日の夜。

「内戦を共に生き抜いて、あの男の想いを受け継いで、どうして今お前は、俺達に刃を向ける」

それはこの戦いの中で何度も繰り返された問いであった。答えの得られない問いでもあった。
だから、一つだけ答え合わせをしようと思った。

「お前のその有り様が変わらないのなら、『傲慢』であるお前は、俺達に害を成す事などしないだろう」
「……それは、どうかな」
「ならば、お前は俺達を、何かから遠ざけている。俺達に知られず、一人で背負い傷つき、それで良かったと笑うのだろう」

すらりと剣を抜いた。
立ち上る闘気は、青く怜悧で氷のように冷たい。リィンの熱く紅黒く立ち上る闘気には無い、静かな凄烈さがあった。

「俺達がそんなに信用ならないのかーー応えろ、リィン・シュバルツァー!!」

剣は交わり、音を立てない程の圧力が二人の間に弾けた。



泡沫に溶けた涙の痕




焔の至宝は顕現した。
オズボーンが乗っ取った『幻焔計画』は見事に遂行され、皮肉にもそれが結社の目的を達成する事となる。
至宝を世に出現させるために必要な騎神の力、そして起動者。
かつて帝国がその歴史の真実を忘れ去ってしまったように、今回もまた、至宝の顕現と共に力を使い果たした騎神は眠りにつく事となる。
ーー起動者の命と、引き換えに。

朦朧とする意識の中、ヴァリマールの声が途絶えそろそろ己の命も限界だろうか、と重い手を握った。
指を動かす事すら億劫になるほどの脱力感に包まれているが、次第に意識ははっきりしていく。
不思議な感覚だ。最後の力を振り絞るというのは、こういう事なのだろうか。

「みんな…ちゃん、と…」

最後にZ組の姿を見てから、どれくらいの時間が経ったのだろうか。
焔の至宝は無事結社に回収され、帝国を覆う全ての不穏分子は取り除いた。
あとはルーファスや、ラウラのお父さんや、オリヴァルト皇子たちがどうにかしてくれるだろう。
おそらく、自分の父も。

「生きてる、か、なぁ…」

自分が居なくなっても、Z組の皆が帝国を支えてくれる。
例え生きながらえたとしても、彼等の記憶からリィンは消えてしまう。リィンが居たという事実は覚えていても、起動者であったこと、騎神が居た事、クロウとなぜ戦っていたのかすら、覚えていないだろう。
歴史の中にひっそりと埋もれていく塵のような記憶。輝いていた筈の、大切な、記憶が。

だったら全部、この胸の中に閉まって、いなくなってしまった方がいい。

そんなに信用ならないのか、とリィンを問いつめたユーシス。
違う、信用していない筈が無い。ただ自分が弱いだけだ。
忘れられてしまうのが怖い。居なくなってしまうのが怖い。
ただ皆と、掛替えの無い仲間達と共に、同じ時と記憶を共有して生きる事が適わない、それを受け止めきれない自分の弱さを、許してほしい。

「ーーリィンッ!!」

だからそんなに必死に呼ばないで。
本当の意味で応える事など、何も無いのだから。

「リィン、くそっ…目を開けろ!!」

力の入らない右手を、何かが握った。
触覚はまだあるようだ。開かないと思っていた目も、じわりと滲みながら目の前の光景を映し出す。
はっきりとは見えなくとも、誰か分かった。

「ユー…シ…ス…」
「…!」
「ちゃんと…生きて…」
「当たり前だ、阿呆が。むしろお前の方が重症だ!」

膝裏に手を入れられて、ふわりと身体が浮く。
同年齢の同性に軽々と持ち上げられるなどかなりのショックで、そんな軽い思考がまだ残っていることに苦笑した。
顔には出なかったかもしれない。
黙々と走り続けているらしいユーシスの腕の中で、先程より思考が朧げになっていた。

ああ、やっぱりもう無理なのかもしれない。

「なぁ…ユー、シス」
「なんだ。体力が残っていないのなら喋るな」
「お前は、俺の…何を、覚え…てて、くれ…かな…」
「リィン?」

走っていた足が止まった。
何かを感じ取ったのかもしれない。流石ユーシスは鋭いな、と心の中で賞賛した。

「おれたちの…誓……バリア…ハートとか…寮で…」

あれも、全部覚えててくれるだろうか。
きっと無理だろう。騎神にまつわる全ては記憶から消され、リィンが居たという事実だけが残るのだから。
それが、本当の意味で実感として襲ってくる。
この会話すら、彼には残らないのだろうか。

「おまえと、一緒のみち、を…」
「おい、リィン?何を言っている」

焦ったように口調が早くなって、青い瞳が注がれているのだろう。
もうなんとなくしか分からないけれど、溢れる想いは最後の最後で伝えたいという意思に突き動かされた。
何も告げず、ひっそりと終わる筈だったのに。
やっぱり、ユーシスには情けない所も全部見せなきゃいけないらしい。

「リィン、しっかりしろ!」
「おぼえ、て、なくても…おれに…とって…おま、は…」

誰よりも誇り高いユーシス。
そんなお前と対等で在れた事こそが、俺にとっての誇りだった。
だから、そんなお前に恥じない自分で在りたかった。
いつだってユーシスが居てくれたから


少しだけ、居なくなってしまうのが悲しいんだ。


最後に、やけにはっきりした視界の中で輝いた青と金色に目を細めた。
眩しくて綺麗だな、と手を伸ばして、それが最後の思考となった。







(帝国の歴史の仕組み上、騎神と起動者はその存在を忘れられてしまうものであり、最終的に帝国を守ったという偶像だけが残る、というトンデモ捏造設定。なのでリィン死ネタ)
(この後歴史は紡がれ、Z組は皆リィンが居た事を覚えていても、彼がどれほど掛替えの無い存在かは朧げにしか分からなくて、でも何か忘れてしまっている事に損失感を抱きながら、大人になっていく)