・アイチの部下やってる櫂くんとレンさんが見たい
・気弱だけど凛々しくて時々頑固 アイチ<青の王>
・アイチ大好き絶対守るマン 櫂トシキ<青の盟友>
・アイチ可愛い彼になら自分を捧げてもいい系 雀ヶ森レン<青の魔術師>
・ふわっと戦争してる 全体的にふわっとしたパラレル そしてすごくシリアス



曇天を降下する竜の翼が、唸り声を上げながら戦場を過った。
雷のごとき速さで険しい岩壁の合間をすり抜けるその姿は「鬼神」という忌み名を冠した古の竜を思わせるものであり、戦場において味方ならば一騎当千の頼もしさと同義であった。反面、敵ならば畏れの象徴であり、忌むべき存在として映る。
竜は目的の場所に辿り着くと、咆哮と共に灼熱の炎を眼下へと吹きかけた。地上には何千という兵士がそれぞれの戦いを繰り広げており、しかし竜の息吹の前にはひとたまりもない。迫りくる炎の手に恐れおののき、しかし背を向けることもできずにいた兵士たちであったが、彼らを守るように一片の紙が障壁となって炎の行く手を阻んだ。
マロン様だ、と兵士の誰かが叫ぶ。「小さな大賢者」という二つ名を有する国の護り手の一翼は、兵士たちを振り返り一つ微笑を落とすと、天に向かって細い腕を掲げた。その手に収められていた、小さな石のようなものを頭上に放り投げる。輝きを纏いながら宙に花咲く光となるその石は、いわば目印のようなものだ。マロンが敬愛する先導者に、戦場の無事を伝えるための手段。そして、舞い降りる彼の姿こそが戦場において何よりも強き力と輝きをもって兵士たちの導きとなる。
「マロン、ありがとう」
炎が無意味と悟った竜による攻撃は徐々に勢いを失くし、兵士たちを守った国の守護者に労いの言葉が傾けられる。
青き光を纏った人影が、戦場にその御姿を現した。
「先導者様だ!」
「アイチ様!」
兵士たちが口々にその名を紡ぐ。
青い髪、青い瞳、そして青い衣を纏う彼は、性別を感じさせない雰囲気と相まってどこか神秘的でもある。
戦場という血生臭い場所には不似合いだというのに、しかし彼はこの場の誰よりも強いのだということが本能的に察せられた。
竜もまた、アイチの姿に低く威嚇の声を放つ。
「櫂くん」
そして青い影の傍には、もう一つの人影が侍っていた。
形こそ普通の人間であるが、新緑の瞳は鋭く整った顔立ちが凄みを増している。櫂と呼ばれた彼は脇に差した鞘からするりと剣を抜き、竜に切っ先を向けた。
不意に、刀身が青い炎を纏う。ゆらめく色が瞳に写り込み、エメラルドのごとき煌めきが櫂の意志をさらに強き力へと押し上げた。
「あの子を殺してはいけない。彼を蝕むものを、砕いて」
「わかった」
竜は、よく見るとその首元に黒い輪のようなものを纏っていた。正確には、戒められていた。黒き力は赤い光をまき散らしながら、見る者に不安を与える。
虚無――この世界を侵略せんとやってきた世界の敵。それらによって操られてしまった生き物は、この竜のように黒い輪にその身を縛られながら、己の意志とは無関係に破壊活動を行う。
絶大な力を得られるものの、自我を傷つけられ黒き力の浸食を受けることでその身にかかるダメージは計り知れない。
たとえ黒い輪だけを壊したとしても、生きていられるとは限らず、大半は力のフィードバックに堪えられず死を迎えてしまう。
それでもアイチは、助けたいと願う。
己の大切な人を危険に晒してしまうと理解していても、黒い輪に操られてしまった命を、ただ危険だからといって切り捨てることはできない。
そしてそんなアイチを、櫂も、マロンを始めとする国の守護者たちも、兵士たちも、慕い献身を捧げるのだ。
「櫂くんに、聖域(サンクチュアリ)の加護を」
アイチの宣言と共に、櫂を覆う青い光が一層強い光を放ち、身体の内に収束する。
漲る力は、アイチの力であり、それすなわち聖域の力そのものだ。闇を払う光を、櫂は揮う。
「おとなしく解放されるといい」
誰にともなく呟き、櫂は足に力を込めると一気に竜の元へと跳躍した。その背に翼を生やし、空を駆ける。
かつて、櫂も竜であった。正しくは、対峙する竜と同じく、虚無の手先となって世界に混沌をまき散らす存在であった。
櫂の出身である帝国(エンパイア)は虚無の進行を受け一時的に荒廃の道を辿っていたが、アイチによって救われた。聖域の守護を貰い、虚無を打ち払い、櫂自身もアイチによって黒い輪から救い出され、以来アイチを守護するため聖域に身を置いている。
幼い頃、些細な縁でアイチを助けたことをきっかけに、アイチはずっと櫂の事を忘れられずにいたのだという。櫂に救われたのだと憚らず宣い、帝国が虚無に屈することのないよう最大限働きかけてくれた。櫂はその恩義を返すために、そして虚無を払う力を持つが故に、虚無に命を常に狙われているアイチを守るために、彼の傍にいたいと願った。
アイチが望むことを、願うことを、叶えるために櫂の現在(いま)は在る。
「消えろ」
黒い輪を、青く輝く剣で砕く。
無数のヒビが走り、外側から崩壊を始める輪と連動するように、竜の苦し気な悲鳴が響き渡った。苦痛に満ちた声に、アイチは眉を寄せ堪える。
本当なら、痛みなど与えたくない。だがそれはただの偽善であり、アイチが望むように操られた竜を救うにはこうするしか方法はないとわかっているから、アイチは一人心を痛める。
優しさであり、愚かさ。櫂は、そんなアイチを哀しくも思うし、愛おしくも感じる。矛にも盾にもなって、守ってやらなければと決意する。身に宿る力は強大でも、優しいが故に人一倍弱さを有する、彼のことを。
「櫂くん」
アイチの呼び掛けを背に、櫂は最後のひと振りをもって黒い輪を消し去った。足掻く竜の爪が迫り来るも、櫂はじっと睨みつけ剣を構える。それが届く前に、力尽きたのか竜は巨体を地に伏せた。
わあ、と兵士たちから歓声が上がり、味方の士気が高まるのを肌で感じながら、櫂はアイチを振り向く。
アイチは顰めていた顔を穏やかなものにすると、櫂へと手を差し出した。
「櫂くん、ありがとう」
密やかな喜びを含ませたのは櫂個人に対して。上に立つものとしての声色で敵を救い闇を打ち払った騎士を労い、アイチは兵士たちを見下ろした。
「みんな、戦いはあと少しです。魔術師が、この闇を光へと変えてくれます。それまで、どうか頑張って」
「魔術師様が……!」
「レン様もいらっしゃっているぞ!皆、生きて帰るぞ!」
おお、と歓声を轟かせ、兵士たちは再び目の前の敵に向かって戦いを続けた。
アイチは目を細め、その身から青い光を放ちながら、兵士たちの無事を祈る。
剣を納めた櫂は、アイチの隣に降り立つと傍らの身体を引き寄せた。
「無理をするな。力は必要な時のためにとっておけ」
「でも、みんなの傷を……」
「重傷者はいない。それに、傷を全く負わない戦など有り得ないんだ。おまえの力は、決して無限じゃないんだぞ」
厳しさを滲ませた櫂の忠告に、アイチは逡巡し、その手を下ろした。櫂の言葉は正しい。アイチを想ってくれていることもわかっている。だから、兵士たちに、櫂に過擦り傷ひとつでも負って欲しくないのは、アイチの、それこそ偽善に過ぎないのだ。
国の先導者はひとり。
国を支え、礎となり、導くのはたったひとり。
故に、倒れてはならない。死んではならない。道を間違ってもならない。
アイチが置かれているのは、想像しただけで押しつぶされてしまいそうな重圧の檻だ。それでも選んだのはアイチ自身の意志であり、偽善だろうとなんだろうと、人々のためには貫かなくてはならない矜恃がある。
「わかってる」
「なら、行くぞ」
「うん」
羽を広げた櫂に腕を伸ばし、横抱きにされたアイチは宙に舞う。
「マロン、ここは任せたよ」
「はい。マイヴァンガード、櫂様も、どうかお気をつけて」
国の先導者と、彼を守る騎士。
その姿を目に焼き付け、兵士たちは、己の成すべきことに全力を尽くす。
自らの先導者を信じて。
やがて戦争が終わる日を、信じて。



**



戦の終わり間近、残りは僅かな勢力のみとなれば、アイチの出番は少なくなる。前線に出向く必要は無くなり、領内の城で兵士たちの帰還を待つのみだ。
本当ならアイチもずっと共にいたいと思うけれど、最も守られるべき存在が前線に出ているということはそれだけ失う可能性も高くなる。
攻撃こそ最大の防御と考える櫂にしてみれば随分と過保護な扱いではあるが、アイチを守りたいのは国の総意と言っていい。護り手を務めるブラスターブレードやマロンといった守護者たちの考えも汲んだ上で、せめて戦場の行方に目処がついたところで帰還を、となるのは譲歩の末だ。
先だってアイチを連れ戦場を駆けていた櫂は、虚無の残存勢力を一掃するため国の魔術師である雀ヶ森にアイチを預け、未だ戦地に残っている。そしてアイチは、そんな櫂や、彼の部下が無事に戻ることを祈り、聖域の祈りの間で静かに祈りを捧げていた。
目を閉じひとり両手を合わせるアイチを邪魔する者は誰もおらず、静寂が肌を刺す痛みにすら感じられるほど一途に、アイチは祈る。聖域の加護をもって、アイチの生命を削ってでも大切な人たちが守られるようにと、一心に。
「アイチくん、根を詰めすぎては倒れてしまいます」
寝食を忘れるほど没頭しすぎた頃、掴み所のない甘さと間延びした声がアイチを現実世界に引き戻した。
鮮やかな色を取り戻した視界に、くらりと平衡感覚を失いかけ膝を折る。倒れる手前でアイチの身体を抱き留めたのは、赤い色彩を纏う青年だ。
「レンさん……」
件の戦でアイチと共に一足先に帰還した雀ヶ森レン。
聖域内でも随一の魔術師であり、武に秀でる者として櫂と共にアイチの両翼を担う。
「そんな様子じゃ、櫂が帰ってきた時に怒られちゃいますよ?」
「僕が怒られるくらいで皆を守ることができるんだったら、いくらでも怒られます」
そういうことじゃないのに、としかたなく眉を下げてレンはアイチの手を取り立ち上がらせた。櫂の心配を、その本当のところをわかっているだろうに、酷い主君だ。櫂が聞いていたら、鬼の形相でもって説教が始まりそうだった。
レンは、この聖域の人間ではない。櫂と同じく他国を出身とする身であり、やはりアイチによって救われた。虚無からではなく、レンが生まれながらに持つ力を、アイチもまた有していることで始まった、とある争いが切欠だ。
クオリアと呼ばれる、万物の声を聞く力。アイチが神に祈りを捧げるのも、端的に言えばこのクオリアを通じて万の意志へ声を届け、また彼らの声をアイチが聞いているという状態だ。この世界で数万人に一人という希少な能力を、アイチと、そしてレンはもって生まれた。
レンは、聖域と真逆に位置する、夜域と呼ばれる国でこの力を戦争に使うよう求められ、請われるがままに揮ってきた。幼い頃から特別であると祭り上げられたことで、善悪の判断よりも己の強さや正当性に固執し、人民を見下し、暴力ともとれる振る舞いを行ってきた。
虚無の侵攻に苦しむ近隣諸国に法外な見返りをもって守護を申し出ては戦を繰り返し、国内外を疲弊させてなお戦いを続けるレンに待ったをかけたのがアイチである。
聖域は、唯一虚無の力をはじくことができる強き守護の力で国を守ってきた。その壁を、愚かにも破壊してしまおうとレンは聖域への侵攻を企て、逆に弑されたということだ。力に溺れたレンをアイチは正しく導き、殺されても文句は言えないレンに温情を与えた。
以来、レンはクオリアの力をなるべく封じ、必要な時のみ使いながら、アイチの頭脳として聖域への助力となっている。櫂とレンは、聖域の双璧だ。
ただ、レンとの戦闘の最中にアイチが傷を負ったことから櫂との確執が生まれてしまったなんてこともあったが、現在はほぼ笑い話として懐かしむ程度になっている。
「ほらアイチくん、少し休みましょう」
魔術師という名に違わず、レンは術の全般を得意とした。
破壊から回復まで、必要とあればどんな魔術だって編む自信があり、目下必要なのはアイチを休ませるための回復魔術だ。
柔らかな光を生み出した指先を、アイチの額に押し当てる。徐々に広がる光に全身を包まれ、アイチは近くのソファに腰かけると全身から力を抜いた。
「ありがとう、ございます」
「いえいえ。お疲れの王様に休息です」
「王だなんて……」
「いいえ、アイチくん。あなたはこの国の王。先導者です」
念を押すように言い聞かせられ、アイチは小さく頷く。
「わかってます。わかっているんです……ごめんなさい」
王足る者の自覚を持てと聖騎士王に常々小言を貰うアイチは、あまりに優しすぎるのだとレンは思っている。彼の強さに誰もが惹かれ、輝きに導かれたいと願うが、アイチ自身はこんなにも脆く、優しく、壊れそうな危うさと隣り合わせだ。
戦場で兵士たちを奮い立たせるあの勇姿は確かにアイチの一面であり、彼の意志の強さそのものではあるけれど。彼は同じくらい、ただの人間に過ぎない。
俯き、弱い自身を堪えようとするアイチの肩を抱いたレンは、扉の向こうに現れた人物に相好を崩す。おそらくアイチに会うために着替えたのだろう、血の香りを一切削ぎ落した清潔な衣服を纏って、緑の瞳が祈りの間に明るい彩を添えた。
「謝ることじゃない。ほら、きみの求める人がようやく戻ってきたようですよ」
レンに促され顔を上げたアイチは、ハッと目を見開いて扉を振り返る。
黒と青を基調とした服、そして望んでいた人物の顔を認めて、アイチは立ち上がり一目散に駆け寄る。
「櫂くん……!」
「すまない、遅くなった」
「お疲れ様です、櫂」
アイチの腕を取り、勢いのままにぶつかってきた身体を抱き留める。ぐらりとも揺れない体幹の強さは櫂が日々鍛えている成果であるが、反面、アイチは櫂の身体にすっぽりと覆われてしまう程細い。
櫂が戻るまでの数日間、食べることもせず祈っていたのは明白だ。自分を大切にしろとどれだけ口を酸っぱくして言っても、意外に強情なアイチは聞き入れてくれないと、櫂は嘆息する。
「怪我はない?」
「ああ」
聖域の加護のおかげだな、などと言ってしまえばアイチはさらに自分を鑑みなくなるとわかっているので、言葉にはせず礼をする。アイチの力の残滓が残る祈りの間では、櫂のようにクオリアの力を持たぬ者でも想いが届くことがあるという。
「きみにばかり、辛いことをさせてしまってる」
「戦うことしか能がない俺に、戦うための術を与えてくれたのはおまえだ」
「そんなっ」
「……本当は櫂に戦ってほしくないアイチくんに、残酷なことを言いますねえ、きみは」
「うるさい」
抱き寄せたアイチの項に手を滑らせ、肩口に顔を埋める。力を込めれば折れてしまいそうな身体を存分に抱き締めて、櫂はしばらくの間アイチの温もりを堪能した。
たった数日間とはいえ、血の匂いに晒され続ければ気が滅入る。いくら拭おうと意識にこびりついた死臭はそう簡単に平穏に浸らせてはくれないからこそ、アイチの香りも、ぬくもりも、櫂には必要だった。
「櫂くん、ありがとう……お疲れ様」
櫂の背に精一杯手を伸ばし、一度強く抱擁を交わす。
やがてどちらともなく離れ、見つめ合った後、櫂は片膝をつき御前に頭を垂れた。形だけでも、王の騎士として報告の体は必要だ。
「無事帰還をしたこと、青の王と聖域の加護に感謝する。聖域の死者はゼロ、市街への被害は無い。敵方には被害が多いが、虚無の力は払いきって今はブラスターブレードたちが警戒に当たっている」
「はい。心から嬉しく思います……レンさんも」
「僕ですか?」
突然話を振られ、傍観者に徹していたレンはきょとんと目を丸くする。
アイチは頷くと、眼差しをレンへと送った。
「いつも僕を助けてくれてありがとう」
「あ、僕には感謝も謝罪も不要です。僕は僕の意志できみに力を貸すと決めたんですから。戦争の結果は、それはそれ、です」
「はい。でも、たまにはいいでしょう?」
「……じゃあ、たまには受け取っておきましょう。ありがとう、アイチくん」
赤と青、対局的な色彩をもつ二人が笑いあうさまを微笑ましく見守っていた櫂は、立ち上がり、アイチの手を取る。
恭しく持ち上げた甲に掠めるだけの口付けを落とすのは、忠誠の証だ。
「アイチがいなければ、帝国の戦火はさらに広がっていた。戦を止めるためには、相応の力が必要になる。俺たちは、おまえの矛であり、盾だ」
「僕もきみと同じ力をもっていますが、僕は自ら操るのに長け、きみは誰かを癒し導くことに長けている。僕の力は、僕を光へと導いてくれたアイチくんのために」
「二人とも……」
左手を櫂が、右手をレンがすくい上げ、青の盟友は自らの王を仰ぐ。
海の、空の、地球の色を、その身に宿す王に。
「僕は戦いが嫌いです……でも、戦わなければならないことは、わかっています。どうか、これからも僕には力を貸してください」
この世の誰よりも強い力を有する存在でありながら、その力に溺れることなく、愚かさすら感じる健気さでもって、アイチは二人の盟友に願う。
櫂も、レンも、だからこそアイチを慕う。アイチを助け、彼のために力を揮う。
いつか戦が終わる、その時まで。

「我が王に忠誠を」

――いつの日か、戦が終わった後も、永遠に。