僕の母は、僕が成人を迎える前に流行病に罹って亡くなっている。優しくて大雑把な性格だったから、よく父の難しい言い回しを「不器用」と称して呆れていた。しかたないなあと苦笑している姿は、父を心底愛しているのだと伝わってきて、子供心ながらにいつまでも新婚みたいな二人の間に生まれた子供が僕だけだったのを不思議に思っていた。
父はこの島にたった一つだけある学校の教頭で、島に初めて学校が建った時の最初の先生だ。途中で何年か本土の方にいたらしいけれど、母と結婚してからはずっとこの島で暮らしている。
母を亡くした父の背中は少しずつ小さくなっていって、いつの間にか僕の方が大きくなっていた。決して弱音を吐いたりする人ではなかったのは、母が寄り添っていたからだと知ったのは母が亡くなった後だ。口数が減り、本土で暮らすようになった僕に「お前の思うように生きろ」とだけ告げ、父とはそれきりだった。
僕は今、島に戻ってきている。母が亡くなって三年、父も病に倒れて帰らぬ人となった。父の葬儀は島をあげての盛大なものとなり、唯一の肉親の立場としては取り仕切るのは僕の役目だ。
父の墓は、母の隣に作られた。死後の世界でも共に居られるように、と二人の友人たちが願って墓に花を手向ける後ろで、僕は母のことを考えていた。
母に教えてもらった。父は運命の人だったと。父と結ばれて、これ以上幸せなことは無かったのだと。もうくたびれて使えなくなった髪留めを最後の瞬間まで握り締めて、これがあれば父と離れてもずっと一緒にいられるのだと嬉しそうに目を細めて。
だから、僕にもそう思える人が見つかるといいと、病床で頭を撫でてくれた。その時の母の顔を、僕は忘れない。父のことを語る母の瞳が、まるで幼い子供のようにきらきらと光って、人はあんなに優しく笑うことができるのだと知った。僕も母みたいな人と出会いたいと、強く思った。
二人にはもう写真の中でしか会えない。
若い頃の二人が写った、もう色褪せてしまっている物ではあるけれど、大切に写真たてに飾ってあるそれに僕は毎日挨拶をする。
島の朝は早い。晴天で始まる一日は、なんだか良いことが起こりそうな予感がした。
振り返った先には、写真の中の両親が幸せそうに笑っている。
僕は目を細めて、いってきます、と呟くと扉をしめた。