(ラウラとユーシスとパトリック。16歳くらい)



貴族社会において、社交界の場は義務だ。
爵位を有しているならば出席は当然であるし、何より開催者はハイアームズ侯爵。
彼の顔に泥を塗るような輩はまともではない。貴族社会をなんだと思っているんだ、と陰口を叩く。
その矛先が、ユミルのシュバルツァー家に向かっているのは、ユーシスとしては非常に腹立たしい事であった。

「ユーシス、顔に出ている」

完璧な無表情に徹しているユーシスに対し、分かり易いなどと評価するのはこの場ではラウラくらいだろう。
それくらい長い付き合いではあるし、リィンと共にユーシスにとっての貴重な親友で幼馴染みだ。指摘されたところで別段不快感を覚えるはずもない。
だが、目の前で繰り広げられる悪口合戦には正直辟易していた。
ユーシスはアルバレアの人間だ。公爵家の人間として、貴族として、渡り合わなければいけない噂話などにいちいち反応していてはくたびれるだけ。
それでも、まだ十五を迎えたばかりの精神では、親友の家族をこれでもかと貶める言葉に苛つきを抑えるのはなかなかに難易度が高かった。
そもそも、ユーシスがシュバルツァー家と親密にしている事など広く知れ渡っているだろうに、あえて話題に出すなど悪趣味極まりない。
表面上は兄譲りの冷静さを保ちながらも、冷えきった薄青色の瞳がいい加減その腐った口を切り落としてやろうかと本気で細められた時、ユーシスにとって比較的馴染みある声が背後からかけられた。

「やあ、ユーシスじゃないか。来ていたなら挨拶くらいくれればいいものを」

気安く話しかけてくるのは、もちろん彼がこのパーティの主催者の息子だからであり、己とユーシスは同格だと暗に示しているからだ。
パトリック・ハイアームズ。
四大名門ハイアームズ家の跡取りの一人にして、貴族の中の貴族。
ユーシスのような妾腹の子ではなく、正当な血筋を受け継いだ侯爵家の息子だ。

「君の噂を聞いたよ。どうやら、あのシュバルツァー家と懇意にしているそうじゃないか」

こいつもか。
思わずうんざりしてしまった内心を表に出す事無く、「悪いか」と端的に返した。

「いや?あの家も立派な男爵家。閉鎖的な主人とアルバレアではとても釣り合わないと思っていたが、繋がりを持っていても損じゃない。だが、君も友達を選ばなければな」

高慢な物言いだけでなく、あまりにも自分本位な内容に、ユーシスは流石に呆気にとられてしまった。最近はリィンやラウラと共に居る事が多かったから忘れていたが、そもそも社交界とは、貴族とはこういうものなのだ。
派閥、権力、そんな形の無い絶大な力が凌ぎを削って他者を蹴落とし自らを立てていく。
その中にユーシスは在って、貴族階級の頂点に立つ家の人間なのだということを改めて実感する。
パトリックの言葉は、貴族という視点で見れば最もなのだろう。より自らに有利な人間を周囲に置き、両者にとって利益をもたらす。統治する側の人間として学び、考え、経済を循環させる。
課せられた義務であり、責務であり、存在意義だ。
理性では分かっている。でも、感情ではパトリックの言葉に頷く事など到底できそうになかった。
一瞬兄の顔が脳裏を過って、せめてあの人に迷惑の掛からないようにしなければと自分を律する。

「友、か。選んでいるさ。俺にとって友と呼べるのは、リィン・シュバルツァーとラウラ・S・アルゼイドだ」
「なっ…君はアルバレアの人間だぞ!なんで中立派などに組する!?」
「中立派?悪いが、俺はそんな基準で友を選んでいない。共に学び、切磋琢磨し、言葉を交わして得るものが多い彼等こそが、俺にとっての友だ」

はっきりと言い切った。ユーシスにとって間違うことの無い本音で、パトリックから視線を外す事無く。
ぐっと唸ったパトリックは睨みつけるような視線を送った後、無理に涼し気な顔で鼻を鳴らした。

「まあ、来年には僕らも学院生だ。僕が切磋琢磨するに相応しい友となる事を知ると良いさ」

捨て台詞を吐いて踵を返したパトリックは、取り巻きを連れてどこかへ去っていった。
ふう、と息をついて腕を組めば、ユーシスを囲むように奇異の視線が注がれる。これは流石に居心地が悪い。

「ユーシス、終わったな」

そのような視線にも物怖じせず、ラウラがユーシスの傍に歩み寄ってきた。
妙に鈍感というか、周囲に流されない彼女の強さは、時に尊敬に値する。先程、友として名を挙げたラウラは、にこりと笑って青い髪を揺らした。

「私も、ユーシスの事を大事な友だと思っているよ」
「聞いていたのか…」
「うん。リィンも喜ぶ」

そうだろうか、とユーシスは少しばかり不安になる。
リィンの過剰とも言える他者への配慮や遠慮から、パトリックとの言い合いが噂となって彼の元へ届けば、無用な誤解を招くような気もした。純粋に喜んでくれるならまだしも、人の噂などどのような脚色が入るかなど分かった物ではない。
顔が曇ったのが分かったのか、ラウラは「大丈夫」と力強く頷いた。

「リィンはちゃんと、違う事無くユーシスを理解しているから、噂なんかに振り回されたりしない」
「…ラウラ」
「今度、二人でユミルに遊びに行こう。士官学院の事も、話したいし」
「そうだな」

冬を越えれば、春。
ユーシスもラウラも、進路は士官学院と決めている。
共に学び、切磋琢磨し、言葉を交わす。
己が先程言った事だ。リィンと、ラウラとならば、学院生活もより楽しいものになるかもしれない。
全てが決められた道の中で、一つでも選んでいいのならば。
やはり、友と慕う彼等と共に、春を迎えたいと思った。