19.「椅子」「拳銃/ピストル」「平穏」



足元の蛍光灯が、怪しく赤と黄色に点滅するワンルーム。
椅子に縛り付けられた男が二人、猿轡の隙間から苦悶の声をあげ、自らを縛り上げた男を睨み付けた。
薄暗い部屋の中で二人を見下ろす男は、すらりと長い脚を緩く組んでカウンターチェアに腰かけている。ここは、彼が隠れ蓑にしているバーの一室だ。
「悪いけど俺は、そこまで気が長い方じゃないんだ」
男――春日井甲洋は、謳うように告げた。長い前髪に隠れた容貌は一般的に例えれば甘いマスクに整った顔立ちといえるだろう。だが眼光は鋭く男たちを射抜き、穏やかな口調は逆に恐怖を植え付ける序章のようであった。
「一騎と連絡が取れなくなって、二時間五十八分七秒。一騎を探していた操と連絡が途絶えてから、四十九分十六秒。定期報告の時間から、もう十五分も過ぎている……一騎たちは、どこにいるのかな?」
カツン、と黒塗りの革靴が床に音を立てて降り立った。漆黒のスーツを纏う長身は、立つことでよりその存在感を増す。胸元の赤いハンカチーフと青色に光るネクタイピンが蛍光灯の光を反射し、一歩ずつ、男たちに歩み寄った。
スーツの下に装着したホルスターから、愛用の拳銃を引き抜く。
右手に銃を、左手にスマホを持つ彼は、その物騒な武器さえなければどこにでもいる若者であっただろう。だが、薄らと弧を描いた口元に反して瞳は冷たく男たちを睥睨し、反響する足音は震えあがるほどの恐ろしさが這い寄るようであった。
「この銃、結構気に入ってるんだ」
甲洋がふらりと右手を振った。
無骨で鈍い銀色に光る小型の銃身は、珍しい型ではない。軽量で持ち易く、裏では広く流通している分売買のアシが付きにくいマカロフ――その中でも旧式といえるだろう。
「この任務についた時、最初に使ってからずっと変えてない。今は新式でもっと威力が上がっているのもあるけれど、貫通力があるよりも盲管銃創
になった方が痛みが強いだろ?」
中心の椅子に縛られた男のこめかみに、甲洋の銃が音もなく添えられた。
隣にいた男が、縛られた状態で足を振り抜き甲洋を威嚇しようとする。健気にも仲間を護ろうとしているのか。甲洋は慌てることもなくかわして椅子の細い脚を拳銃で撃ちぬく。バランスを崩した男は椅子ごと背中から床に落ち、頭を打ったのか静かになった。
「ちなみに、愛称は"トランクヴィリア"だ。意味は知ってる?」
なぞかけをするように、柔らかな声で甲洋は問いかけた。しかし銃口は変わらず男のこめかみを狙い、カチカチと猿轡の金具と接触し音を立てる。
甲洋の人差し指が引き金にかかり、カチリ、と安全装置が外れる音が耳元で響く。男の顔が恐怖に引き攣った。
マカロフのダブルアクションは、薬室に弾薬が装てんされていれば、人差し指が引き金を引いただけでハンマーが起き上がり、発射までの一連の動作が行われる。すなわち、甲洋が引き金を引けば、男の頭にはマカロフの九ミリが打ち込まれることになるのだ。
喚き逃げようと、無様にも身を捩る男に甲洋は一つ溜息をつく。
「だから聞いてるだろ? 一騎たちはどこに行ったのか、答えてくれればいい」
男たちは首を横に振った。激しく、何も知らないと語る目に嘘はない。
「知らないなら、知ってる人のところに案内してくれるのでもいいんだけど」
甲洋の提案に男が何事かを訴えるが、猿轡のせいでまともな言葉になっていなかった。だが様子から、何も知らないようであるのは察せられる。
このまま引き金を引けば、男の頭には綺麗な銃創ができあがることになるが、無用に人を殺すのは避けたいというのが甲洋の本心であった。総士あたりならもう用済みだとすぐに黙らせているだろうし、一騎も一瞬でそうとわからないうちに殺してしまうだろう。二人が愛用するトカレフが、躊躇い無く美しい死の華を咲かせるに違いない。
だが甲洋としては、無用に人を殺すのは憚られた。そう戒めておかなければ、自分が『際限なく人を殺せる』性質であることを甲洋はとてもよく理解していたから。
甲洋が愛用するマカロフを手にした瞬間から、そして銃に付けるには気が狂ったとしか言いようのない愛称を決められた時から、甲洋は何度銃創を取り換えたかわからない。薬室の掃除を欠かさずいつだって撃てるように準備をしながらも、決して進んで『殺し過ぎないように』気を配っていなければ、甲洋こそが殺人者となってしまうのだ。
「せっかく気に入ってるんだ。どうでもいい奴の血で汚すような真似はしないよ」
銃身で男の額を殴り、先程椅子ごと倒れた男と共に縛ったまま床に転がして、点灯したままであったスマホに耳を寄せる。画面の向こう、隠し切れない怒りを滲ませた総士に苦笑して、甲洋は目を細めた。
「……そう、そっちが当たりだったね。今行く」
すぐに送られてきた位置データと現在地を頭に入れながら、ふと背後に生まれた影に溜息をつく。

"――rest in piece"

真っ直ぐに向けられた銃口、ぴんと伸びた背、黒いスーツ。そして、血の色に染まったスカーフと美しい青。
死の安らぎを与えられた男は、二度と目覚めることの無い海の底へと誘われた。