※ユシリンですが、ユーシスは最後しか出てきません
※全体的に暗いです。シリアス。『明日も明後日も、ずっと隣で』の甘さはかけらもありません
※冒頭に戦闘描写があります。死をリィンがどう捉えているかの独白もありますので、苦手な方はそっと閉じてください









空を駆ける飛空挺を視界に捉え、一心同体となった騎神は己の意のままに刃を振るっていった。
相手がその早さについて来れるような、最新鋭の戦艦であったならば、おそらく抵抗する術もあったかもしれない。もしくは、補助アーツなどの盾となる力が騎神を凌駕するならば、防ぐ事も可能だろう。
しかし、現状では共和国に騎神を上回る力など存在しないようだ。
例えそのようなものがあっても、リィンは負けるつもりなど無かった。騎神と共に戦場を駆ける以上、敗北は有り得ない…それは奢りではなく、己に課した使命。破られてはならない誓い。かつて散っていった命に報いる、唯一の方法だ。

飛空挺が一刀両断され、地上へ墜ちていく。高さは何アージュくらいあるのだろうか。断面と炎の合間から人の姿が見え隠れし、制御を失った船の轟音の中、船外に投げ出された人が何かを叫んでいた。
それを無表情に見つめる。心は痛い。乾いて言葉一つ発する事の無い唇も、目の前の光景を直視したくないという感情もあるのに、リィンはただ、墜ち逝く”敵”を眺めている。
リィン、と己の意識を呼び戻すヴァリマールの声に、まだ戦闘は終わっていないのだと墜ちていく飛空挺から視線を外した。戻す事はしなかった。

『シュバルツァー中尉。11時の方向に敵影を確認、至急援護に向かってください』

「了解しました」

右耳に装着した発信器からの指示に淡々と返答し、リィンは跳躍する。
視界いっぱいに空が広がり、今日は綺麗な青色だなと目を細めた。抜けるような青空というのは、目の前に広がる蒼穹を指すのだろうか。数分後には、散乱する残骸と、共和国軍の兵士と、帝国軍の機甲兵が視界に並ぶだろう。その前の休息としては十分だ。

人は死に慣れる生き物だと、彼の人は言った。
親しい人が亡くなったとしても、顔も知らない誰かが命を落としたとしても、戦争や軍という特殊な状況下に置いて、人は死が間近にありすぎてそれが特別な事であると感じなくなるらしい。
リィンは目前に迫ってきた共和国軍の戦車と飛空挺に、先程自分が切り捨てた光景を思い浮かべた。顔を知らない人物の死。それはひどい頭痛を齎すけれど、決して胸が痛くはならなかった。既に心は麻痺しているのかもしれない。
だが、ゼムリアストーン製の太刀を手に、ケルディックを想う。
あそこで生きる人々の顔を見る度に、戦争はあってはならないと決意する。罪の無い人々の死は決して許されるべきではないし、そう判断できる自分に安堵すら覚えた。
それすらも欺瞞に過ぎないかもしれないーー優雅な笑みを浮かべてこちらを見下ろす瞳が脳裏に過り、ふるりと頭を振った。

目指す先に、荒涼の山々と戦車の姿が見えて、リィンは加速する。
どうやら帝国軍が優勢のようだ。特に助太刀は必要ないかもしれない。
狙い撃ちされても迎撃が可能であるように、ヴァリマールの周囲に不過視の電磁フィールドを展開する。火力が高いアーツでは破られてしまうものの、戦車の主砲程度では穴一つ開ける事のできないフィールドだ。アダマスフィールドに似たそれは、ユーシスのクラフトを真似て考えたもの。
戦闘区域の頭上に躍り出たリィンは、その姿を余す事無く両陣営の前に晒す。
自分が来たからには安心だ、帝国軍の勝利は揺るがない、と伝えるように。

そして、その効果は目に見えて状況を後押しする。
眼下で繰り広げられる戦闘に、帝国軍の勝利を確信したリィンは逃げ腰となった共和国軍の退路を断つように太刀を一閃した。
弧影斬と同じく、刃より生み出された衝撃派は地面を抉り、戦車の行く手を阻む。追撃する帝国軍の機甲兵が剣を振りかぶり、身動きのとれない戦車に突き刺した。
ああ、と声にならない悲しみが溢れた。

『お疲れ様です、シュバルツァー中尉。ルーファス卿より帰還命令が出ています』

「…了解しました」

繰り返す同じ返事。
回線を使って、味方が労いの言葉を送ってくるのに乾いた笑いを返した。
背を向けた戦場には、またいくつもの死が広がっている。
恐ろしくないと感じる自分が一番恐ろしいと震えた。



「只今帰還しました、ルーファス卿。リィン・シュバルツァー中尉です」

リィンはルーファス直属の部下という扱いにはなっているものの、彼と共に在る機会はそう多くない。彼から直接指示を受けて動いていても、通信越しや出先から直接任務地に赴き、帰還を伝えたら必要以上に言葉を交わす事も稀だ。

「一週間ぶりだね。まずはご苦労だった」

言葉と共にぱさりと卓上に広げられた数枚の書類には、おそらく先の戦線の結果が記載されているのだろう。暗に活躍は知っていると告げられて、敬礼を返す。

「予定通りの成果と言えるだろう。向こうから申し入れがあった」

「申し入れ、ですか?」

どうやら、労って終わりという訳ではないらしい。ルーファスは別の書類を手に取って、目を細めた。

「共和国から、クロスベルでの会談を打診された。勿論、秘密裏に、だ」

クロスベル。独立して数年が経った今も、二大国の緩衝地として指名される事が多い国。
リィンにとっても因縁深いあの土地で出会ったロイド達の顔を思い浮かべ、すぐに消す。この場で私的な思考に捕われていてはいけない。

「閣下が指名された、という事ですか?」

「直接では無いがね。少なくとも、私以外の適任が居ないのも事実だ」

執務椅子から腰を上げ、リィンを真正面から見下ろす。齢30を超えるにも関わらず美貌は整っていて、眼差しは柔らかだ。しかし、政治の世界で百戦練磨をくぐり抜けてきた凄みを奥深くに隠している双眸は、目の前のリィンではなくもっと遠くを見つめているようであった。
初めて彼の護衛を任された時から、この人は何を考えているのだろうといつも疑問に思っていた。言葉、行動、その全てが功名に計算されていて、本心が見えない。だが決して非情な人というわけではない。自らを偽っているのでもない。ユーシスに与えた優しさも、戦場で命令を下す冷静さも、リィンを労う気遣いも、全てルーファスの感情から当たり前のように行われており、全く他の誰とも変わらない。
そんな内心の蟠りを抱いたまま数年が経って、クロスベルの独立を経た時、リィンは理解したのだ。ルーファスの瞳が物語る、とても複雑な思考の波を。波が、幾重にも重なって均一となって陸に辿り着くように、彼の感情は表に出る前に平均化される。波を操るのは、彼の天性の才能だ。その先にどのような陸に辿り着き、引き返す波がどのような波を生むのか。彼の思考は、それを当たり前のようにはじき出す。他者の感情を理解できるものとして捉え、その先の結果を、行動を、寸分狂い無く『読んで』しまうのだ。
見上げた瞳の奥では、荒立つ波の先を探っている。共和国との会談。予想通りの結果ならば、次に起こりうる事態はどの程度の確率で、その先は。いくつもの有り得る未来を、何が来ても問題の無いように、文字通り根を張って見張るのだ。

もしかして、人の生死すらその対象なのかもしれない。
戦場での余韻が脳内に木霊し、青い空と思考が想起される。

だが、まるでその域に到達するような精神をしていないリィンでも、一つだけ予想できる事があった。それは予想ではなく、既に事実としてリィンの背後に迫っており、武人として研ぎすました感覚が訪れを告げている。

「ーー失礼する」

振り向けば、赤髪を揺らして幾年前と変わらぬ笑みを浮かべた青年がゆったりとした動作で入室した。もう青年とは呼べない年齢なのだが、容姿は青年のままだ。情報局というのは、年齢不詳ばかりが集まるとでも言うのか。

「お呼びでしたか、ルーファス卿」

リィンに並んだレクター・アランドールは、白い手袋に包まれた右手を持ち上げて敬礼の形をとる。遠くを見ていたルーファスの意識が二人に注がれ、自然と背筋が伸びた。
ここでレクターが呼ばれたのならば、結論は一つ。

「ああ。レクター少佐、忙しい所を済まないね。おそらく君の所にも、共和国の件は報告があったと思うが」

「クロスベルでの会談ならば、先程目を通しました」

「それならば話は早い。レクター少佐、シュバルツァー中尉。君達は、明後日の1100をもって共にクロスベルへと渡ってもらう。期間は一週間」

「了解しました」

二人の了承に、ルーファスは頼むよと頷いた。おそらく二人以外にも数人の護衛や書記官を連れて行く事になるだろうが、実質傍近くに控えるのは自分たちだけになる。
腰に吊るされたARCUSが存在を主張するかのように揺れた。おそらく有事があるならば繋ぐ事になるであろう戦術リンク。クレアやミリアムなら相手の呼吸を測るのも容易だが、レクターとは両手を超える回数、ルーファスに至っては数度しか繋いだ事が無い。ある意味、戦闘そのものよりも、そちらの方が緊張する。

「年内に帰還予定だが、もし延びた場合の事を考えて、共に過ごす相手が居るならば連絡をしておいた方がいいだろう」

ルーファスの声に、思考に沈んでいた意識が浮き上がる。ルーファスはリィンだけを見ていて、リィンと視線が合ったのに満足したのか鷹揚に頷いた。レクターのからかうような視線も注がれていて、気恥ずかしさから咄嗟に手を振る。
明らかに、彼の言葉が指している人物は一人だ。

「っ…俺じゃなくて、レクターさんに言ってください!」

「およ?なんで俺?」

「一人くらいいらっしゃるでしょう!」

もしかして数人居たらどうしようと的外れな心配が過るが、レクターはどこ吹く風とばかりに腕を頭の後ろで組んだ。彼特有のポーズは、今は亡き人に少しだけ似ている。もし出会う事があって、それが敵対していなければ良い友人関係を築けたのではないかというくらい、彼に似通った性質を持っているレクター。兄貴分と慕うには立場も関係性も複雑だが、それでも《鉄血の子供達》はリィンにとって既に受け入れる事のできる存在だ。仲間ではなく協力者や利害の一致という一線を引いている、そんな今でも。
微笑ましく二人を眺めているルーファスにも矛先を向けようかと考えるが、そもそも口で適う相手ではない。
早々に諦めて踵を返したリィンが退出しようと扉に手をかけた所で、凛とした声が呼び止めた。窓を背に金髪が輝く姿は、麗しいの一言に尽きる。

「ユーシスにちゃんと連絡を取っておくと良い。その方が、君にとってもいい」

瞬きの合間に念を押すかのように告げられ、その言葉の奥に潜む思惑を反射的に探す。だが、今在る情報だけでは到達するのは無理であろうと、リィンは素直に頷いた。からかわれているのではない、本心から心配されているのだと、どこかで感じ取ったから。

「すまないね。君達の時間を奪うつもりは無かったのだが」

そして閉まった扉が、重い音を立てて視界を覆う。
ユーシスに連絡しなければ、と思いつつも意識はルーファスの言葉の意味を追っていた。何かが在る、でもそれが何かは分からない。普段と異なる行動をとっているという自覚は彼自身にあったのだろうから、最後の念押しが妙に気にかかった。

「あんま難しく捉えてないでささっと準備終わらせて、今晩にでも連絡しとけば?」

「…言われずとも、そうします」

言葉程ぶっきらぼうではない態度に、レクターは軽く口笛を吹いてリィンの肩に手を置いた。

「せっかくだからクロスベルの歩き方を伝授してやるよ。色々変わったし、カジノにも行っとくか」

「それ、聞き覚えがあるんですが」

「懐かしいなーあれからもう七年か?俺もお前もおっさんになったなー」

「俺は違いますから」

さすがにおっさん呼ばわりは勘弁願いたい。きっぱりと反論して溜め息をついた。
こういう軽い心地は嫌いではないが、掴み所が無いため相手をしているととても疲れるのだ。

「ま、ともかく。ーー明日の事前会議、1300だ。おそらく宰相閣下も同席されるだろう」

「…了解しました」

少佐の顔になったレクターに、中尉として礼をとる。
自然と身体が覚えた動作は、己が軍人としての在り方を受け入れたからこそ。
気高い彼と、決して道は違っても同じ未来を目指して戦うと誓った時から、課された責任は己の矜持へと変わっていた。



英雄と象徴






ARCUSの無機質な通信音が三回鳴ったところで、数日ぶりの声がリィンの名を呼んだ。機械越しは少しだけ寂しいと感じたけれど、ARCUSが無ければこうやって気軽に電話する事すらできないから、それ以上は贅沢というものだ。

「リィンか。任務は終わったのか?」

「ああ。怪我一つしてないし、ヴァリマールにも無理をさせずにすんだ」

軍人は規定により、任務の詳細を一般人に教えてはならない。だから、「軍からの要請」とだけユーシスに告げて任務にあたる。いつ始まっていつ終わるかすら、漏れてはいけない情報だ。
軍人とアルバレア当主の護衛の職業を掛け持ちしているとはいえ、実質軍人としての任務に従事している時間の方が圧倒的に長い。ユーシスの護衛は半ばリィンが強引に決めた、正確にはルーファスに頼み込んで手に入れた地位なので、あくまでも本業は軍人。

「…任務が入った。いつ戻れるかは分からない」

それでも、ユーシスと共にいられる時間が大切で、もっと欲しいと思っていて。おそらく一緒に年を越す事はできないと分かって、落ち込まない程達観してもいなかった。

「…ごめん」

謝って、沈黙が落ちる。
通信機は電子音めいた何かがさざめいていて、ユーシスの言葉を待っていた。

「…謝る事ではないだろう、阿呆が」

心底呆れたとばかりに告げられたのは予想通りの内容で、苦笑して濁す。
ユーシスの呆れ顔と、目を伏せて腕を組む様子がありありと浮かんだ。

「俺達にとっては、どんな一瞬でも代え難い大事な時間だ。お前の役目があるならば、全力を尽くせ。その上で、俺はお前を迎えてやる」

「…うん」

「それとも、お前が居ないからといって他者に現を抜かすような俺だと思うか?」

「思わない」

即答したら、満足気な笑い声が聞こえた。

「誓いを違えるな。気をつけて行ってこい、リィン」

「…ああ」

彼の言葉に背中を押される。帰ってくる場所はユーシスの隣である事を実感する。
名残惜しく、通信が切られたARCUSをしばらく眺めて蓋を閉めた。学生時代には有角の獅子を象ったカバーを付けていたが、今は別のものだ。お前に似合う色だから、とユーシスから貰ったもの。黒に近い紺と紅に輝く、心に馴染む落ち着いた色彩。飛翔する鳥が中央に位置し、どことなくユミルを思わせる。おそらく、ユーシスが特注で作らせたものなのだろう。
ありがとう、と心の中で呟いて、ポケットに閉まった。

クロスベルでの会談。
その裏に蠢く思惑と力が、己に降り掛かる事など全く予想していなかった。