・閃の後夜祭で、エマと踊りました(2年生になっても、エマとリィンが付き合っています)
・Z組男子は全員仲が良いですが、特にリィンとユーシスが一部の女子から人気が出る程仲が良いです
・本人たちは至って普通のつもり
・エマは、リィンとユーシスが仲が良いのをとても微笑ましく思っています。最早公認。
・リィンにとって、エマは恋人。ユーシスは背中を預ける仲間で親友。









「進路?」
「ええ。この前教官が言ってましたけれど、忘れてました?」

秋も半ば。一日の授業が終わってZ組のクラスから部活動に皆が移動し終わった頃、リィンは恋人であり生徒会長のエマと共に教室に残って片付けをしていた。一年生にはリィン達Z組のような特殊クラスは存在していないため、特別実習の用意は必要ない。だが、今現在が多忙な時期である事に変わりはなく、その理由はもちろんの事ながら士官学院祭だ。
士官学院祭は裏方である二年生生徒会役員の力無しには実施不可能。昨年トワが言葉通り目が回る程に走り回っていたのをリィンは知っているし、今年も成功させるぞと意気込みは日に日に増している。
それ故にと言っては言い訳だが、本来2年生が決めるべき最も重要な事柄が頭から抜けていた。

「そう言えば…ハインリヒ教官が言っていたな」

終業の挨拶を前に、おほんっと独特の咳き込みから話を切り出していたような気がする。そうだ、確かに士官学院祭後には進路相談があるから各自考えておくようにとのお達しがあったとリィンは頭の中で頷いた。
エマはプリントを手に苦笑する。

「もうそんな時期なんですね。ついこの間入学したような気がするのに」
「本当に、あっという間だな」

リィンもプリントを纏め、エマに手渡す。
連れ立って教室を出れば放課後の校舎が秋の夕暮れ色に染まっていた。裏庭方面の窓を除けば、フィーが後輩部員と一緒に花壇の手入れをしていた。その様子はどちらが先輩なのか背格好だけでは分からなくて、ただ紅色の制服だけが目印だ。
生徒会館を前に、それではとエマが微笑む。

「お疲れさまでした。私はこれを置いて図書館で勉強してから戻りますね」
「分かった。あまり遅くならないようにな」
「リィンさんはどうされますか?」
「そうだな…グラウンドの方に行ってみるよ」

それは思いつきだったが、エマは意を得たりと言わんばかりに眼鏡の奥の目を細め笑った。
そんな顔をされるとは思わなくて見返せば、くすくすと口元に手を当てる。

「ふふっ…なんでもありません。リィンさんこそ、遅くならないようにしてくださいね」
「?ああ、分かった」

一緒に図書館で勉強しましょう、と恋人同士なら時間を共有しても可笑しくないのだが、生憎今のリィンにはエマよりも気になる相手が居るようだ。
その事に微笑ましい気持ちは抱いても嫉妬を覚える事はまず無いのがエマがエマたる所以であり、リィンとこれから彼が会いにいく人物が幸せで在る事がエマにとっての幸せの一つでもあった。リィンは正しくエマを大切にしていて、その想いが伝わっているからこそエマはリィンの背を押せる。
グラウンドに向かって離れていく影に向かって、小さくまじないを唱えた。


士官学院祭の出し物で毎年人気を集める内の一つに乗馬体験がある。
ユーシスは生徒会室に所属する身となったため、正式に部活動員ではなくなっているが、たまに馬の世話をしに顔を出しているようだ。
部長のポーラは小言やら悪態やらをつきつつも拒んではいないため問題無い。むしろ馬の方もユーシスにブラシを入れてもらう事が嬉しいのか、鳴き声が少しだけ弾んでいるとリィンは推測している。

久々に乗馬を楽しんでいるユーシスをグラウンドの階段から眺め、一つ溜め息をついた。
脳裏に過るのは進路という迷路。素直に思い描けない事を認めても、吹っ切れる訳ではないし結局決めなければいけないことに変わりはない。
道を探すために学院に来たというのに、道は幾本にも渡って目の前に広がっていて、逆に選ぶ事が難しい。
正規軍に入る事も、政治の道に進む事も、シュバルツァーの家を継ぐ事も。どれもが平等にリィンの前に晒されて、お前が望むのはどの道だと答えを迫ってくる。
Z組の皆は、どんな進路を描いているのだろうか。ユーシスは、もう確固たる道を定めているのだろうか。
他者に答えを依存するようだと思っても、なんだか今は誰かに聞いてみたかった。

「リィン?何を考え込んでいるんだ」

遠くで馬に跨がっていた筈の声がすぐ近くにあると気付いたのは、眼前に馬の顔が迫ってからだった。

「うわっ」

反射的に仰け反って顔を上げれば、艶やかな毛並みの向こうに風に揺れる金髪が呆れ顔をしていた。
驚かせないでくれよと肩を竦めると、ユーシスではなく馬の方が鼻を鳴らして抗議するように頭を突いてきた。

「用があるなら声を掛けてくるだろうと思ったが、こいつがお前の事を気にしていたからな」
「そうなのか?」

なだめるように首の辺りを撫でれば気持ち良さそうに目を細める姿。ユーシスの実家には愛馬がいると聞いた事があるが、おそらく彼の事だ。愛馬に劣らないくらいの愛情をこの馬にも注いでいるのだろう。緊張が一切見られない様子は、ユーシスの事を信頼している証拠だ。

「ありがとう、お前は優しいな」
「…それで、何を一人で悩んでいたんだ」
「悩んでるというか…うーん、悩んでるのかもよく分からない」
「どちらにせよ、ここで唸っていて解決する事でも無さそうだな」

来い、と促されるままに後を追えば、厩舎で一年生を教えているポーラに声をかけてから数分後、もう一頭が姿を現した。
手綱を渡されて何となく意味を察し、近くに置かれた台から馬に飛び乗る。

「どこに行くんだ?」
「裏門から街道に出る。遠乗りする時間も無いしな」

決して早くない速度で前を行くユーシスの隣に並んで、そっと横顔を見れば端正な容姿に彼の兄の姿が重なった。
よく似ていると思う。いや、ユーシスが似せているのだろう。兄を尊敬し憧れを抱く相手だとリィンに語ってくれた時から、なんとなくそう感じている。
秋の風が肌を撫でるのに合わせて視界が開け、街道に着くと色付いた木々が二人を出迎えた。舗装された道路を一歩外れれば魔獣が闊歩するため、ゆっくりと進んでいく。
帝国で鉄道が主流となりつつある今、街道を徒歩で移動する人は少ない。クロスベルの方ではバスという大型車が交通網として発達していると聞くが、帝国で車は高価で一般帝国民の手に届く物ではない。その一般帝国民の括りに入らない貴族が多い士官学院でも、車を普段の移動手段としている人間は限られているだろう。
そう、ユーシスのような大貴族の一員でなければ、車を普段使用するなどまだ有り得ないのだ。

貴族。
リィン自身がそうであるにも関わらず、未だ慣れない理由を解決できれば進路についてもっとはっきりとした何かが見えるのだろうか。

「…礎、か…」
「入学式の言葉か?」
「あ…うん。最近、さ。考える事が多くて」

ユーシスの瞳が、静かにリィンを見据えた。問うように、促すように注がれる視線は決して不快ではなくて。

「…ユーシスは、卒業したらバリアハートに戻るのか?」
「おそらくそうなるだろうな」
「次期領主になったり?」
「それは兄上の役目だ。父が俺に託す事は無いだろうし、俺が兄上の代わりを務める事も無い。せいぜい俺に出来る事と言えば、補佐くらいだろう」

悔しさも諦めも無い、淡々と事実を告げる声色だった。
それが当たり前で、そうあるべきだと疑っていない。
悲しい事ではない筈なのに、胸が締め付けられるような痛みはじわりと広がった。

「まあ、将来的にはどこかの家の婿にでもなって、バリアハートを離れる事もあるかもしれないが」
「それは…っ!」
「否定も出来ない事実だ。決して珍しい事でもないだろう?」

それがどうした、と言わんばかりに口の端を吊上げて、ユーシスは視線を逸らした。
眼差しの先に何が見えているのかリィンには分からないけれど、それは酷く寂しい事のような気がして。

「それが、ユーシスが決めた事なら、俺は何も言えない。でも、そこに少しでも義務感とか我慢があるなら、俺は納得できない」
「だが、俺の立場から考えて最善だとは思わないか?義務感も全て、貴族としての己に勝るものは無いだろう」
「最善だから選ぶのか?それは結局、ユーシスが自分で選んだ道じゃないって事だろ」
「ならばリィン、逆に問おう。お前は、卒業後に何を選びどんな道に進みたいと思っているんだ」

核心に触れた質問は鋭く心に突き刺さり、細められた視線に縫い止められるように身体止まった。
リィンの動揺が馬にも伝わったのか、心無しか震えるように馬の速度も落ちた。

「……それ、は」
「貴族としてでもない、シュバルツァーとしてでもない。お前自身のやりたい事はあるのか」

責めているのではないと分かっていても、詰問のように繰り出される言葉に語尾は薄れていく。
ここで答えが出せないならば、何を諭してもユーシスに届く事はないだろう。
返事に窮していると、すまない、と柔らかい声が謝罪を告げた。ぱちりと瞬きをした先、ユーシスは困ったように笑って、眉を下げている。

「困らせるつもりは無かった。遅くなると裏門も閉まるだろう、戻るぞ」

すれ違い様に揺れた金髪に、まるで見捨てられたような気がして自然に腕を掴んだ。
驚いて振り返るユーシスに対して、首を横に振る。

「違う、ごめん、違うんだ。俺がただ、よくわからなくて」

支離滅裂だと自分でも思う。それでもリィンは、言葉を選ぶ暇もなく早打つ心臓に促されるように言葉を続ける。

「進路とか、未来とか、何を選び取ればいいんだろうって。俺は貴族だけど貴族じゃなくて、ユーシスみたいに実家に戻って何かできるかも分からないし、家を継ぐつもりもない。だからと言ってやりたい事があるわけじゃない。どうしたらいいのか、不安になって、それで……」

黙って耳を傾けているユーシスの表情は俯いていて見えない。見る勇気すら無い。
貴族としての義務も、その責任も、全てを背負う覚悟を抱いて、それでもなお輝き続けるユーシスの意思の強さから比べれば、なんて弱く頼りない事だろう。
ユーシスが他者に抱く優しさにすら縋ってみっともない泣き言を晒してしまっても、彼は決して蔑む事も陰口を叩く事も無い。
腕を掴んでいた手をゆっくりと外され、己の馬の手綱へと導く細いのにしっかりとした指はとても暖かかった。

「何を勘違いしているか知らんが、俺だってバリアハートに戻ったからと言って必ず兄上の補佐をするとは限らん」
「え?そうなのか?」
「結婚の話は確かに俺の勝手な想像だが、少なくとも将来的に有り得ない可能性ではないから念頭に入れているというだけだ。俺は俺自身の感情の前に、どうしても四大名門としての肩書きが優先される。そこに抗うつもりなら、そもそも兄上を慕ってなどいない」
「そう、かな」
「お前も同じだ。当主になろうがなるまいが、シュバルツァーにとってお前は一人息子。ある程度貴族としての役割は課せられるし、それを厭うならば家と縁を切るしかあるまい」
「それは無い。絶対に」
「なら、やるべき事、やりたい事から考えるがいい。可能不可能を見極めるのではなく、不可能を可能にするためにお前は此処に来たのだろう?」

士官学院に、と胸を押され、上げた顔の先には優しく彩られた青い瞳がリィンを写していた。
とても情けない顔をしている自分に、ユーシスのいつもの自信に満ちた笑みが心を暖かくする。
指先に感じていたぬくもりよりも、直接心に伝わる温度。

「戻るか」
「…ああ」

背を押された。
言葉は心に沈み、一つの灯火を与えてくれた。



スターダスト





馬の世話を終え、第三学生寮に戻る頃には既に夜の帳が降り始めていた。
明日の予習をやらなくてはと足早に荷物を取りに校舎に戻ったリィンを正門前で待っていると、同じ紅い制服が図書館からこちらに向かって歩いてくる。
エマだった。ぺこりと丁寧にお辞儀をされて、どうされたんですかと訪ねられる。

「リィンを待っているところだ」
「そうだったんですね。もう寮に戻られます?」
「ああ」
「私もなんです。ご一緒して宜しいですか?」
「構わん」

よかった、と口元に手を当てて微笑む彼女とは、普段から特に話をするわけではない。別段仲が良いというわけでもないが、話し易い友人であるのは間違いないだろう。貴族という肩書きに臆する事無く、ユーシス個人を見てくれるという意味でもエマは得難い友人の一人だ。
どうしたって付いて回る貴族という世界。
そこから逃げようとは微塵も思わないけれど、繕う必要の無い友人を得た事こそが、ユーシスが貴族として在る事を選べるきっかけだ。
その得難い友人の筆頭である彼は、決してその事に気付く事無く『俺は納得できない』なんて言い切るのだろう。

「ユーシスさん、なんだか嬉しそうですね」
「…身に覚えは無いな」
「そうですか」

楽しそうに、それこそエマの方が嬉しそうに笑って、リィンさんはまだでしょうか、と呟いている。
彼女には頭が上がりそうにない、と頭上を仰いだ。

空に瞬く星は、秋の夜空に煌煌と輝いていた。