3.ヤロ・プペン 別れ/香り/声
「牡丹餅を作るからおいで」
西尾行美に命じられて西尾商店の厨房に招かれた総士は、先客の姿に目を丸くした。
「総士先輩」
「今年は総士先輩も参加するんですね」
割烹着姿の暉、里奈、芹、広登、そして一騎。作戦会議でもするかのように机を四方から囲む五人は、しかしアルヴィスの制服ではなく両手を小麦粉塗れにしての臨戦態勢だ。
今や島の主戦力であるパイロットたちの、ある意味平和な姿。部屋の後方から顔を出したベテラン技術者西尾博士も揃いの割烹着を纏い、臼の中に両手を突っ込んでいた。
「おや、やっと来たかい。奥にあんたの服があるから準備してきな」
「は、はい」
「手伝うか?」
「いや、一人で大丈夫だ」
既に小麦粉まみれの一騎の手を煩わせずとも、着替えくらいは一人で可能だ。手早く割烹着に袖を通して髪をひとつに結び、前に垂れないように前髪を横に流して緩くとめる。洗面台で手を洗ってうがいもばっちりだ
牡丹餅作りの現場に戻ると、そこはまさに阿鼻叫喚の戦場と化していた。
「おばーちゃん早いから!!」
「里奈は口を動かす暇があったらさっさと餅の形に丸めろよ」
「ぷわっ小麦粉が飛ぶよ?!」
「広登も変なところ凝らないで丸めてって!」
「なぁ里奈、ゴーバイン牡丹餅って良くないか?」
「目に小麦粉入った……」
行美が臼の中の餅をちぎり、小麦粉が広がるテーブルに投げ込む。その速さたるや、ルガーランスの射出速度も真っ青なくらいだ。訓練用のペイント弾を彷彿とさせる勢いで餅がテーブルに叩きつけられ、柔らかなそれはぺしゃりと音を立てつつ小麦粉を舞わせる。
勢い余ってテーブルから落っこちそうになるのを慌てて暉や芹がキャッチしつつ、せっせと楕円型に両手を使って丸めていった。なんだかんだ言いつつ、島の子供たちはこの手の作業に慣れている。賑やかな口とは裏腹に、丁寧に形が整えられていく丸餅は見ていて気持ちが良い。
一騎はというと、丸められた餅を一人せっせと餡子で包んでいた。
「こっちを手伝えば良いか?」
「ああ、頼むよ」
隣に立った総士との間に、餡子が敷き詰められたボウルと既にできあがっている牡丹餅が並べられた皿を配置する。炊いて砂糖で馴染ませた小豆の程よい香ばしさは、どうやら御門屋のもののようだ。あそこの和菓子屋が作る餅は美味しい。
「僕はこっちからやる」
「任せた」
ヘラですくった餡子を掌に広げ、餅を乗せる。食欲をそそる色味と香りに腹の音が混ざりそうでグッと力を込めた。
「あいつら楽しそうだな」
ぎゃあぎゃあと飽きもせず騒ぐ後輩に、一騎は呆れたような感心したような眼差しを向けた。
「よくやるよ」
「楽しそうなのは良いことだろう」
一騎は目をぱちりと瞬く。思いがけないことを言われた様子だ。
「どうした?」
「あ、うん……いや、そうだよな。楽しいのはいいことだ」
牡丹餅を包む手に、きゅっぎゅっと力が籠る。どことなく一騎の横顔が楽しげに緩んで、よし、と気合いの入った小さな呟きが総士にだけ届いた。
それからしばらくは真剣に牡丹餅の作業に没頭し、騒がしい後輩たちの声が絶えず盛り上がった。
餡子を均等に配分する総士に対し、ざっと目分量と感覚で餡子を掬いとる一騎に、喫茶楽園の同僚である暉は「またやってる」とわざわざ指摘したり、広登が突然新曲を披露しだしたりと話題には事欠かない。自分たちの世代もそれなりに騒がしかったが、仲間の死を経たことでこうした明るさとはだいぶ遠ざかっていたのだと、改めて後輩たちの存在がアルヴィスやパイロットたちにとって重要であることを総士は実感した。
「もし機会があったら、秋はみんなでなにかできたらいいな」
餡子まみれになった両手を眺めながら、一騎はぽつりと言った。一騎がそんなことを言うのは珍しかった。
昔から、未来の希望を口に出すことは少ない。こうしたい、ああしたいという強い意志を心に宿しているのはいたけれど、それを表に出すことに抵抗があることを、総士はよく知っていた。
だから、これは喜ばしいことなのだ。たとえ一騎がそんなことを言い出した理由が、終わりを迎える前の思いつきであったとしても。
「いいな。パイロット全員で、できることがあれば楽しいだろう」
「うん」
細めた双眸に映る総士は、一騎を真っ直ぐに見据え、彼を離さまいと必死に足掻いているようであった。
うっすらと夜明けが滲む空を見上げる。いつの間にか眠っていたようだった。力によって強制的に眠らされるのとは違う、人間としての睡眠は頭の中がぼんやりとする。しかも久しぶりに夢を見たせいか、記憶が再現された景色が妙に五感を刺激した。
甘い砂糖と小豆の香り、あの場にいた人達の声、できあがった食べ物の形、色、ぬくもり。
もうずっと聞いていない、総士が一騎を呼ぶ声。
――別れを惜しむような夢を見るなど今更だと、海神島を照らす朝日に感情を排した瞳を向けた。