※毎度のことながらユシリンが根底です。
※ルファリン描写がほとんどです。苦手な方はそっと戻るボタンをお願いします。
※ルーファスとユーシスの繋がりをリィン視点で見てるような表現があります。
※ナチュラルにユーシスがリィンに指輪贈ってたりしますが、親友以上恋人未満くらいを想像していただけると。
クロスベル独立国東部。長閑な田園地帯に囲まれた地形にぽつりと浮かぶ砦のような建造物が存在する。クロスベルでは昔からその場所を古戦場と呼び、その名の通り、古の戦において数多の血が流れたと伝えられていた。だが約五年前、クロスベルにおける『碧の大樹』出現よりも少しだけ前に、この場所は別の目的として使用されていた事が明らかにされた。
御子が眠る揺籠――しかしその真実の役目は既に終えており、現在では野生の魔獣が徘徊するただの遺跡群の様なものだ。遊撃士が腕試しや依頼を受けて魔獣を定期的に掃討するか、クロスベル警察が稀に要観察場所として訪れる程度。
だからこそ、身をひそめるには打ってつけの場所であり、逆に激しい戦闘が行われていても余程の物好きでもない限り足を踏み入れる事は無いのである。
よって、現在この場所で行われている戦闘は、武器を向けあう二人だけが知る純粋な殺し合いなのだ。
「それでさー、久々にランディ兄とばったり会っちゃったら、ほんとおっかない目でこっち見てくるんだよ」
唸るような轟音を響かせながら、赤髪の少女が背丈ほどもある鉄の塊を振りかぶる。口調は軽快、街で会った友人に気軽に話しかける様でありながら、目は爛々と目の前の青年―リィンに注がれ、口の端を釣り上げた。風切る音と地を蹴る動作は視覚的には同時でありながら、リィンの感覚は既に目の前の獲物が己の左半身に到達している事を想定し、受け流す動作で身体を軽く捻り武器を交わす。残像に揺れるチェーンソーは新品同様に光を反射しているというのに、少女が握るグリップには黒く固まった血がこびり付いていた。
リィンが避ける事は分かり切っていたと言わんばかりに、少女は話を続けながら体勢を整える。
「無意味に殺戮やってるように思われるのも心外なんだよねー。一応あたしだって、もう子供じゃないんだし?それに腕鈍ったランディ兄一人相手にしたってつまんないって言うか」
リィンから仕掛ける事はしない。少女が、己の武器に備え付けられた火炎放射器のスイッチを入れたことを確認し、少しだけ目を細めて肩幅ほどに両足を広げ丹田に力を込める。いつ、どの角度から攻撃が加えられても対処できるように。それは、少女との”殺し合い”が片手の回数に到達するあたりに身に付いた防衛反応だ。リィンにとって少女は倒さなければならない敵ではないが、生半可な手合いで満足するような相手ではない。即ち、本気で命の取り合いをした上で少女が飽きるか満足するまで続くこの戦闘は、逆にリィンが圧倒的な強さで負けを認めさせた方が早いのである。
だが、生身の人間相手に騎神を使うつもりもないし、むしろそんな事をしてしまったらもっと厄介で面倒な相手がところ構わず乱入してきそうで。リィンが現在身を置く組織からしても、彼の登場は必然であり――リィンが最も望まない展開でもあった。
「だからさ、もう一回アルカンシェルとか襲撃してみたら今度こそ本気のリーシャ達と戦えるじゃんって思ったんだ」
「…それは、やめておいた方がいいだろうな」
心底そう忠告せずにはいられなくて、リィンは思わず口をはさんだ。集中力が切れるという理由からわざわざ会話をするつもりは無かったのだが、あまりにも物騒な内容は聞いていて愉快なものではない。何より、クロスベルは今や独立国――様々な困難な状況を経て、彼らが勝ち取ったものを跡形もなく砕いてしまう事は少女にとって容易ではあるだろうが、一時の楽しみのためだけに犯すようなものではない。それにリィンとしても、再び彼らと敵対する形で会いたいとは思っていなかった。
頬を膨らませながら不満を露わにし、少女はリィンに向けて地を這う火を繰り出す。風に押され、炎が広がる事と視界が微かでも歪む事を計算して。炎の手がリィンを襲うよりも早く、姿勢を低くして足元を薙ぐようにチェーンソーを繰り出し少女は迫った。大きく後退しリィンがそれをかわすと、今度は少女の細腕からは想像もできない腕力でチェーンソーが頭上に影を作る。リィンの身体を真っ二つに割ってしまうかという程の破壊力を太刀で受け止めるには重すぎて、リィンはあえてシャーリィの懐に飛び込んだ。
リーチの長い攻撃は、近接戦に弱いとは限らない。強者ならばその弱点を何らかの方法でカバーしている事が普通で、少女もまた猫のようにしなやかな身のこなしでリィンの攻撃を避けるであろうことは予想範囲内だ。武器の大きさなど対した障害にはならない。だからこそ、少女が己の武器を腰に戻し、その銃口をリィンに向けるまでの数秒で勝負が決まる。
少女が楽しげに笑った。声をあげて、その銃口をリィンに向け、彼の身体にいくつもの風穴を空けるべく引き金に手をかける。だが、リィンの方が早い。鋭い眼差しは少女を射抜き、太刀は既に鞘を抜け、少女が構える武器の銃口だけを切り裂くべく斜め下から一気に切り上げる。一点集中で力をのせた刀が少女の武器に届く、その瞬間。
「お楽しみのところ申し訳ありませんが、そろそろお時間ですわ」
不意に、少女の姿が掻き消えた。
リィンの振るった力は空を切るに留まり、腹に込めていた息を吐き出せば第三者の声が聞き覚えのあるものだという事に気付く。そもそも、二人の勝負に割って入ってくるような者は、酔狂な結社の怪盗を除けば一人しかいなかった。
「もーなんだよベル。せっかく面白いところだったのにぃ」
「ふふ。お邪魔してしまってすみませんわ、シャーリィさん」
黒を基調とした服と、二つに結い上げられた腰まで届く髪。間違いなく美人でありながらも近寄りがたさを醸し出す雰囲気は、明らかに只者ではない。実際に只者ではないのだが、リィンにしてみればそこまで関わりのある人物ではないため詳しい事は分からないし、聞くつもりも無かった。ただはっきりしていることは、彼女がリィンと先程まで戦いを繰り広げていた少女――シャーリィ・オルランドを迎えに来たという事だ。
結社『身喰らう蛇』が第三柱、マリアベル・クロイス。碧の大樹事件以来、結社に身を置いているという彼女とシャーリィは、スポンサーと護衛者という立場らしい。そこに至る経緯は知らないが、かの鋼の聖女が率いるデュバリィ達とシャーリィの立ち位置は同じようなものらしいと当たりを付けていた。
(そう言えば、久しく会っていないな)
デュバリィとは何度か剣を合わせたが、鋼の聖女とは一度言葉を交わしたきりだ。彼女たちが今どこで、何をしているかは分からないが、おそらく盟主の命とやらに従って世界各地を回っているのだろう。その意味では、マリアベルも盟主の意向を受けて動いているので、こうしてシャーリィを迎えに来たという事は何か動きがあったのだろう。帝国の事ではない限り深追いする必要も無いため、ここは一旦クロスベル市内に戻るか、と鞘に剣を収めていると、予想に反してマリアベルはリィンを呼び止めた。
「お迎えはリィンさんにもありましてよ?」
「俺に、ですか?」
「ええ。あなたの契約者<マスター>がいらしていますから」
契約者、という言葉に思わず眉が寄る。なるほど、と乾いた唇が知らず動き、目線はマリアベルの後ろに注がれた。無意識にか意識的にか、胸元で首からかかっているチェーンが揺れた気がして、拳を握った。マリアベルの栗色が混じった金髪とは異なり、優雅と評するに値する金の髪を緩やかに束ね肩にかけている、男性。リィンより十歳も年上とは思えないほど若い風貌ながら、貫録のある言論と声色。人を従わせ、心を掴む術に長けていながら、裏など全く感じさせない誠実ささえ兼ね備えている。リィンにとっては恐怖すら抱く相手――そして、服に隠された胸元に輝く、指輪を贈ってくれた親友の大事な兄でもあった。
「待たせたね、リィン君。シャーリィ殿やマクバーン殿との手合せは、君の鍛錬になったかな?」
「…十分すぎる程に」
古戦場、という景色に似合わず、いくつもの装飾に彩られた服装。しかし歩く姿に隙は無く、腰に手を当てた姿も変わりない。帯刀はしているが、ここの中に居る誰よりも戦力的には弱い。にも関わらず、その存在は精神的な圧迫を含めてリィンにとっては息が苦しくなるほどだ。怯えてばかりでは仕方ないとはわかっていても、反射的に身構えてしまう癖は直さなければいけない。負けじと見上げれば、親友と同じ色をした瞳が楽しげに細められ、肩に手が置かれた。
「さあ、君の望みはまず叶えた。次は、分かっているね?」
「ええ。ですが、最初に言った通り」
「もちろん、心得ているよ」
男性――ルーファス・アルバレアはこの上なく嬉しそうにリィンの言葉に同意する。肩に置かれた手はそのままするりと首筋を滑り、ざわりとした感覚が四肢に広がるのを感じてリィンはそっと身体を離した。
リィンがルーファスに頼んだのは、己が力を高めるためにもおそらく最も戦いに慣れた結社の下で鍛錬をする事。帝国内戦からクロスベル占領に至るまで、ルーファスが陰で彼らと繋がっていたことは薄々感づいていた事もあり、ルーファスが出した交換条件を承諾する形で半年近くシャーリィ達と手合せを行った。手合せ、というよりも純粋に殺し合いだったような気がしないでもないが、そこは最早過去の事だ。
そして、ルーファスが出した条件は――
「ふふ、相変わらず仲がよろしいですわね」
悪趣味としか言いようがない類の笑みを浮かべたマリアベルは、それはお送りしましょうとルーファスに告げた。
「すまないね、マリアベル嬢」
「いいえ、これくらい。代わりに得られたもので十分ですわ」
足元から、淡い光の粒子がリィンとルーファスを包む。何度か経験した転移魔法というらしく、ヴァリマールの云う精霊の途と似た様な性質を持っているようで、望む場所に対象を移動させることができるのだ。あっという間に景色が変わるだけだが、自分の身体がまるで溶けたようになるのは心地が悪い。
「リィン、今度遊ぶ時はもっと本気出してよね」
「本気を出したら、悪いが俺が負ける事は無さそうだけどな」
「分かってるよ、そんなの。だから、もっともっと強くなって、リィンの心臓を握りつぶせるくらいになってあげるから」
「…行きましょう、ルーファスさん」
最早絶句するしかない宣言は聞かなかった事にしようと思い溜息をついた。シャーリィはにこにこと手を振っており、どうやら本気でリィンと再度戦える日を心待ちにしているようだ。リィンにとっては迷惑この上ない。
促されたルーファスは肩を竦めるに留め、マリアベルに歩み寄るとそっと手を掬って甲に口づけを送った。優雅な礼と共に手を離せば、マリアベルもそっとスカートの先を摘まんで例の形をとる。その仕草だけ見れば社交界の一シーンだというのに、相対する二人が内に秘めるものは深淵の業とも言わんばかりのものだ。それが分かっていてなお、リィンは彼の下に居る事を決めた。
「では、ごきげんよう」
「お元気で。灰の騎士殿も」
「じゃーねー!」
包まれた光に溶けていく中、リィンは胸元に手を当てた。
ああ、ここは寒い、と目を瞑って。
翡翠に揺れる
掻き消えた声に応えを返す間もなくリィンの視界はぐらりと揺れて、土と石だらけの戦場から、紅を基調とした調度品が並ぶ室内が飛び込んできた。あまりの変わりように、正常に機能しない視界の認識を戻すために頭を振る。おそらく王宮のどこか、執務室あたり。わざわざ空間転移で此処にやってきたという事は、仕事の合間に空間転移でリィンを呼びに来たという事だろう。マリアベルに言付ければいいにも関わらず、妙に執着を覚えられている気がして思わずルーファスを見上げた。
リィンの視線に気付いたのか、ああ、と思い出したかのように部屋を見渡す。
「此処は私の執務室だ。まずは…これに着替えてもらおうか」
手渡されたのは、赤を基調とした軍服だった。正規軍の物ではない、どちらかと言えば今ルーファスが来ているような装飾の凝ったもの。それが示す意味に思わず服を付き返してしまいそうになるが、”形”ですら重要であることはこの数年で十分に理解できていた。だから、対外的に見てリィンが誰の陣営に居るのか。誰の下でその力を振るうのか。端的かつはっきりと表すのが、纏う色と装飾が必要なのだ。
扉続きになっている部屋におとなしく入り、着替えを済ませる。鏡に映る自分の胸元に光る鎖を指に絡め、服の中に仕舞った。秘め事の如く、誰にも知られないように、触れることの無いように。たとえ誰が誤解しようとも、本人に誤解されようとも、自分の心の在り処が”此処”であることを確かにするために。
ああ、ここは冷たい、とリィンは感じた。五年前、内戦終結後にクロスベル遠征からトリスタに戻った際に感じた寒気と同じだった。灯る暖かさはどこかにあるはずなのに、心が別の場所で震えている。決して迷子ではないけれど、自分の在処が分からない。ひどく心許ないから、自分は此処に居るのだと、心は此処に在るのだと、指輪を頼りに息をする。外見からでは分からないからこそ、安心する気がした。
剣差に刀を納め、右手に手袋をはめる。鏡に映った自分が纏う色と装飾が滑稽な気がして内心苦笑するが、それが表情に現れることは無い。ここ数年で身に付けたポーカーフェイスは、指輪の送り主に比べれば大したものではないけれど、本心を隠すには十分だろう。
「準備は整ったようだね」
ルーファスは何か書類に目を通していたようで、手に持っていた紙を机の上に置いてリィンの襟を正した。さらりと前髪を払われた手は柔らかく、そのまま左耳にかけられる。
「ここに、証でも付けるかな?」
刹那、ぴたりと冷えた空気がルーファスの喉元に突きつけられた。リィンが刃を抜いたのではなく、ただ彼の視線がルーファスの首を?き切るかのような鋭さを帯びたのだ。それは一瞬のことで、しかし明確にルーファスにも感じられる殺気であった。混じりけの無い、純粋な殺意。
それが、目の前の青年から放たれたものであることに驚きはするものの、なるほどこれが彼が得てしまったものかと納得もした。学園の理事をやっていた頃からは想像もつかない、リィンの心に巣食った深い後悔。業。それが、彼をここまで変えるとは、と。
「ふふ、分かった。冗談はここまでにしておこうか」
深追いするつもりも無く、ルーファスはリィンから手を離す。据えられた視線はそのままに、苛烈さだけが空気に溶けるように解けていく。
「明日、バリアハートに向かう」
ぴくりと、眉が寄る。リィンは忌々しげに、ルーファスは楽しげに、お互いを睨んだ。
「君には、私の護衛をしてもらおう。そこで紹介もするつもりだから、そのつもりでいたまえ」
「…用件は、何ですか」
「頑張っている親愛なる弟を労いに、ということにしておこうか」
「あなたは??」
続く言葉をうまく形にすることができず、リィンは閉口する。
本心を見せない性情は既に把握してはいるものの、その対象が彼となるとリィンはどうしても想いを形にすることが難しかった。彼が、ユーシスが、どれだけルーファスのことを尊敬し、導となってきたかを本人から聞いているから。すべてを信じるほど子供では無くなっていても、やはりユーシスにとってルーファスという存在が齎すものは大きいと知っているから。
きっと鋭いルーファスは、ユーシスとリィンがお互いに向けている想いを知っている。それすらも彼の掌の上で踊らされているかのような錯覚に陥る。勝手なリィンの想像ではあるが、先ほどのような意地の悪い遊びを持ちかけてくるのは、少なくともそうした意図があるように思えた。
「…了解しました」
「おそらく何も無いとは思うが、よろしく頼むよ」
ぽんと肩を叩かれ、すれ違い様にふわりとハーブの香りが漂った。
懐かしさを覚えるその香りは、確かユーシスの部屋に置いてあった茶葉のものだ。バリアハートからわざわざ取り寄せていたという、ユーシスが好んでいたお茶。かつての第三学生寮でリィンに振る舞ってくれたことがあった。
もしかして、この茶葉も、ルーファスが好んでいた物をユーシスが好きになったのだろうか。
少しハーブの香りがしたからといって、誇大妄想もいいところかもしれない。それでも、なぜか目頭が熱くなるくらいには、流れ込む香りと記憶は優しいものだった。
本当にそうだとしたら、どこまでこの兄弟は。
「あの子と会うのも、久しぶりなのだろう?少しくらい私の元を離れたからと言って、咎める者は居ないだろう」
こうやって、優しさを垣間見せるのか。
「…ありがとう、ございます」
部屋を後にするルーファスの表情を見ることは適わなかった。
だが、きっと、ユーシスが時折見せていた少しだけ口角を上げた満足げな笑みなのだろう。
服の上から指を這わせ、軍服の皺など気にせず指輪の当たりを軽く握り込む。ユーシス、と音には出さずに唇だけで名を象った。こみ上げてくる涙を決して外には出さないように。辛いのではない、悲しいのではない。この痛みで涙していいのは、彼だけなのだ。
ああ、この色が、明日彼の目に入った時。彼は、何を思うのだろうか。
ルーファスの護衛として彼の前に立った時、彼はどんな顔をするだろうか。
それがただ怖い、と固く目を瞑った。