夢儚エチュード

*フレユリでED後
*精神的にユーリがほんのちょっと不安定
*殺伐とした描写が多いです。流血も有り。注意。



空を見上げると、思う事がある。
叶えたい未来がもし本当に叶ったとき、俺の居場所なんてきっと無いんだろう。
もちろん、そう簡単にいく話じゃないってことは分かっているし。そのために全部背負って奔走しているフレンの背中を守ることが俺の役目なんだから、叶ったと言えどそこで終わりではないけれど。
長生きして結婚して子供作ってなんて柄じゃないから、ずっとこのまま生きていくんだろう。
それが許されるのなら、そしてその間も近かろうが遠かろうがフレンの助けになるのなら。俺の人生だって捨てたもんじゃないと思う。
きっとフレンは、共に人生を歩むにふさわしいパートナーを見つける。それを祝福して、フレンの子供の顔を見て。フレンがフレンの夢を叶えて、皆が笑って暮らせるような国になって。夢物語だってなんだって、フレンが望むのなら、俺はそれを叶える道を選ぶ。この手が汚れようとも、その先に待っているものがなんであろうとも。
そうすると、俺は俺のすべきことを選んで生きてきたけれど、よく考えてみたらその先にはいつもフレンがいたんだ。
俺に罰を与えるのも。俺の道導になるのも。
全部フレンが根底にいて、それだけで何でもできる気がした。
でも自分の価値判断をフレンに押し付けるなんて身勝手なことはしない。それは俺が最も嫌う事だから。
俺は俺の意志で俺の人生を生きる。正しさなんて端から望んじゃいないのだから、俺は俺の信念を貫くだけだ。

――そうしていつか還る場所が、あの青に溶け込む様な大空だったらいい





ぴっ、と一筋の赤が地に舞う。
酸素によって変色を経た黒さが浮かぶそれを見つめていると、夕焼けに照らされた人影が気配も消さずに歩み寄ってきた。ユーリはその人物を一瞥しただけで特に何も言う事はなく淡々と刃に付着したままの赤を拭う。
大量に積み重なるのは、魔物の群れ。どれも大地に沁み込む様な命の赤を流し続けたまま絶命しており、その中で唯一命を保っている一人が狩ったのだという事が分かる。
…なんと無謀で、なんと危険なことか。一歩間違えれば、狩る側と狩られる側など簡単にひっくり返ってしまうような数の差である。それを立った一人で屠ってしまったのだ。純粋な強さだけではない、どこか狂気染みた、とりつかれたような残酷さが黒に包まれた身に宿っている。そう思わざるを得ない有様だった。

ユーリが魔物が帝都周辺まで迫ってきているとの情報を得たのは、数刻前の事だった。
ちょうどギルドの仕事が空いていたこともあり帝都にも程近い場所にいたため、話を聞いてすぐに飛んできた先で目にしたものは、予想より多い魔物の数。
魔導結界が失われてから、魔物はその隙を突くかのように様々な街を襲っていた。たとえばそれが戦闘ギルドが拠点とする街ならば問題ないが、そうではない街はたくさんある。騎士団の助力が求められない時はそういった場所にギルドが赴くことは多かった。ユーリ達もそういった突発的な魔物との戦闘は他のギルドと比べるとかなりの経験値を積んでおり、フットワークの軽さからもよく駆り出されるのだ。その中でもユーリは、一人対大人数を相手にできる、貴重な戦力。既にその場にいたのは十数人の騎士と数人のギルドらしき大柄な男たち。しかしあまりの多さに歯が立たないのか、どうも頼りない及び腰に舌打ちを一つして、「門の前を守れ」と声を張り上げた。
鞘から抜き取った剣を振り上げて、群れの中でも中程度に大きな魔物の額に刺す。ぐっと足に力を入れて抜き取った瞬間に上がる血飛沫をかわしながら空中で身を捻ると、そのまま遠心力に任せて刃を振って数体を同時に斬れ伏した。
鮮やかなまでに魔物を倒していくユーリにあっけにとられていた騎士が、増援を呼んでくると背を向けた。その背を守りながら他の騎士も魔物に斬りかかり、隊長らしきその人物に「騎士団長に知らせろ!」と伝令を飛ばしていく。

一閃、また一閃と駆け巡る残像は、まるで演武を見ているようだ。生々しい血臭の中でもそう思わせる、黄昏に映える黒の髪。
時折太陽の光を浴びて輝く切っ先は血に濡れてもその美しさを損なうことなく、まるでこの世のものとは思えない空間を生み出している。
やがて太陽の端が地平線に到達する頃に終わったそれに、深く吐きだした息。見ていただけの者達は肩に力が入っていたことにすら気付かないまま。身震いするような黒影の放つ鋭利な気配に、もしかしたら今度は自分が殺されるのではと錯覚しそうになった。

しかしそれも、一人の男がその場に現れることで霧散する。
青いマントが風にはためきつつ、金色の髪と相まって見惚れるほどの存在感を有す彼。
無表情のまま、たった今まで魔物の血を浴びていた黒に近付いて行くと、数歩の距離を開けたところで立ち止まった。

「ユーリ」

名を呼ぶ。
ユーリはただフレンを一瞥しただけで、答えを返すことはない。

「ユーリ」

もう一度、今度は少しだけ強く。
咎めるような色は無い。ただ、心配だと。部屋の隅に隠れてしまった子供に「そんな所にいないで早く出て来い」と諭す親のように。
視線だけを寄越していたユーリはその声に一瞬だけ瞳を曇らせると、ふいとフレンから顔をそらしてしまった。
その動作が示す意味を違うことなく読み取って、フレンは言葉をかける。

「帰ろう、ユーリ」

ユーリの心にその言葉がどれくら響くだろう。少し不安に思いながら、手を差し伸べた。
二人の間の沈黙は、時の流れを感じさせないほどに静かで停止していて、それでもユーリに歩み寄ることはせずフレンは待った。
俯いたまま動かないユーリ。混乱しているわけではなくただ気持ちが落ち着いていないだけ。血の匂いに酔ったのか、黄昏時という時間がそう感じさせているのか。フレンの言葉が胸に沁み込むように広まっていくには少し時間がかかって。そうして少しだけ躊躇った後、揺れる黒曜石がフレンを見上げた。
少しだけ呆としたユーリを安心させるようににこりと微笑んで、フレンは頷く。差し出された手に視線を送ると、ユーリは目を見張って、次いでこくりと首を縦に振ったのだった。



* * *



月明かりだけが射しこむ部屋の中。闇色の中でも映える金色が、闇色に溶け込む様な黒にそっと手を伸ばす。
彼の頭と背に手を廻し抱き寄せるように力を込めると、それに逆らわず華奢な体躯がフレンの腕の中に納まった。あっけないまでの弱弱しさはいつもの強靭な意志を持つユーリとは正反対で、だからこそ彼の意識がしっかり戻ってくるように、先程より強く抱きしめた。

以前は戦闘を楽しむそぶりすら見せていたユーリだったが、最近の戦い方は自分を追い込むかのような不安定さがあって、まるで目に見えない沼にでも足を取られているかのようだ。敵を翻弄するスピードも癖のある剣捌きも、精彩を欠いていた。いや、強くなっているという点は間違いなく強くなっているだろうし、戦い方の幅も応用も前に比べて断然増えて、日々精進を怠っていないことは見てとれる。だが、その動きに生命の輝きのようなものを感じられない。倒すことだけに意識を集中させて、それしか見えなくなっている。
目の前の敵を倒して倒して、ただそれを繰り返して。
そんなユーリを見ているのは辛くて、なぜそうなってしまったのかが分からなくて。
彼が心の内を見せないのは今に始まったことではないけれど、最近はその傾向が顕著になってきた。

「フ レ ン」

唐突に、ユーリが口を開く。
絞り出したかのように、一字一句が途切れている、不自然な声。
どうしたのか、と問えば、だらりと体の横にぶら下がっていただけの両腕がフレンの服を握りしめた。

「フレン」
「うん」
「…フレ、ン」

ユーリの様子は普通じゃない。明らかなそれに、だがフレンは焦ることなくただ肯定を返すだけだった。
フレンの名を口にするたびに、ユーリの顔に感情が戻ってくる。
敵を倒すだけに張り巡らされていた神経が、縋りつくような腕からゆっくりと緩んでいく。
…此処に生きていることを、実感させるような時間だった。

「ユーリ。僕はここにいるよ」
「……」
「君の前に。きみの隣に」

ああ、とユーリの口からか細い音が漏れる。
徐々に力が抜けてきた肩に、抱きしめる力を弱めて。代わりに、ユーリが自らフレンの胸元に額を押しつけた。
服を握りしめているだけだった両手はフレンの背に回っていて。戻ってきた感情の波に、しばらくすると涙の感触がじんわりと左胸に温かさを灯して。
おかえり、とフレンはその背を叩いた。



* * *



フレンは、優しい。
フレンに出会えてよかった。フレンが己の半身でよかった。
流れる涙も、情けない自分も、全部受け止めてくれるフレンが、傍にいてくれてよかった。
いずれは離れるだろうと思っていても、今この瞬間をフレンが知っていてくれる。
フレンに縋れる自分がいる。
それがどれほど幸福で、儚い幻のようなものか。

どうか今だけこの夢を見続けていたい。
いつか、この身が堕ちていくまで。





(夜の闇ではなく、彼の青に、沈んでいくことを望むのは、叶わぬ夢でしょうか)