テオとルシアとの一幕を思い出し、ユーシスは眼下に広がるユミルの街並みに手を翳した。
夜のユミルは街灯が少ないせいか山間のせいか、今まで訪れた実習地の中でも比較的暗いと感じる。
シュバルツァー男爵家は、レグラムと同じく民家より高台にあるため、眼下の街並みを眺める事ができた。
吐く息は白く、冬の寒さは意識せずとも身体を震わせるが、今はなんだか胸がいっぱいで。
心が満たされていると、こうも安心できるものかと、思わず自分に苦笑してしまうほどだ。
戦艦パンタグリュエルに乗り込み、リィンを救出したその日の夜、Z組はユミルでリィンを休ませることで合意した。
すぐにでも各地を回った方がいいのではないかと言うリィンに、反対する間も与えずユミルに着港。
泣いて出迎えるルシア夫人の「今日はしっかり休息をとる事」に否を返せるはずもなく、今は部屋で休んでいる…筈だったのだが。
「…お前は、じっとしてる事もできないのか?」
「ははっ、なんだか眠れなくてさ」
ざくざくと地を踏み寄ってくる音に振り向けば、案の定、紫紺の瞳がユーシスに注がれていた。
夜の闇に溶ける様な黒髪だというのに、瞳だけは溶けることなく輝いている…それは、目指す道を見出した者の瞳だと感じた。
「わざわざ外に出てくる必要も無いだろう」
「ユーシスの姿が見当たらなかったからさ。どこに行ったのかと思って」
「それで探しに来たと?お前は俺をなんだと思っているんだ」
「悪気は無いんだって」
自然と隣に並び、リィンは空を見上げる。
冬空は瞬く星が良く見える、澄んだ色をしていた。
「それで?」
「え?」
「何か話があって来たのではないのか」
目を真ん丸に見開いて数秒、リィンは参ったとばかりに笑って、頭をかいた。
「ずっと恐ればかり抱いていたけど…やっと、向き合えるようになったと思って」
主語は無くとも、胸に当てられた掌が、それを物語っている。
「一番に、ユーシスに伝えようと思ったんだ」
穏やかな、笑顔だ。
彼が悩んでいた深さを考えると、本当に晴れやかで安堵した表情。
それを齎したのが自分ではない事に、少しだけ悔しいと思っている事に気付かず…ユーシスは、そうか、と呟いた。
「でも、やっぱりどこまで制御できるかなんて分からないし、何かあった時はユーシスが俺を止めてほしい」
「どっちなんだ、お前は…」
疲れたように額に手を当てれば、慌ててリィンが首を振る。
「それは、ほら、万が一というか!」
「…安心しろ。その万が一も無いだろうからな」
「へっ?」
「心配せずとも、お前が暴走することはもう無いだろう」
「そんなの分からない――」
「いや、有り得ん」
否定を続けるリィンを遮り、とんと拳を突き出した。
リィンが今まで、苦しみながら押さえ続けてきた心臓。
微かに伝わる鼓動に、ユーシスはふ、と笑った。
「お前の眼差しに不安など感じない。お前の強い意志が、お前自身を導いたのだ」
誇ればいい、とユーシスが言えば、リィンは泣きそうに顔を歪めた。
だが、それは涙の前触れではなく、嬉しさが堪えきれず表に出ただけだった。
リィンも、ユーシスに倣って彼の胸に拳を当てる。
一度伏せられた瞼が再び持ち上がった時、しっかりと前を見据えた眼差しがユーシスを打った。
「やっぱり、ユーシスの隣は安心する」
『ユーシス君が隣に居るとね、あの子がとても安心しているように見えるわ』
『君なりの道を見つけ出せる――自分を信じなさい』
ルシアの、テオの言葉が蘇った。
本当にこの親子は似た者同士で、ユーシスにとって掛け替えのない――
「俺の背中はお前に任せた。お前の道は、俺が支えよう」
「ありがとう、ユーシス。俺の背中も、ユーシスに任せる」
繋がった絆が切れる事は無い。
お互いが進む果てに、どのような困難が待ち受けていたとしても。
この絆が強固になる事はあっても、弱くなることなどないのだと。
誓い合った空の下、閃くように星が流れた。