(2)

色々と思い出して、あーもう俺って情けない、と肩を落としながら技術棟を目指す。
卒業後、技術棟の管理は現在の一年の誰かが担う事になるだろうが、適任が居ないらしく繋ぎとしてクロウが任される事となっている。とてもじゃないがあのオーブメントやら機械マニアのジョルジュが残していった道具を使いこなせる気がしなくて、本気で形だけの管理者になるだろう事は各方面に了承済みだ。
さっさと鍵だけ受け取って帰るか、と技術棟を目の前にして、聞き覚えのある声におや、と眉を顰める。

「…本当に……」
「決め……だ」

どうやら、旧校舎の方かららしい。技術棟の入り口を超え、こっそりそちらを覗いてみれば、紅の制服が視界に入ってきて思わず身を翻す。どうしてそんな行動をとったか自分でも不可解なまま、ひっそりと息を潜めた。

「クロイツェンの事を考えれば、俺しか適任が居ない。兄上が派遣した領邦軍やアルノーが居るとはいえ、父は事実上の爵位剥奪だ」
「それは…」
「そんな顔をするな。俺は後悔などしていないし、これが俺が選んだ道だ」

ユーシスと、リィン。
なぜ二人がこんな所で言い合っているのかは分からないが、内容が内容だけにクロウとしても思わず聞き入ってしまった。

「父上を逮捕した時から、ずっと考えていた。どうするのが一番だろうかと」
「ユーシス」
「何度考えても同じだ。俺は、アルバレアである事を選ぶ。ならば、その名に恥じない働きをするべきだ」
「…それが、本当にユーシスが望んだ事、なんだな」
「信用が無いな。伝えたはずだ、俺は俺なりの貴族の義務を果たす、と」

二人の顔は見えないけれど、手に取るように想像できた。
リィンは、他のZ組とは少し異なる接し方をユーシスに対してする。本人は無自覚だろうが、向けられているユーシスは気付いているだろう。クロウに対するそれと少しだけ似ている。在り方の指標、とでも言えばいいだろうか。立場や境遇が似ているせいか、リィンはユーシスをより近しい存在として位置づけている。
クロウが対ならば、ユーシスは支えだ。その支えが、己から離れていってしまう事にひどく怯えているのだ。それでもユーシスの意思を尊重したいという本心に挟まれて、己の心を殺す方に傾く。
どうしようもない、ことだと。
ユーシスだけじゃない。エマも同じく、Z組を離れる。魔女としての力不足を痛感し、一度里に戻ると。あくまで停学扱いで、可能ならば戻ってきたいというのが本人の意思だ。そしてエマならば、復学したとしてさして問題ない学力を有しているから、適うだろう。
ユーシスだけは戻って来れない。リィンにとって、それはどれほどの心細さだろうか。

「…ほーら、ユーシスが困ってんだろ、リィン」

声をかけてしまったのは、ユーシスがあまりにも優しい顔でリィンを見つめていたからか。出所の分からない焦燥に突き動かされ、なるべく軽い足取りで二人に歩み寄る。
はっとしたリィンと対照的に、ユーシスはちらりとクロウに視線を送っただけで、再びリィンに戻してしまう。

「ジョルジュに呼ばれてるんじゃねーの?合鍵渡すってさ」
「あ…そうだった…!」
「学校内で逢引きはリスクたけーぜ?さっさと行っちまってから存分に寮で話した方がおにーさんは良いと思うけどな」
「逢い引きじゃないから」

間髪入れないリィンの返しに、くく、と笑っていると、ユーシスが溜め息をつく。
先に戻る、と言葉少なに告げて立ち去ろうとする背中をリィンは名残惜しげに見つめるが、引き止める言葉が無いのか中途半端な位置で手が止まった。
ユーシスとすれ違う瞬間、青い瞳がクロウに何かを訴えた。言葉にされない意味は通じない。だが、予想でしかないが、頼むと言われた気がした。
まったく、揃いも揃ってリィンの事を自分に頼り過ぎだ。俺だっていつまで傍にいてやれるか分からないのに、と内心苦笑すると、ふと違和感が脳裏を過った。

本当に自分は、今ここにいるのだろうか。
当たり前だ。生きていなければ、先程言葉を交わしたクレインは何だ。
ユーシスの視線は、誰に向かっていた。

リィンを促して、技術棟で待つジョルジュの元へ向かう。

いったい何が、おかしいと言うのか。