飴の話

カノンと一騎と飴のお話。一騎視点。エグゾダス前から7話くらいまでのお話。

カノンがいつも飴を持ち歩いていることを知ったのは、とある日の楽園で遠見とカノンが話をしているのをカウンター越しに聞いていたのがきっかけだった。
ファフナーの機体を主にメンテナンスするカノンは、羽佐間先生指導の元、優秀な技術者として頭角を現しているらしい。彼女はパイロットとしても優秀だったが、それを作る側の人間としても十分な素質と高い理解力を持っていた。難しいことが苦手な一騎には到底考えられないような計算と、精密機器を組み上げていく手先の器用さと、一つのことに専念する集中力。あの総士ですら天才症候群を有さないカノンの潜在能力の高さを認めていた。
そんなカノンは、休憩がてら楽園を訪れては必ず何かしらを律儀に頼んで、窓際の席に座る。紅茶、珈琲、メロンソーダ、ホットココア。それは統一性のないものだったけれど、時折「紅茶には砂糖を入れた方が味が引き立つ」だとか、彼女なりのこだわりを教えてくれて、実際にやってみるのが楽しかった。カノンは料理が苦手だと言っていたが、この島の人間が知らない味覚をたくさん知っていた。
窓際のお気に入りの席で、いつものように窓の外を見ながらカノンはポケットの財布を取り出そうとした。その拍子に、ころりと転がり出てきた一粒の飴に遠見が「落ちたよ」と声をかけた。

「ああ、すまない」
「カノン、飴舐めるんだね」
「ああ。集中を切らさないために、よく舐めているな」
「へぇ。常備してるんだ」
「真矢も一つどうだ?」

手渡された飴は特に何か文字が書かれているわけでもない、シンプルな緑色の包装。中の飴も緑がかった透明なもので、遠見がそれを口の中に放り込む。

「~っからい!」

途端上がった叫びに一騎は驚いて肩を跳ねさせた。
遠見が信じられないとばかりにカノンに向かって手を振って顔を歪めている。カノンもまた面食らったように慌てて水を差し出していた。

「だ、大丈夫か?」
「うそぉ……カノン、いつもこんな、からい飴舐めてるの?」
「からい……のか?普通のミントだと思うが」
「すっごいピリッてなってびっくりした」

遠見がびっくりする程からいミント飴。刺激物は慣れると舌が何も感じなくなると言うけれど、その類いだろうか。
興味はあるが調理中は流石にまずいだろうし、と一騎は冷蔵庫の中から冷やしていた作り置きのアイスティーにミルクとガムシロップを混ぜたものを遠見に手渡す。
カノンが申し訳無さそうに遠見に謝っているのが、なんだか少し可愛かった。

「ほら、遠見」
「一騎くんありがとう~」
「すまない真矢、悪気があったわけでは無いんだ」
「分かってる。私もちょっと驚いただけだから、ごめんね」

カノンが目線を下げて口がへの字になっている横顔に、ショコラと同じだなぁやっぱり飼い主に似るんだなと一騎は感心した。
ショコラも最初の頃、カノンの猛特訓を受けて同じような顔をしていたことがあったのを思い出して、なんとなく気分がほんわかする。
それにしても、と机の上にまだいくつか残っているミント飴を一つ摘んで、首を傾げた。

「そんなにからいんだな」
「一騎くんも舐めてみる?」
「いや、調理中だしやめておくよ。カノン、これ一つもらっていいか?」
「え?か、構わないが」
「じゃ、もらうな」

ありがと、とポケットに押し込んでカウンターの奥に戻る。
煮込んでいたカレーの味付けが終われば、昼の準備も完了だ。小皿によそったカレーを味わいながら、足りない調味料を加えていく。
カウンターの向こうでは、飴の話はどこへ行ったのやら。窓際の席でカノンは、遠見と楽しそうに何かを話していた。



楽園の客層は幅広く、大人から子供まで対応するメニューというと、やはりカレーが一番の人気を誇る。
逆にそれ以外に、子供向けのメニューが無い。メニューを作る程子供の客が多いわけではないから今まで必要に感じなかったのだが、美羽が大きくなるにつれて彼女に喜んでもらうために何かしようかという話になった。
その一つが、レジで会計の際に無料でプレゼントする飴だ。
小さめの籠にいくつか飴を入れておいて、どうぞご自由にお取りください、とすれば子供は喜んでもらっていってくれた。

「カノン、いつも来てくれてありがとな」

またいつものように会計を済ませたカノンに、一騎は笑って礼を言った。
他にも総士とか常連はいるけれど、一番長くお客としてこの楽園に居てくれるのはカノンだと思っている。それこそ、一騎の目が見えない頃、まだ調理に慣れていない一騎の傍でずっと付き添ってくれたこともあった。
かなり真剣に調味料当てクイズなるものを作って、一騎が調理し易いように調味料入れの形を変えたり順番を決めたりと、考えてくれた。
カノンは親身に人の話を聞いてくれて、剣司とはまた違った寄り添うような優しさがあった。
真面目な一面はいつだって一騎にとってくすぐったいくらいで、感謝していた。

「きゅ、急に何を言い出すんだ」
「そう思ってたから、言うべきかなって」

突拍子が無さ過ぎるだろうお前、と狼狽えるカノンが面白い。剣司に「カノンをからかうな」と忠告されたが、普通に感謝を述べているだけなのでむしろ一騎としては最大限の親しみの表現である。
恨めしそうな顔で睨まれるが、そんな顔を向けられる程変なことを伝えたつもりも無い。

「……どういたしまして!」

ばたん、と何故か強めに閉じられた扉の音を認識した時には、カノンの姿は見当たらなかった。彼女が人類軍で鍛え抜いた俊足が活かされたらしい。

「……飴、渡そうと思ったんだけどな……」

レジ横の飴をカノンが取っていくことは無かったが、いつもちらりと目を向けているのは知っていた。
本当は欲しいんじゃないか?と思っては、持っていっていいぞ、と伝えようとしていたのだけれど、その機会がなかなか来なくて、今日こそはと用意していたのに。
走って追いかけて渡す程の物でもないし、また明日でもいいかな、とカウンターに戻ることにする。
カノンが明日来ないかもしれない心配は、まったくしていなかった。

そして予想通りというかいつも通り、カノンは店を訪れた。
今日は羽佐間先生と一緒にいつもの窓際の席に座って、突然メニューに加わった『皆城シチュー』とメロンフロートを注文してくれた。
二人が食べ終わる頃には店もだいぶ落ち着いていて、冷凍庫から取り出したアイスクリームをなるべく丁寧にメロンソーダの上に乗せる。
そう言えば、このメロンフロートのアイスクリームのせ初挑戦のときも、カノンは店に居た。正しくは、咲良の見舞いに行っていた剣司とカノンが合流し、空から帰ってきた遠見が三人で一緒に店を訪れたのだ。
夏を前にデザートの練習を、と溝口が買ってきてくれた特大アイスクリームケースからアイスを掬っていた時、剣司がアーカイブで読んだという飲み物にアイスクリームを乗せるフロートについて語りだした。
それはやってみよう、と女子二人が乗り気になったので、アイスコーヒーとメロンソーダを二つずつ用意して、何故か四人で一斉にアイスクリームを乗せた。
剣司はそこそこ、カノンは器用に、一騎は絶妙な量でもって美しいフロートを作りあげた。遠見は決して下手なわけでは無かったが、まあ、言わずとも察して欲しい。
悔しそうな遠見に、ここはこうで、と真面目に教えるカノンがまるで追い打ちをかけているようで、剣司と二人で大笑いしたものだ。
その後から、メロンフロートや珈琲フロートがメニューに加わった。
カノンは夏になると、今日のように必ずそれを頼む。家でもできると伝えたが、一騎が作ったのが飲みたいんだと言われて少し恥ずかしかった。二人して顔を赤くしてしまったものだから、周りに人が居たら誤解されていたような気がする。
一騎のが良いと言ってくれたカノンのために、なるべく綺麗にアイスクリームを乗せる。ストローを指して完成だ。
トレーの上にコースターと一緒に乗せて、ふと出しっぱなしにしていた飴の袋が目に入る。
そっか、今渡せばいいんだよな、と名案を思い付いたとばかりに一騎はもう一つコースターと、三つの飴を取った。

「はい、カノンはメロンフロート」

できたてのそれをカノンの前に、次いで一騎はもう一つ用意したコースターを隣に置く。

「と、これ」

三つの飴に、カノンは不安そうに頼んでいないと言ってきた。律儀な彼女のことだ、きっと間違いで渡しているのではないかと疑っているのだろう。

「いつも来てくれるから。それに、好きだろ?」

飴が、と言わなくても話の流れから普通に考えて飴だろう。
ミントの飴は実はまだ舐めていないのだが、タイミングが無かったのだから仕方ない。ちょっとだけ忘れていたのもある。
カウンターに戻って、飴を渡せたことに満足しさっそく下げた皿洗いを開始する。
ちらりとカノンを見遣れば、一つ手に取って微笑んでいた。
飴はたくさんあるから、また来たら渡そう。
一騎は嬉しそうに飴をしまうカノンを見ながら、決めた。



結局それから飴を渡す機会は無かったけれど、カノンが好きそうな飴を駄菓子屋で見つけては補充した。
さすがに渡した三つの飴はもう舐めてしまっただろう。
作業中はミントの飴ばかりのようだったからたまにはオレンジとかメロンとか、甘い物があってもいいんじゃないだろうか。

明日、総士と一騎は島を旅立つ。
助けるための決断だ。
帰ってくるための旅だ。
二人のために、カノンを初めとする機体整備クルーは寝ずに準備を進めてくれている。
たくさんの人が二人の無事を祈ってくれている。
だから、必ず遠見達を助けて、皆で島に帰るのだ。

静かな楽園の中で、一騎は一人、誰もいない店内を見渡した。
溝口も遠見も、暉も居ない今、きっと誰も楽園には来ない。
でもカノンは。
カノンだけは、たまに来てはいつもの席に座って、皆の無事を祈ってくれているような気がする。
不意に、カウンターに飴が置かれているのが目に留まった。
そう言えば、カノンからもらった飴をまだ舐めていない。
ミント味がからくて、遠見が驚いた飴の味。
ゆっくりと丁寧に包装を剥がして、一騎はそれを口に入れる。包装紙はポケットにしまった。

「……そこまでからくは、ないかな」

ぴりっと舌を走るからみは確かにあったが、ミント独特の香りの方が強い。
集中するために、カノンはこの飴を舐めるのだと言う。

「そっか。メロンフロートにミントっていうのも、合うのかな」

なんとなくそんな気がした。
帰ったら、ミントの葉をアイスの上に乗せて、カノンに飲んでもらおう。
甘いので身体を休めてもらって、ミントの清涼感で集中力が上がる。自分にしては良い思いつきだと一騎はなんだか嬉しくなった。

「……必ず帰ってくる」

最後の旅になるかもしれない。
もしかしたら、もう居なくなってしまうかもしれない。
でもカノンは、きっといつまでもこの島で、一騎達の帰りを待っていてくれると思うから。

「ありがとう、カノン」

行ってくる、といつも彼女が座る席を、撫でた。

泣いてまで自分を止めてくれる、とても優しい人。
今度見るのは、嬉し涙がいいな、と閉ざされていくコクピットブロックの中、心の内で別れの挨拶をした。