香水 −甲一ver−

ぼんやりとした意識の中で浮かんできたのは、熱いということ。そして、微かに鼻腔を擽る柔らかな香り。
その出処が気になって、指先に触れた人肌を撫でた。汗で吸い付くような、しっとりとした二の腕の感触。自分と同じくらいの体温。
これかな、と掬った汗の乗った指先を舌で舐めると、思っていたよりしょっぱい味が舌の上に広がった。
ちかちかと、涙と汗が入り交じった雫が目の端を伝う。潤んだ視界は前後左右がはっきりとしない上に、すっきりと焦点を結ばない。
荒く繰り返す息遣いが、全速力で駆けた後のような脱力感と、深い充実感を身体に染み込ませて、波のように穏やかに引いては荒々しく襲ってくる。
自分に覆いかぶさっていた彼は、何故か苛立つような表情でこちらを見下ろして、「わざとなの?」と瞳を鋭く細めた。

「…?」
「…わかってたけど…」

彼の言いたいことはわからないが、彼には何かがわかったらしい。ならいいかと、意識は香りの出処を探す方へと戻った。戻ろうとした。

「アッ……」

ゆさ、と身体を揺すられて、シーツが掠れた音を奏でる。
下腹部に埋め込まれた熱が膨らみを増して、より奥を穿つ動きに、たまらず喉が鳴いた。

「こう、よ……」
「ん?」

縋るように伸ばした手は、優しく導かれて彼の首へと回った。そうすることで、より深く、より近くに彼の体が傾いて、深くを暴かれる心地良さがぞわぞわと背筋をかけ昇る。

「ひ……っあ、んぁ……ぁ、んっ」

声も身体もたまらず震えて、抑えきれない嬌声をなんとかしたくて口を閉じようと試みる。
でも、彼はそれを許すまいと言わんばかりに唇に噛みついてきた。舌先が巧みに上顎を掻き、例えようのないむず痒さに目の奥がツンとする。
息を吸って吐いて、乱される感情を整えようと鼻を啜ると、不意に鼻孔を擽る香りを霞む意識の中で捉え、キスを繰り返す彼を見つめた。

「……?」

甘いバニラのような、苦いハーブのような香り。
瞬く意識と視界の中で、強く存在を主張するようなその匂いのする方へと、顔を寄せる。

「どうしたの、一騎?」

中断された口付けを咎めることなく、背に回された手に優しく身体を撫でられた。
顔にかかったのは彼の髪で、唇が触れた先は喉と肩の間。汗と一緒に時折放たれる、くらりと意識を奪うような香り。陶酔してしまうような錯覚さえ起こす、甘く滑らかなそれが、情事の気配に溶け込んでいる。

「ん……なんか、いい匂いがする」

そう、と彼が苦笑し「試供品だよ」と説明してくれた。

「この前、コラボ商品だって言われて作ってもらったんだ。一騎たちも、昨年やってただろ?」
「あ……香水の……そっか」
「同じブランドだよ。またセットで発売するんだってさ」

一騎たちのも再販するんじゃなかったっけ、と問われて、そう言えばそんな話を総士がしていたような気がしてこくりと頷く。
拍子に、こめかみから流れ落ちた汗を睫毛が弾いた。じわり、と汗なのか涙なのかが視界を滲ませる。ぱちぱちと目を何度か開閉して、甲洋から顔を離した。

「なんか……安心、する、気がする」
「そう?自分じゃわからないな」
「甲洋だからかな……んっぁ、あぅ」

腰のあたりを柔く掴まれ、浅いところを突かれる。ジンジンと脳髄が痺れて、甘い香りが刷り込まれていくような錯覚。甲洋に抱かれているのだと、この香りを嗅ぐ度に、強く意識してしまいそうだ。

「あっあっ、あぁ、あ――っ」
「くっ……ん、ぅ」

甲洋が眉を寄せて、膝裏を掴んだ手に力を込める。くる、と予感に震えた腹が甲洋のモノを締め付けているのに、ぬめった中は卑猥な音を立てて更に奥に甲洋を誘った。
息があがる。バカみたいに意味の無い声しか出せなくなって、甲洋の熱が気持ちいいとしか考えられなくなるのが、怖い。
シーツがぐちゃぐちゃになるくらい掴んで、甲洋の律動が少し苦しくなってくるのを耐えていると、ふと緩やかな動きに変わった。息を詰めていたのを見破られたのだろう。
セックスの時の甲洋は、普段より意地悪な時もあるけれど、苦しいことは絶対にしないから、優しい。

「知ってる?一騎と総士の香水は、混ぜても互いが引き立つように香りの成分が調整されてるんだ」
「ふっ、はぁ、ぁ……そぅ、なのか?」

息を整えながら聞く。それは初耳だった。
ぽたりと甲洋の顎から零れた汗が、頬を伝って自分のそれと混ざる。

「俺たちのは、どうかな? 」

耳元で囁く。低くてあつくて、こわいくらいの甘ったるさが、五感を襲う。耳に触れられるのが苦手だと知っているはずなのに、抗議の声をあげるより先に、抱えられた身体が宙に浮いてしまうくらい大きく突き上げられて。
声にならない、甘く苦しい、香りも衝撃も熱さも、全部頭の中でぐるぐるとかき混ぜられる。

「ひぁ……っ」
「まあでも、安心するなら、良かったね」

くすりと口の端を上げた甲洋の、至近距離で見つめあった瞳に漂う、赤とも茶ともつかない包み込むような甘い色。それは、確かに安心するもので。
こくりと頷いて目を閉じると、彼を感じる香りに包み込まれる。足の先まで侵されているような感覚に、ビクンと腰が跳ねた。

「いこっか」

甲洋の舌が首筋を這う感触に、たまらないと熱が弾ける。快楽だけに支配されるのは、自分があやふやになって怖いこともあるけれど、心配しなくても、甲洋ならちゃんと引っ張りあげてくれるから。
酩酊した世界が反転し、逆らわずに落っこちていった。

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